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平凡なオレがAVを鑑賞してみた その一

 蘇芳 司(すおう つかさ)という、学園一の美形。  つまり顔よし、学力よし、体躯も素晴らしくよくちんぽも巨大かつ有能で、将来も有望な男と数日前にセッをした。いや、もっといい言葉で言ってみよう。手籠めにされた。いや、ちがう。蘇芳に激しく抱き潰された。  手首に青紫色の痣が残るぐらい、つよく握られ、肩には淡い真朱色が鮮やかに残されている。  セッ……クスはオレの縦穴に伸びたアナッへ剣のように突き刺さし、揺すられるたびに意識が電光のように飛んで、深い快楽の底へ沈まされた。さらに唾液すら蕩けるように甘い初キッス。あらがえない体の重さと鷹の射るような眼差しですっかり官能的な快楽に没頭してしまう。  どれもこれも偏差値八十を優に超える、とても素晴らしい性行為だった。  だがだ。よく考えてみろ、オレ。|宮城《みやぎ》イチ。あれは除霊式。こっくりさんは低級霊を呼び込む儀式だ。蘇芳という美しく品性漂う肉体へ乗り移ってセックスをしたかったのだ。相手がオレしかいなく、しょうがなく胎へと精を吐き出して、天空へと帰っていったわけだ。ゆえに色情霊を歓呼の声で迎えて、ねんごろにもてなしてしまったにちがいない。  なんともクソな霊だ。大変エッチである。けしからん。なんならもう一度呼び込んでセッしたい。  あの日、バナナが好きだと口にしてから蘇芳からモンキーバナナ(台湾産)が家へと白ネコ便で送られてきた。だるい腰をさすりながら食べたが、とてもかわいいサイズで、雪解けのような甘さはなんとも言いがたく美味しかった。それなのに欲求不満なのか、夢では三十センチ定規よりもながいディルドが庭にすくすくと伸びて、チューリップのごとく生えて現れた。  汗だくで起きたオレは汚れた下着をじゃぶじゃぶと冷水に浸してこすり、親に見つからないように処理するハメになった。  その朝だ。蘇芳は爽やかに挨拶をしてきてくれたが素気なく返してしまった。蘇芳は保健室のことなんて忘れたかのように、清々しい空気を醸し出して、肩に手をかける。その細長い指先は六甲山の麓にある草原のように澄んだ清源のごとく繊細で美しかった。 「おはよう、宮城」 「お、おはよう」  ビクリと身体が動いてしまい、チワワのようにおどおどと視線を逸らしてしまう自分がいた。あれは霊のせいだ。淫魔かもしれない。悪魔のように激しく腰を振っていた蘇芳はもういない。好きだってのもうわごとである。付き合おうなんて言われてもないし、そんなことを望むほど無謀なアホじゃない。 「……身体、大丈夫?」  心配そうにオレの身体を気遣ってくれている。蘇芳、きみは優しい。でも毎朝、通勤電車でガンつけられ、駅のトイレで潰して、さっきも猫を虐めていた高校生と殴り合いしてきたんだ。傷なんて慣れている。気にしてくれるだけありがたい。 「へ? あ、ああ。大丈夫、いつものことだから全然平気」 「いつも?」 「そ、いつものことだから。じゃ、オレ行くわ」  あまり長居するとあのときの記憶が蘇ってしまう。いけない、いけない。それ以上は望んではダメだ。とぼとぼと重い足取りで教室のドアを抜け、窓際の机へ腰を下ろす。すると、パタパタと躾のされていないポメラニアンのように息を切らして駆け寄ってきたヤツがいた。 「ぱよぱよ〜! きょう、転校生来るんだってよ!」  ポケモンみつけたゼ! みたいな口調で話してくるアホの高橋。相変わらず平和である。アホはいい。オレも前まではアナニーに勤しんでいた、悩めるアナリストだった。ローションの量が足りないのか、電動ディルドが抜けなくて死ぬ思いで起死回生をはかり、レビューに星を二つ残した弱者にすぎなかった。なのに、いまはどうだ、恋に悩めるアナリストに堕ちてしまった。 