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第17話
あの荒々しく、しかも直接体内に射精 されてしまったセックスで異常なほど歓喜してしまった自分が、あれからずっとそれを思い出してはにやけたり、場所もわきまえずにすぐにもよおしてしまっていたからだ。
仕事中でも、篠山と遼太郎の仲を疑って不安になっているときでも、ぽんと頭に浮かんでくるたびに羞恥して、意識を飛ばしてうっとりしていた。
まさに蒼くなったり赤くなたったりを繰りかえしていたので、そんなところを春臣に晒していたら恥ずかしいどころではなく、きっと頭がおかしくなったと疑われかねない。
洗面台の鏡に映った自分の色 に呆けただらしない姿にぎょっとした神野は、冷たい水で顔を洗って気持ちをひきしめると、明日に備えてしっかり睡眠をとるべくさっさとベッドに戻った。
*
日中には今日こそはちゃんと祐樹と話をしようと思い、就寝まえには明日こそはと心に決める。それなのに実際には仕事だけで明け暮れてしまい、あっという間に一週間がたっていた。
神野がまたなにかしらの理由をつけてここに来なくなるんじゃかないかと心配していた篠山だったが、それは取り越し苦労だったようで、このウィークリー、彼は連日仕事帰りにここにやってきていた。
しかしまだ彼の心のなかの問題は解決でしていないようで、今週も先週同様、彼はムキになってこの家の家事に精をだしている。
――もうすこし立派になって、それからこのマンションに帰らせてください。
そう彼が自分に告げたのは去年の、世間がクリスマスで賑わっていたころだ。まさかその思いが今回の騒動の一端になっているとは、彼のなかのわだかまりをぶつけられるまではまったくわかっていなかった。
神野は春臣のような機転のきく、他人 の役にたつような人間になりたいのだと、――そして遼太郎とおなじか彼以上に魅力的になりたいのだと云っていた。いまは彼らを目標に日々努力をしているそうだ。
どうやら借金問題がかたづき、生活が落ちついてきてやっと周囲を見渡すことができるようになったとたん、彼は自分の至らなさに焦りはじめたらしい。それは彼の理想が高い所以 だ。
それでなんでもかんでも自分でやってしまおうとしていたらしい。春臣を置いてひとりでここにきて料理をつくったのも、篠山が触れた洗濯物をとりあげたのも、そういうわけだ。
洗濯物にしてもいつも自分がのろのろと一枚二枚と畳んでいると、春臣が隣にきてあっという間にぜんぶ畳んでしまって収納までしてくるのだと、神野は不満げに漏らして唇を咬んだ。そして卑屈になっていたところに、篠山のモト彼の遼太郎がデートをしてきたそぶりもないのにキスマークをつけていたと――。
神野の要領が悪いことは確かで、それはすべてにおいて彼が神経質なほど丁寧すぎることが原因だ。それを察している篠山は「それは悪いことじゃないから、そのままでいいじゃないか?」と告げてみたのだが、彼はそれを聞きいれはしなかった。それでは駄目だと首を振る。
仕事が丁寧にできることのなにがいけないのだ。それは美点ではないか。それなのに神野はなにをやってもうまくいかず、しかもまいど春臣に皺寄せがいくし、遼太郎にはキスマークがついていると、癇癪を起こした。
そして最後には、なにもできない自分に篠山が愛想をつかし、遼太郎とよりを戻すのも時間の問題だと、泣きだしたのだ。
今回のことは多分 に間が悪かったというのもある。そして意固地な彼がそうそう自分の能力に納得する日はこないはず。
ということは、とりあえずなんとかできそうなのは、遼太郎のほうだ。
自分と遼太郎の復縁がないと云うことを、なんとしてでも神野にわからせてやればいい。――と、思いつつも、
(なんとしてでもってなぁ……)
すでに篠山は一度失敗してしまっている。
遼太郎に話を振った時点で機嫌を損なわせてしまったのだ。たった三十秒で撃沈だ。
神野とは時間がなくてゆっくり話すことができず、遼太郎とは恐ろしくて話すことができない。そして今日はまた金曜日。
遼太郎に彼氏のことは聞きだすことはできなかったが、春臣にはあらかじめ今夜神野がここに泊まるように仕向けてくれと頼んである。篠山はなんとかしてこの週末中に神野に得心させ、このやっかいごとにけりをつけてしまいたいと計画していた。
(ってか、なんで自分の恋人を自宅に泊めるのに、春臣 に頼 んないとならないんだ? 情けない)
書類のたばをトントンと机で叩いてきれいにまとめあげ、「はぁ」と重い息を吐いたとき、たったいま想像したばかりの春臣が、ノックとともに現れた。
「おぉ? 春臣、どうした?」
「遼太郎くん、ちょっといい?」
事務所の扉は常に開けてある。いいも悪いもない、春臣は返事も聞かずにすたすたとなかに入ってくると、静かにパソコンで入力作業をしていた遼太郎のまえに立った。声をかけた篠山のことなんて顧 みもしない。
「ねぇ、彼氏の写真、祐樹に見せてやってよ?」
篠山の心臓がドキッとはねた。
「――んなもん、ねぇよ」
けんもほろろ、遼太郎は春臣のぶしつけなお願いに、手を止めることも視線を送ることもしなかった。
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