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第十八話 宿題とお風呂

 鼻の奥の粘膜がぐじゅぐじゅする。  痛いような痒いような……とにかく不快で、鼻をすすったり手で鼻の頭を擦ったり。  それでも改善されず。服や髪からもあの人工ハーブの嫌な臭いがする。 「俺も耐えられん」  と柚葉(ゆずは)がお風呂の準備をしてくれた。  天翔(てんしょう)の背中で眠ったままだったので、俺としてはありがたい。 「この服は捨てよう」 「ん」  洗っても取れそうにないし、下手したら他のにも臭い移りしそうだ。  頭からすっぽりと脱がされたシャツを柚葉がゴミ袋に入れるのを見て、俺も柚葉の身体から嫌な臭いのする服を剥いだ。 「一緒に入るか?」 「もちろん」  即答すると柚葉が嬉しそうに俺の頬を撫でた。 「よし、しっかり完璧に洗い上げてやる」  くつりと笑った柚葉の言葉通り、丁寧に大きな掌で髪を何度も洗われ、肌触りの良いタオルで身体を優しく磨かれるとあまりの心地良さに眠ってしまいそうになる。  ただ寝てしまいそうになる俺を起こすのも柚葉の指だ。  うとうとすると、絶妙のタイミングで胸の突起を掠めて、思わず声を洩らしてびくりと反応してしまう。  そんな俺を楽しそうに見る柚葉からは未だに嫌な臭いがする。 「柚葉、交代。洗ってあげる」  たっぷりのお湯で髪を流して、柚葉の髪に手を通した時、左手の薬指の異変に気付いた。  石が変わっている。  普通の人間にはダイヤとしか見えないだろう。どんな鑑定士も良いダイヤだとしか言わないだろう。  でも今の俺には見える。  石の中が揺れている。まるで中に水が入っているみたいだ。妖力が渦巻いている。 「妖力込めてくれたんだ?」 「んー気付いたか? どうだ?」 「すごい! キラキラしてる。それにしても……めっちゃすごいね」  どうだも何も。  石から発せられる波動が柚葉の色で、これ一つだけで俺は柚葉に所縁(ゆかり)のある者だと色が見える鬼神にはすぐに解るだろうし、俺を殺しかけたような下級妖魔は俺に傷一つ付けられないだろう。 「がんばった。褒めてくれ」  ふふっと少し得意気な柚葉に抱きついてお礼を言いたいところだけど。 「待ってね。まだ柚葉臭いから」 「臭いってヒドイな。俺のせいじゃないぞ? 朱殷(しゅあん)が勢いで封を開け……」 「柚葉!」  始まりかけた柚葉のボヤキを止めて、広い背中をタオルで擦る。 「ああいうの、たまに来るって言ってたよね。今日は朱殷が片付けたけど、いつもは柚葉一人で片付けてるって事だよね? 柚葉は俺に見せたくなかったみたいだけどさ、生意気言うなって言われるかも知れないけど、俺、こんなだけど鬼神だし……何より柚葉の連れ合いだからさ。次からは柚葉だけにこんな哀しい思い、させないから」  こんな事、顔を見ながらなんて恥ずかしくて言えないから、柚葉の背中を泡塗れにしながら喋った。  人を(ほふ)るのはひどく哀しかった。  ろくでもない人間なんだと解っていても、こいつらが死ねばヘドロのような(あやかし)となっていずれ生きた人間に害をなすと解っていても、見ているだけで胸が痛んだ。 「哀しかったのか」 「うん……なんでだろうね……よく解んないけど哀しくて虚しかった。手を下した朱殷はきっともっと哀しいよね」  あんなろくでもない人間をきちんと始末した結果が何故こんなに哀しいのかが解らない俺に柚葉は前を向いたまま 「俺達は……痩せても枯れても神だからな」  と呟いた。  