「転校生? だって夏休み近いじゃん」 「しらん! 転校生の親の都合だろ?」 「まぁ、そうだけどさ……」 「そういえばあれから蘇芳と仲良くなれた?」  高橋は顔を近づけてくる。あ、こいつファモチキ食べたな。めっちゃ揚げ物くさい。最悪だ。こいつは朝からマックを二つ頼むぐらいよく食べる。 「ちょっとだけ仲良くなれた。ちょっとだけ」  それも塩コショウ程度だ。蘇芳と上手くいく自信なんてない。SNSだって知らない。蘇芳の連絡先はクラスのグループラインにあるが、神聖すぎて友達申請すらできないでいる。  キーンコーンカーンコーンと漫画のような鐘が教室の中央に掲げていたスピーカーから鳴り響く。  おっといけない。朝のホームルーム。俯いてこめかみに指をあてて、眼鏡を直す。  転校生か。懐かしい。おれも初めて転校してきたころはめっちゃ緊張していた。元ヤンだということがバレてないか、アナリストだということが判明して裏で輪姦(まわ)されないか、やましい気持ちでいっぱいだった。 「菖蒲 若芽(あやめ わかめ)だ。よろしく」  アヤメワカメ? どっかで聞いたことあるな。  ワカメといえば、海藻類だ。いや、ちがう。そうじゃなくて、昔、名前がワカメなんだな、ぷぷぷと頬を膨らませて笑ったら、『ポチ、ぶっ殺すぞ』とメンチを切られた相手が脳裏に焼きついている。いやな予感がしたと思ったら、目の前までやってきたのか、転校生がそばで立っていた。 「あ……」 「よお、ポチ。久しぶりだな、オレもここに転校になったんだ。世話になるわ」  視線を上げると、そいつはニヤリとこちらに口の端に微笑を浮かべた。  アヤメワカメ  上からよんでも下からよんでも、「メ」しか合ってないやつ。ワカメだった。国民アニメのワカメではない。  ワカメはにやにやしながら、こちらを見下ろしている。猫山中学、リーダー、菖蒲 若芽。素行悪し、図体でかし、口もわるい、手も早い、悪友。 「……ワカメ」 「よろしくな、ポチ」  全身をわななかせるオレを教室の隅っこから蘇芳がじっと目を凝らし、熱い視線を注いでいることにまったく気づきもしなかったわけである。   ◇  菖蒲 若芽はでかい図体をでんと小さなイスに腰掛けて、オレの視界から黒板を隠す。全然見えない。オナ中というだけで、自称天王星人、平和主義の担任はアヤメをオレに押しつけ、田中というモブを外して席をも近づけた。 「ポチぃ、きょう一緒帰ろうぜ」 「きょうは高橋と帰るから無理だ」 「じゃあ高橋も帰ろうぜ。な?」 「うん! イイヨ! 一緒にAVみようぜ!」  高橋は基本的に空気を読めない。吸うしかできないアホだ。あろうことか、プラスオプションつきで余計なことは口にする。 「AV?」 「そ! ママゾンで買ったんだ。ゲイビもあるぜ!」  ドヤァと間抜けな顔をワカメに近づけて腕組みをしている。なにをしたいんだ、こいつは。高橋がAVみようぜ! とクソどうでもいい話をさっき持ちかけられたのはつい先ほど。コンビニへいくのかと思って、適当に返したのが間違いだった。ふぅと溜息を深々とこぼしていると、蘇芳が目の前に棒のように立っていたのに気づいた。 「みんなでどこかいくの?」 「だれだ?」 「ああ、ごめん。宮城の親友で蘇芳っていうんだ。よろしく」 「へぇ、親友ね。オレ、ポチの飼い主だからよろしく」 「……菖蒲くん、宮城は人間だよ?」  蘇芳は静かに微笑んだ。あ、怒ってる。なんでだろう。わからん。オレをサル呼ばわりしないでフォローしてくれている。だが、そんなこともお構いなく、菖蒲は愉快そうに口を上に歪めた。 「同じ中学でずっと一緒だったからな。初めてもオレだし、な?」 「ばっか! 誤解すること言ってんじゃねぇよ! しこっただけだろ! クソが!」 「……」

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