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第6話

「これがちゃんとできたら、これからもいろいろ頼めることもできてくる。そうしたらお前だって篠山さんの力になれて気分がいいだろ? ちゃんとアルバイト代もだすから(はげ)め」 「お金は、いりませんよ?」    小首を傾げて答えると「そんなセリフは借金返してから云え」と、ビシッ! と、強めのデコピンをされて、小さく悲鳴をあげた。 「じゃあ、頼んだぞ」  そう云い残して遼太郎が部屋を出ていくと、さっそく作業開始だ。  神野は一番上のノートを手にとると、ノートに貼られた領収書の日付と金額を帳面の数字と相違がないか確認しつつ、剥がれそうなものはノリで補強していく。記帳ミスをみつけたらポストイットに正しい数字をメモをするだけでなく、頼まれてはなかったがついでに合計額も出し直しておくことにした。  デスクのうえの電卓を借りて数字キーを叩いてでた数字を、これもまたポストイットに書いて帳面に貼りつけた。  順調に二件三件とこなしていき、これくらいならいつでもまた手伝うことができると、気分上々でいた神野が、残った最後のノートに手を伸ばしたときだ。 「お前電卓叩くの早いな」  突然篠山に話しかけられ、顔をあげた。彼は仕事に一段落ついたらしく、椅子から立ちあがるとこっちへやってくる。背後から覆い被さってきて手を神野の手に重ねると、開いたばかりのノートをそっと閉じさせた。 「――? あの……」  訝し気に首を捩じって彼を見上げるや否や目尻にチュッと口づけられて、ひゃっと首を竦める。 「篠山さん、もう終わりですか?」 「ああ、終わった」  握られた手首が彼の口もとに寄せられて、今度は甲を齧られた。 「やめてください。こんなところ、遼太郎さんに見られでもしたら――」 「遼太郎はとっくに帰っただろ? あいつの挨拶、お前無視してたけど気づいてなかったのか?」 「えっ⁉ あ、もう九時?」  云われて時刻を確認すれば、とっくに一時間が過ぎていて驚いた。ねろっと舐められた手の甲が感じた彼の舌の温度と、熱い唾液に皮膚が濡れたのが心地よく、そのあと気化してすうっと肌が冷えていく感覚は、官能を持ってぞくっと神野の手首から脇にかけてを震わせた。もちろんへそのしたにも、甘く悩ましい熱が生じてしまう。 「篠山さん、夕飯は? それともお風呂をさきにしますか?」 「ん-。祐樹」 「はい?」  領収証が貼ってあるノートの表紙を再度めくりながら返事をすると、篠山の両手が胸を探りはじめたので、神野は慌てて上体を捻って彼を押しのけようとした。 「ちょっと、なんするんですかっ。邪魔しないでください!」 「うわっ⁉ こらっ、引っ掻くなよ」 「さっさとお風呂入るなり、ご飯食べるなりしてきてください。お疲れなんでしょう!?」 「だから、さきにお前がいいって云っただろ? 夕飯はいらない。風呂はセックスのあとでいい」 「セッ――⁉ な、なに云いだすんですかっ。こんなところでっ。私はまだ、んー……、んんっ……」  キャスターのついた椅子が簡単に彼のほうへ向きをかえられてしまい、一瞬のうちに顎を捉えられて深く口づけられた。  質の良い椅子はしなって、神野の背中を無理なく篠山にとって都合のいいように反らせてしまう。あがった顎を掴まれて口腔の奥に舌を押しこまれると苦しくて、神野の篠山を突き放そうとしていた手から力が抜けていった。 「げほっ、はっ」  苦しさに抵抗できなくなったところで口づけを(ほど)いた篠山は、咳こむ神野にはお構いなしで、首を齧りながら神野が着ているカーディガンとネルシャツのボタンを外していく。あいまに胸のさきを揉むようにされて、椅子に座っているというのに自分の腰が砕けていくのがわかった。 「待ってくださいっ、待ってくださいっ。ああんっ、やぁっ、そこやめっ、……やめてくださいっ。……な、なんで、い、いきなりっ⁉ あっ」 「だって、祐樹の仕事している真剣な横顔見てたらさ、むらむらしちゃって」 「やっ……、そんなところでしゃべらないでっ、くださいっ! ああっ」  乳首にかかる篠山の熱い吐息だけでも脇のあたりがぞくぞくするのに、咬まれて舐められてと続けて刺激されると、下着のなかに熱がこもりはじめる。そこにある欲望に弱い自分のそれに血が集まっていき、先が熱く濡れた錯覚がした。それともすでに体液は零れてしまったのか。その答えは胸から顔を離して、また口づけてきた篠山の悪戯な手によって教えられた。  パンツの股上の縫い目に沿わせるようにして撫で上げてきた彼の手が、ペニスの先端のうえを通ったとき、布がぴちゃりと濡れて貼りついたからだ。  それはキスの心地良さをいっきに冷めさせるだけの不快感を神野に与えて、思わず顔を顰めたけども、篠山には気づいてもらえなかった。  いや、むしろ下着が濡れていくことで神野が不快になっていることを、彼が愉しんでいるらしいと気づいのは、布越しにそこを揉みこまれ排出された粘液で布地がすっかりぬるぬるになってからだった。

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