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第15話 END
すげなく放たれた言葉がグサッと刺さり、神野は胸に手をあてた。鈍感。今までにも何度か春臣にそう云われてきている。
「あれが彼氏に見えなくて、じゃあどこまですれば恋人に見えるって云うんだよ? それで、そこまでする? 盗み聞き。あり得ない」
はあぁ、と聞こえよがしの溜息つきまでつかれ身を竦ませた。
「しかもまったく頑固で、俺の云うこと全然信用しないし」
「うぅ」
頑固。それも何度も云われてきた。自分ではそんなことないと思うのだが、実際に彼の助言を無下にし侵 してしまった失態もあるので、なにも云い返せない。
むくれた神野は、上目づかいに春臣を見た。
「ほら、睨まないで。そんなことより、そろそろ時間だから腰あげて。出かける準備してよ」
「はい」
素直に頷き返事をしたものの、しかし気持ちがはやってしまう。ちらっと壁に目をやると、春臣も自分のそわそわした様子に気づいたようだ。
「……祐樹」
「はい?」
「思ったんだけど、祐樹のそれ、もう嫉妬とかじゃないよね?」
「え?……はい? えっと……」
「遼太郎くんの恋人が気になるってやつ」
「?」
云われている意味がわからず、どういうことだろうと小首を傾 げる。
「実はもう好奇心のほうが勝 ってるよね? 遼太郎くんの恋愛事情。――祐樹のその詮索って、まるで女子中高生のノリだよ?」
「え? ち、ちがいま――」
「云い訳しない」
「ぁぅむっ⁉」
否定しようと開いた口に食べかけのドーナツをぐいっと押しこまれてしまい、神野は目を白黒させた。涙目で咀嚼する口に片手を添えると、首を必死に横に振る。
「違うの?」
(た、たぶん……)
もぐもぐもぐ。ごくん。
頷いた神野に春臣が「ふぅん」と返した。
「じゃあ、ソレ。もう手から離しなさい」
「あっ!」
伸びてきた春臣の手に膝のうえのグラスをとりあげられそうになって、素早くグラスを背中に隠す。
(…‥あ、あれ?)
「ほらね」
自分の行動が信じられず目をぱちくりする神野を、春臣はしたり顔で見下ろしていた。
「だいたい他人の色事に聞き耳立てるなんて、祐樹、デリカシーなさすぎだよ?」
「えっ……‼ デリカシーが、ない‥‥…? わ、私がですかっ⁉」
「うん。ない、よ」
「えぇっ⁉」
ガーンとなった神野が、もにょもにょと小さく続けた「篠山さんじゃなくて?」という呟きを春臣は聞き逃さなかった。
「なに云ってんの? 篠山さんは、デリカシーなくないよ? あのひと紳士でしょ。そういうところがあちこちでモテてるの」
「うそ」
息を呑み、信じられないと両手を口にあてがう。
「うそじゃないよ。ってか、祐樹、匡彦さんと遼太郎のエッチ見たときだって、どうせそんな調子でふらふら覗きにいったんじゃないの?」
神野が篠山のマンションで、あやしい気配ただよう客室に忍び寄り、こそっと中を覗きこんだのは去年のことだ。結果、ベッドのなかで絡みあう篠山と遼太郎の姿をみてショックを受けているのだが。あれは決して軽はずみな行動ではないわけで……。
「ち、ちが……」
違うと云おうとして、しかし篠山と春臣のキスの現場も盗み見したことまでも思いだしてしまい、神野はぐっと言葉を飲んだ。
「で、自分で傷ついてちゃ世話ないよね」
云われて当時の惨めな気持ちを思いだし、しゅんと肩を落とす神野に春臣は容赦ない。
「他人 は鏡っていうからねぇ。匡彦さんがデリカシーないように見えるのなら、それは祐樹にこそデリカシーが足りてないからなんじゃないの?」
「――⁉」
はくはくと唇を震わす神野の手からグラスが転がり落ちる。シーツに沈んだそれを拾ったのは春臣だ。
「とっととそのデバガメ根性治しなね」
最後にそう云い残して、彼は部屋を出ていった。
デ、デバガメ……?
(それってどんな亀?)
意味はわからないが、また不名誉らしきレッテルが増やされたことだけはわかる。
「デリカシーがないのは、篠山さんじゃなくて、俺、なの?」
打ち拉 がれ、ポテリと正座のままベッドに倒れた神野の耳に、
「あと五分で家でるからね!」
――ダイニングから急 かす、春臣の声が届いた。
END
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