簡単に、それどういう意味? なんて口にしてはいけないという事だけは柚葉の声音の重さから感じた。  目の前で朱殷が見せてくれた厳しさや鬼神としての心構えは伝わった。  それらをどれだけ時間がかかっても、俺は自力で真実(ほんとう)の意味で理解しなければならない。  柚葉の言葉の真意が解るのはまだ先の事になるだろう。 「……宿題にして」 「うん? 紫苑(しおん)は優秀だからな。すぐに答えを導くだろうよ?」 「鬼化(きか)も自力でできない相手に何言ってんだか!」  力いっぱい背中を擦ると真っ白な泡を掻き分けて赤く色付いた肌が露わになって、柚葉は大げさに痛い痛いと騒いで、暗くなった空気を変えてくれる。 「お前のモノなんだから、もっと大切に扱って欲しいものだ」 「大切にしてるよ〜早く臭いを落とさなきゃ」  ……抱き着けないじゃないか。俺は今、無性に柚葉に抱き着きたくて仕方がない。  もっと露骨に言えば、シたくて仕方がない。  今夜起きた惨劇を俺自身が忘れたいからか、柚葉に忘れてもらいたいからか……とにかく抱き合いたかった。  それにはものすごく邪魔なこの臭い……。 「むぅ……」 「痛いっしおっ、紫苑て! 痛い抜けるハゲる!」  二回目のシャンプーの間に、身体の前は自分でやると言うからタオルを渡したのに、柚葉は手を止めて首を縮めている。 「だって落ちないんだよ」 「だからって! いたっ! もっと優しく!」  どうも意地になって臭いと闘っていたようで、少し長めの柚葉の髪は自分の感覚で洗うと指に絡んで思わぬダメージを柚葉に与えていた。 「ぷっふふ……ごめ……つい……でも、うん、ハゲはしないと思うよ?」  心を入れ替えて、指の腹で優しくマッサージするように洗い始めると、縮んでいた柚葉の首が伸びて気持ち良さそうな溜め息が聞こえた。 「……なぁ、紫苑?」 「んー? 何?」 「初台湾はどうだった?」 「すごく楽しかった。何より朱殷と白群(びゃくぐん)が俺を受け入れてくれたのがめっちゃ嬉しかった」  いつまで経っても鬼化のできないダメなヤツと俺を軽蔑するでもなく、きちんと向き合ってくれた白群と、柚葉が悪いと説教してくれた朱殷。  二人に拒否されたらと思うと今更ながら怖くなった。 「あの二人なら大丈夫だと言ったろ? なんせ朱殷は俺がここに留まる事を伝えた時に、紫苑という名の人間に惚れたのだと伝えたら手を叩いて喜んだんだぞ?」 「ええ!? そうなの?」 「自分の連れ合いも元人間だからな。白群も喜んでいたようだし。俺にはきっと理解できない事もあるだろう……そういう時は白群に話すと良い」  鬼神として産まれた柚葉と、途中から鬼神となった俺ではいずれ価値観や今まで生きてきた中で培ってきた常識なんかでぶつかる可能性はある。  それを柚葉は押し付けず、戸惑ったり理解できない時は白群に頼って良いと言ってくれた。 その柚葉の思いやりはとても嬉しかったけど。 「ありがと……でもさ、どんだけぶつかってもちゃんと柚葉と話し合って理解し合えたら良いなと思ってる」 「そうか……ちゃんと話をしような?」 「……ヘタレ同士だからなぁ……難しいかも! でもがんばろ!?」  ざぁっと頭のてっぺんからお湯を流して柚葉から泡を落とすと、腕に顔を近付けて鼻を鳴らして臭いの確認をしている。 「もう良いかな?」 「ん。臭いのとれた」 「あれだけ擦ったんだ……三回? おかげで皮膚が剥がれるかと思った……特に背中がヒリヒリするぞ? 紫苑?」  真っ赤になった柚葉の背中を見て、俺は笑ってごまかすしかなかった。 