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敵は…

信は親父との通話の後 秘書の梶に無理を言って午後のスケジュールを開けてもらうと 親父に教えられた庭園に言われた通り一人で来ていた 「…来たか斎賀。」 「…井上さん…親父は?」 「そこの池泉(ちせん)の所にいる。すぐに行ってやれ。」 井上が指し示す方向を見てみれば 確かに池泉に架かる橋の中央に誰かが立っている姿が見え… 「…分かりました。失礼します。」 信は井上に軽く一礼するとその場を離れ… 走りたい気持ちを抑えながら池泉の傍へと近づく… すると花萌黄色(はなもえぎいろ)の着流しの上に ゆったりとした殿茶色(とのちゃいろ)の長羽織を羽織った 背の高い痩躯(そうく)の男性がゆっくりと信の方を振り返り… 「…信…」 「…ッ、親父…っ!」 信は男性の姿を見た途端、感極まってとうとうその場から走り出し… 橋の上で(たたず)む男性のすぐ手前まで近づくと ゆっくりとその足を止め―― 泣きそうな顔をしながら口を開いた… 「…親父…、ッ、ご無事で…」 「…ああ…心配をかけたな。信…」 「っそんな…それよりも怪我の方は――」 「…怪我自体大した事なかったからな。  もうすっかり良くなっている。」 親父は怪我を負った右わき腹部分を軽く左手で(さす)ると まるで信を安心させるかのような優しい微笑みを信に向ける… しかし信はそんな親父の顔を見て益々その顔を悲痛に歪め―― 「ッじゃあ何で…っ、久米 勝治郎(くめしょうじろう)ともあろう人が  俺に何も言わずにコソコソと隠れるような真似なんか…っ、」 「…それなんだがな…信…」 親父…久米は信から視線を外し、正面を見据えると眉を顰め… 今まで信に向けてた穏やかな眼差しが嘘かのようにその視線に鋭さが増すと 躊躇いがちに言葉を続けた 「…今回の俺への襲撃の件…  どうも昇竜会(ウチ)の身内が関係しているらしくてな…」 「ッ…やっぱり…」 「何だ…お前も感づいていたか…」 「…確証はありません…ただ――  今回の親父への襲撃は、親父の行動を把握しているもの以外計画のしようが…」 「…信。」 「!はい。」 「今日お前を呼んで此処に来てもらったのには他でもない…  その件も含め…お前にやってもらいたい事があるからなんだ。」 「ッ、それは一体…」 「…コレを。」 「…?」 久米は懐から一枚の写真を取り出すと ソレを信に差し出す… するとその写真に写し出されていたのは 何処かの防犯カメラの映像を拡大したものなのか 画像が荒く…鮮明ではないが、何処かの公園のベンチで腰かけ… 何やら封筒のようなものを受け渡す二人の姿が見て取れ… 「ッ!コイツ…っ、」 信は写真に写っている二人のうちの一人を目にした途端眉を顰め… その表情には怒りの色が浮かぶ 「コイツ…親父を襲撃したあのワンコ…」 「…そうだ。  だが俺が注目してほしいのはそいつじゃない。その隣だ。」 「隣…」 信がワンコ…ヒットマンの隣に座り 前を向いたままヒットマンに封筒を差し出している人物に目を向ける… しかし画像が荒い上に、更にその人物は 黒のベースボールキャップを目深に被っている為に顔までは判別できず… 信は怪訝な表情を浮かべるが―― 「…顔じゃない。そいつの封筒を持つ手を見てみろ。」 「手…?」 言われて信が封筒を持つ手を注視する… するとその手に辛うじて指輪が()められているのが見え… 「ッ!?この指輪――」 「…似てるだろ?『榎戸組(えのとぐみ)』の連中が  仲間意識を高めるために付けているあの指輪に…」 「…確かに…  しかしこれだけでは――」 「信…俺が何の為に“機械”に強いお前を呼んだと思ってる?」 「あ…」 ―――なるほどそういう… その一言ですべてを察した信が 久米に向かいフッと自信に満ちた笑みを見せる 「まずは榎戸組のカネの流れを追ってみてくれ…  お前なら出来るだろ…?」 「…仰せのままに…それにしても――  パソコンもインターネットも全部“機械”って言っちゃう親父可愛い。」 「…機械だろ。間違ってない。」 「フフッ…そーですね。」 顔を赤くして不貞腐れる久米を横目に 信は肩を揺らして笑い続けた… ※※※※※※※ 「ただい………ま…?」 信が久米と会った後、少し早めに自宅マンションに帰ると 土間に葵の靴と並んで見慣れない靴が置かれているのが見え… 「?」 ―――誰の靴だ…?    いやそれよりも―― 信は慌てて靴を履き替え、リビングに足を踏み入れると ダイニングキッチンの方から葵の声ではない…何者かの声が聞こえ 信は急ぎ足でキッチンへと向かう… するとそこにはコンロの前に立つ葵の隣に 同じ背丈の男が立っていて―― 「バカっ!それじゃまだ大きすぎるってっ!!  あ~あ…やっちまった…後は煮て火が通るのを祈るばかり――」 「ッ葵っ!」 「!?」 「あっ…信!お帰り…早かったね。」 信の声に反応して葵が振り返ると 葵は嬉しそうに顔を綻ばせながら信の元へと駆け寄り―― 信はそんな葵の腕を掴み、スッと自分の後ろに隠すと コンロの上に置かれている鍋を見下ろす様に眺めている男の背中に向け… 視線を鋭くしながら声をかけた 「…オイ。お前…」 「ん~?」 男はゆっくりと信の方に振り返る… その男の顔を見た瞬間――信は目を見開き… 愕然とした様子で呟いた… 「ッ!?…坊ちゃ…ん…?」

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