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第18話
「できたらツーショット、キスしてるところなら、なおいい」
「ひとの話を聞け。そもそも、そんなものはない」
「じゃあ、現物見せてやってよ。彼氏、いますぐここに呼んで」
(俺を差し置いてお前が云うのか、春臣……)
突然乗りこんできてまくしたてる春臣に、篠山は愕然とした。そしてこの超ツンツンな遼太郎が恋人とのキス写などスマホに保存していたとしたらびっくりするわと、額に手をあてる。
「い・や・だ。絶対、嫌。お前まで余計なこといい云いだしやがって。祐樹のやろー、まだくだんないことほざいてるのか? んで、なんで匡彦もお前もアイツのそんなバカげた話聞いてやって、彼氏見せてやれ、だ? いい年齢 したおとながおかしいだろうが?」
どんなに言葉は悪くても遼太郎のキーを叩く姿は悠々としている。
「あのねぇ! ふつうそうに見えてるかもしれないけど、祐樹はまだまだ情緒不安定なところもあるんだよ? もう暫くのあいだはそこんとこ考慮してあげてもいいんじゃない? だいたいちょっと彼氏紹介してやるだけのことを、そこまで渋る遼太郎くんのほうがおかしいよ? もしかして祐樹が云ってるみたいにホントに彼氏なんていないんじゃないの?」
そこではじめて遼太郎が僅かに目を眇 めた。
「そもそも俺はお前にも匡彦にも、恋人いるとか云った覚えはないんだけど?」
顔をあげて春臣をみた彼の声は、いつもより一段低い。
「詮索とかするなよ。うざい。あーもー、いないでいいよ。めんどくさい。祐樹にそう云っとけよ」
「首にキスマークべっとりつけといて、なに云ってんの? 遼太郎くんが自慢げにそんなん祐樹に見せつけるから、ややこしいことになってんの!」
(ひぃっ)
平気で地雷を踏んでいく春臣に、篠山ははらはらする。
「おい、春臣――」
「わかってんの? ここ最近の祐樹の奇行はぜんぶ遼太郎くんのせいだよ?」
「‥‥‥」
遼太郎の怒りのボルテージが静かにあがっていく。たとえそれが態度にでていなくても、いちどは深くつきあった相手なのだ、篠山にはそれが手にとるようによくわかった。
図太い春臣は気にしないだろうが、自分はそうではない。遼太郎は篠山の月曜の朝の失言からずっとそっけない態度をとりつづけている。これ以上機嫌を損ねられるとつらい。
しかもだ。不機嫌と云っても眉ひとつ動かさない遼太郎なのだが、それでも女の勘なのか、それはいっしょに働く末広にしっかり気づかれていて、この一週間、彼女は娯楽のためだけにことあるごとにそんな遼太郎を挑発していた。
ちなみに末広がまえの職場を辞めたのは、ひとに気を遣うことに嫌気がさしたかだらそうだ。特に女というだけで男に見くびられ、そのうえセクハラを享受しろという世間に憤りを覚えた彼女は、だったらホモと働くほうがいい、と独立しようとしていた篠山に声をかけてきた。彼女は篠山にとっては渡りに船の存在だった。
そしてこの事務所を開設するさいには、既に遠慮も常識も旦那も捨て去り、いまは豪胆かつ自適に生きている。
そんな彼女と遼太郎の今週の毒舌トークは聞くに堪えれたものでなく、ついに胃が痛んできた篠山は、ここ数日はひとりリビングで仕事していた。この調子ではさらに来週が怖い……。
(春臣、頼むからもうやめてくれ……)
「春臣、聞けって……」
心情を声音に乗せて「春臣」と名まえを呼ぶが、春臣はこちらを一顧だにしない。
「遼太郎くん、祐樹のこと可哀そうだとか思わないワケ? たしかに面倒くさい性格してるけど、そこがかわいいんじゃないか。それなのに、そんなかわいい祐樹が毎日毎日ずーっと悩んでいて、」
「放っておけって」
「昨日とか、ここから帰ったあと寝るまで、えっと、一、二、……四時間? 四時間もだよ? 壁に向かってじっーと、してるの」
指折り数えた春臣が、指を四本たてて「ヤバいでしょ?」と、遼太郎のまえに突きだしてみせた。
「四時間! 正座でクッション抱えこんで! じ―――っと!」
「静かにじっとしてるなら、無害でいいじゃないか?」
「あーのーねぇー」
「春臣ぃ。ちょっと出ようか」
「あっ、ちょっ、」
篠山は席をたつと、春臣の肩を抱いて事務所のそとに促した。
神野が風呂をつかっている最中であることを確認すると、そのままリビングへと連行する。
「なにすんのっ、まだ遼太郎くんと話が終わってないんだって!」
「勘弁してくれって」
「なに、匡彦さん、俺のすることに文句あるの?」
「文句はないけど、もうすこしお手柔らかにできないのか?」
キッチンには夕飯のいい香りが漂っていて、このあと七時に仕事をあがる自分たちのぶんの食事がテーブルに並んでいた。
さっき仕事をあがった末広の姿はどこにもない。どうやら今日は夕飯をとらずに帰ったらしい。
「そんな悠長なこと云ってるから、いつまでも解決しないんじゃない。日曜に祐樹に逃げられてから一週間もなにやってたんだよ? だいたいさぁ、恋人に逃げられたら、ふつうその場であとをおいかけるでしょ? それを、『寝こけていた』だとかって、男としてどうかと思うよ?」
それを云われると耳が痛い。
実は神野に部屋を飛びだされたあと篠山は神野の頑固さに途方に暮れもしたのだが、それよりもなによりも寝不足と、疲れているところに無理してやった抜かずの二発に精魂をつかいはたしていて、それで気絶するようにして眠ってしまったのだ。
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