「湯船に浸かって温まろう。おいで紫苑」  滑らないようにしっかりと手を掴んでくれる柚葉は相変わらず甘いなぁと思う。けどすごく大切にされているようで胸の奥がくすぐったくてあったかい。 「ほぇえ〜極楽極楽!」 「紫苑……若いのに……」  先に湯船に入った柚葉の足の間に身体をねじ込んで、立てらてた両膝に腕を乗せて厚い胸に背中を預けると一気にリラックスモードに突入した。  柚葉のツッコミは無視して、サンダルウッドの香油を数滴垂らした香の良いお湯を掬っては湯船に流し戻して遊んだ。 「紫苑?」 「んー?」 「ご褒美、くれ」  背後から重ねられた左手がお湯の中でカチッと微かな音を立てた。  お湯の中で燦めく二つの指輪。俺を守護する為だけに込められた柚葉の妖力が美しく輝いている。 「……ぇ、と……」  ヘタレだなぁ……言えないなんて。  キスもセックスも早くシたくて仕方がないのに、そういう欲望を伝えるのは平気になったのに、肝心の気持ちを伝える言葉は喉に引っかかってなかなか出てこない。 「っん……」  焦れた柚葉に耳を甘噛みされて、思わず頭を後ろに反らした。  柚葉の首筋に頬が当たる。 「……愛してる、から……ね」 「……ああ、俺もだ」  声が響くからイヤだって言ったのに、柚葉はひどく真剣な顔をして 「それどころじゃない」  と俺の反論を一蹴して、それ以上の文句を俺が言えないように口を塞いだ。  背後の柚葉とのキスは若干胸を突き出すような姿勢になってしまって、それを見逃す柚葉じゃなくて俺の胸は柚葉の良いようにイタズラされている。  それに抵抗らしい抵抗もできず、頭が桃色の(もや)に支配されていく。 「っんふぁっ……ゆ、ずぅ」  下半身まで握り込まれて、身体が跳ねないワケがない。  背中に当たる柚葉のも猛っていて、余計にゾクゾクしてしまう。 「ほら紫苑、縁に腰掛けて?」 「ぅう……ん」  両脇に手を差し入れて俺を浴槽の縁に座らせると、なんの迷いもなく柚葉は俺の脚を開かせてその間に身体を入れた。 「こ、怖い、柚葉、落ちる……」  幅の狭い浴槽の縁は不安定で、後ろに仰け反ったら……と思うと萎縮してしまう。  そんな俺の太腿にキスマークを一つつけた柚葉は俺を見上げて 「俺の頭でも髪でも掴んでいれば良い……ハゲない程度でな?」  と意地悪く笑って、その形の良い綺麗な唇を開いて俺の半身を呑み込んだ。  お湯とは違う唾液の滑りと少しザラつく舌で与えられる快感に長い溜め息が零れた。  初めて俺の股間に顔を埋めている柚葉を見た。  ゆっくりと味わうように舌を動かし、俺の快感を引き出しながらたまに喉を鳴らして口内に溜まった唾液を飲む柚葉は最高にエロかった。 濡れて張り付く髪も、瞬きの度に揺れる長い睫毛も綺麗で、じわじわと欲が集まってしまう。  先端を舌で弄られれば甘い声が止まらないし、追い打ちをかけるように手も使われれば、あっという間に限界がくる。 「柚葉、いっちゃう……出ちゃう……!」 「うん」  俺を見上げる柚葉の目が優しい。  喉の奥で返事をした柚葉は、いっそう深く咥え込むと、器用に舌と喉と丁寧に手を使って俺を追い上げ、眉を顰める事なく吐き出された俺の欲を飲み干した。  尿道に残ったわずかばかりの精液すら残さないように最後にちゅうっと吸うのもいつもの柚葉だ。  こんな優しい顔をしてフェラしてくれていたなんて知らなかった。  決して美味くはないモノを顔色一つ変えずにさも当然のように飲んでくれているとも思っていなかった。  いつも暗かったり、横になっていたりで、ちゃんと見たのは初めて。  