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第7話
健気だったりいじらしかったりと、神野のことを想うと抱いて彼の頬を齧り、キスしたくなる。そしていま、このリビングの扉を開ければ、彼はそこにいるのだ。
昨夜はやすやす逃げられてしまったが、おかげでしっかり睡眠はとれた。今日こそはうまく引きとめて、できるだけはやめに仕事をきりあげたらひさしぶりのセックスを愉しもう。
「篠山さん、おはようございます」
扉を開けるとこちらを向いた神野がにこっと笑って軽く頭をさげる。乾燥機から運んできた洗濯物をソファーのうえに広げていて、一枚一枚これでもかというくらいに丁寧に畳んでいた。床にちょこんと正座していてかわいらしい。
「うん、おはよう。祐樹、珍しいな。ひとりで来てるなんて」
「はい。きょうは春臣くんはお留守番です」
部屋にはおいしそうな匂いが充満していて、マグカップをシンクに置いたさいに、コンロでなにやら煮込んでいる鍋が目についた。
「昼、作ってくれてるのか?」
恋人を近くで感じたくて彼の横に移動する。
「はい牛丼です。春臣くんにも云ってありますので、お昼には彼もここに食べにくるかもです、――あっ!」
「な、なんだ⁉」
ソファーに手をついたときに触れた洗濯物をさっととりあげられた。
「だめです。私がひとりでやりますから」
「え? あ、ああ……、洗濯な」
篠山はやってもらえることはなんでも任せる気でいる。だからこのときもべつに手伝おうとしたわけではなかったのだが、神野はどうやら勘違いしたようだ。
それにしてもそんなきりっと宣言する必要のあることなのか。たかが洗濯物を畳むくらいで。
まぁいい、そんなことよりも。珍しくひとりでここに乗りこんできた恋人をとても愛しく感じて、ぎゅっとしたい。
「祐樹、ちょっと抱かせて」
耳もとで甘い声をつくって囁いた。
「ひゃぁっ」
手首を掴んでひっぱると、軽い身体は簡単に胸のなかに落ちてくる。
抱いて首に顔を埋 め、久しぶりに密着した神野の匂いを吸いこんだ。慌てて胸を押し返してくる白い指を掴んでそれにちゅっとキスをすると、「あっ」とかわいらしく声をあげて、やっとおとなしくなる。
「今日は泊っていけよ?」
「……私で、いいんですか?」
(えっ?)
シャツに埋もれるように顔を伏せている彼の声は不明瞭で、聞き間違いかとも思ったが、流しておくわけにはいかない。
「? どういう意味だ?」
ついでにキスしようと、とがった彼の顎を掬いあげ上向かせた篠山は驚いた。
「おいっ、この目、どうしたんだ? 真っ赤じゃないか? 泣いていたのか? なんで?」
ずっとここでひとりで泣いていたのだろうか、それとも昨夜からか? いや、これほどに充血した目をしていたら、だったらさきにこいつに会っていた遼太郎が自分に教えてくれていたはずだ。
(まさか、遼太郎にきっついこと云われて、泣かされたんじゃないだろうな?)
遼太郎の性格からしてそれはあり得るが、逆に神野の性格も考えてみると、こいつは説教されたくらいで泣かされるたまではなかったと首を捻るはめになる。なにせ神野は鈍いのだから……。
「春臣とケンカでもしたのか?」
「違います。……なんでもありません。ちょっと玉ねぎが染みただけです」
「そんなわけないだろ? まつ毛、まだ濡れてる……」
首をふるふると横に振りながら否定した神野の目の縁を指で撫でると、彼は長いまつ毛をそっと伏せた。濡れて光る赤い目じりに誘われて、そこへそっと唇をおしあてる。
白い額に自分の額をこすりつけ「ほんとうに大丈夫なのか?」と確認すると、彼はこくんと頷いた。
「そうか」
大事じゃないのなら、それでいい。でももしなにか悩んでいるのなら、今夜訊きだしてやろうと、いまはひとまず置いておくことにする。
「心配事があるんなら、そのつどちゃんと俺に云えよ?」
泣き言があるのなら、この口で素直に紡いでほしい。そう願いをこめて親指でくにっと形よい下唇を撓めると、神野は心地よさそうに目を細くした。
「はい」
答えた神野の瞳がうっとりと自分の唇をみつめてくる。仕事を抜けてきているのであまりゆっくりはしていられないが、もの欲しそうに見つめられると衝動がおさえられない。
篠山は指で擦すられて赤く色づいた彼の唇に口づけを落とすと、二度三度と角度を変えてその柔らかい肉を吸う。
触れあうだけのキスに物足りなくなったのか、神野がなんども口を開いて自分を誘いこもうとしてくるのに、くすっと笑う。焦れて喉の奥でちいさく声をあげるのが、いじらしい。
「今日、泊っていくな?」
イエスと答えないのならばこのさきはお預けだと、尖らせた舌さきで、彼の唇を突 くと、薄い身体がぴくんと震えた。
「…………はい」
だからしてちょうだいとばかりに、咬みつくようにして神野のほうから舌に食らいついこようとするのに満足して、恋人の口腔に舌をおしこんだ。
「ふぁっ……、んんっ……んっ……」
歯列をなぞって、口蓋 を擽 ると気持ちよさそうに喉を鳴らしてシャツの胸にしがみついてくる。舌さきどうしが触れあった拍子にぶるっと震えた神野は、そのまま篠山の舌に吸いついてきた。
仔猫が母猫の腹に乗りあげて乳を吸うように、篠山の膝の乗りあがってきた彼はちゅうちゅうと音を立てんばかりの勢いだ。興奮で乳首が痛んできたのか、篠山の身体に胸まで擦りつけてきた。
技巧もへったくれもない吸いつき加減に舌が痛いわ、腿に突き刺さる膝が痛いわ。
「ちょ、おいっ」
「やっ」
「待て、ちょっとだけたんまっ、」
神野を膝からおろそうとすればひき離されるのを嫌がって、さらに両腕を首にまわしてくる。意地でも剥がれようとはしない。
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