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「部長、先程の……」
「あーちょっと待ってて、俺呼ばれてるから人事部行かなきゃ」
悠長に座っていた部長は、俺が声をかけると思い出したように立ちあがり、フロアを出ていってしまった。取り残された俺は付けっぱなしにされた部長のディスプレイに目を向けた。そこには、途中放棄されたソリティアが映し出されていた。
「……仕事しろよアノヤロー……」
思わず小声で毒づいてしまった。とりあえず俺も自分の仕事に戻ろうと、フライヤーを部長のデスクに置いた。
ふと見ると、書類が乱雑に積み重なるデスクの上に、見慣れない一枚のフライヤーが置かれている。水色とピンクというサイケデリックな色を基調にした攻めたデザインながら、どこか沈静を思わせる。部分的に差しこまれたフォントもセンスがいい。
これまでに見たどのデザインよりも優れている、というわけではない。それでも正直、新鮮な衝撃を受けていた。大学時代の、青臭い初期衝動を思い出す力強さがあったのだ。
「……部長が作ったのか?」
それならば、仕事もせずソリティアばかりやっている部長のことも少し見直してしまう。しばらく見とれたままでいると、ふいに声が響いた。
「おーいみんなちょっと作業の手ぇ止めて―」
顔をあげるといつの間にかもどってきていた部長がフロアの入り口で手を上げていた。俺はその場に立ちつくしたまま、部長とその横にいる見知らぬ姿に目を向ける。
「すまんな、えー今から新入社員を紹介します」
「……なんでこのタイミングなんだよ」
思わずぼそりと漏らすと、部長はすかさず俺を見た。俺はあわてて視線を逸らす。
「おいうるせーぞ深瀬」
「……すいません」
「別に忘れてたわけじゃないからね、中野くん」
「あ、はい」
部長は胡散臭い笑顔で、となりの男を見上げた。男は背が高く、その割に肩や腕はすっきりとした印象を与える。部長の芝居めいたせりふに柔らかく笑い返す表情を見て、モテそうなやつだ、と直感した。塩顔と表現されるであろう顔のつくりや漂う清潔感も、直感を裏づけする。
「じゃあ中野くん、自己紹介を」
「あ、はい。今日からこちらの部署にお世話になります、中野大貴と申します。よろしくお願いします」
「つーことだからみんなよろしくねー。は-いじゃあさっさと仕事してー」
部長は勝手に話を始め勝手に終わらせると、ずかずかとこちらに向かってきた。
「深瀬、お前も早く仕事しろ」
「あ、いえ。先程の修正を確認していただきたくて」
「あーどれ?」
「あ、えっと」
条件反射のように、手にしていた紙を渡してしまった。しかしそれは、部長のデスクから勝手に取り上げたフライヤーだ。
「なんでお前がこれ持ってんの」
「あっ。ちが、こっちです」
「これ、中野くんの作品じゃん」
その言葉で、部長の後ろをちょこちょこと着いてきている男とはじめて目が合った。垂れた目は、なんとなく丸くやわらかな印象を与える。この気の弱そうな男が、こんな広告を作ったというのか。
ああきっと、俺こいつと仲良くなれない。それが第一印象だった。
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