愛しいとでもいうように欲を吐き切った俺の半身の先端にキスをする柚葉を見て、俺の中で何かが切れた。 「ゆずは? おれも」 「ん?」  したいと思った。  同じようになんてできないかも知れないけど、俺も。  いつも紫苑は良いよ、でさせてもらえなかったけど、今日ばかりは絶対にしたい。 「させて。したい」 「紫苑? しなくて良いんだ……よ……」  一瞬言葉を途切れさせた柚葉はにっこり笑うと俺を抱きしめてお湯の中に戻すと、何度もキスをする。  俺は柚葉にしてあげたいのに……! と唇を尖らせていると 「紫苑、鬼化してる」  と自分も鬼化して嬉しそうに俺の角を撫で、痛いくらいに抱きしめる。 「初めて、だ。挿れる前に鬼化するなんて」 「あ……ホントだ……させて?」  せっかくワケが解らなくなる前に鬼化できたのだから、これを逃す手はない。  今まで以上に本能と欲望に忠実に柚葉と抱き合える。  俺はお湯の中、猛ったままの柚葉の半身に手を伸ばした。 「紫苑……っんっ」  気持ち良さそうな柚葉の抑えた喘ぎは存分に俺を煽った。  もっともっとたくさんいっぱい、気持ち良くなって欲しい。  柚葉の下唇を噛みながら、片手で浴槽の縁をぽんぽん叩いて座るように促す。  俺が譲るつもりはないと解ってくれたのか、ゆっくりと立ち上がった柚葉は掌を俺の頭に乗せると照れくさそうに 「や、なんか、アレだな……は、恥ずかしい、な……」  なんていつもは見せない表情で呟いた。  その顔と声が可愛くて、つい口元に浮かんだ笑みに柚葉の親指が触れた。 「ムリしてしなくて良いんだよ?」 「ん。解ってる」  どこか不安そうな柚葉の声とは裏腹に目の前にある柚葉のソレは期待しているのかヒクリと微かに揺れた。 「っあぁ、これはヤバい……すぐにイきそうだ」  艶の増した柚葉の声に視線をあげると、目元を赤く染めて目を潤ませた柚葉と見つめ合う。その瞬間、口の中の柚葉の体積が増した気がした。  それが嬉しいと思う。  浴室に響く俺の舌の音。たまに天井から落ちる水滴の音。  どうして良いのか解らずに、柚葉がしてくれたように舌を動かして、手を動かして頭をゆっくりと振る。  タイミングが悪くて飲み込めなかった唾液が口の端から顎を伝い落ちていくのすらもったいない、なんて思ってしまう程、俺は柚葉の味を気に入ってしまい、早く喉の奥に熱い精液を流し込んでもらいたくて仕方がなかった。  拙い俺の口淫に柚葉が応えて精を吐き出してくれた時の事は一生忘れられないと思う。  ゆっくりと髪を梳くように撫でていた柚葉の手が、くっと髪を掴み、切羽詰まった声が頭の上から降ってきた。 「紫苑、出る」  短く告げられた直後に弾けた柚葉の欲。  口の中を満たす苦い液体を少しずつ飲み込む俺に柚葉が慌てて吐きだせと言うけれど……。 「うそ、美味しい……」 「紫苑? ペッしなさい! ペッ! 飲んだの? うがい……えっ? 美味しい!?」 「……うん……まぁ、苦かったけど……けど、なんか……」  満たされたと感じた俺はおかしいのだろうか? 「上がろう……続きはベッドだ」  身体も拭かずに寝室のベッドへ雪崩れ込んで、朝陽が顔を出すまで抱き合っていた。  昼前に部屋から出た俺達を見て朱殷が呆れた〜とからかいながら一人うんうんと頷く。 「あんたらお互いがエサじゃ」  うふふ〜と可愛らしく笑う朱殷に俺と柚葉は意味が解らずに顔を見合わせて首を傾げた。

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