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第2話

「酷い話だろ? そうは思わないか、友よ!」 「お前が馬鹿なのははっきりわかるよ」 「俺は被害者だっての! 見ろよ、この歯形!」  泣き真似をする俺を呆れ顔で見る藤井をキッと睨みつける。友達がいのないやつめ。俺が何したっていうんだ。  シャツのボタンを外して、項を露出して、噛みつかれた後を藤井に見せる。うわぁ、とドン引きした様子の男は、飲んでいたカフェオレを机に置いて頭を抱えた。はあ、と大袈裟なまでにため息を吐く藤井になんだよ、と唇を尖らせると、その尖った唇を摘まんで軽く引っ張られた。 「いくらなんでも迂闊すぎ。馬鹿にもほどがある」 「いだだだ!!」 「それで、番になったの?」 「……わかんねえ……なにがどう変わってるのか、さっぱりだし。そもそもオメガになってるのかも定かじゃないし……」 「はあ……」  そう、分からないのだ。変わったことというのが特にこれと言ってなく、強いて言えば少しだけ身体の肉付きが良くなったくらい。オメガっぽくなったねとか言われるくらい劇的な変化に期待したし、変わった直後は体調崩したりするかと思ったけれど、俺は至って健康だし、そこまで劇的な身体の変化もなかった。残念なことに、この身で感じられる変化はほとんどない。  悲しきかな、ただ騙されてケツを掘られた上に項に噛みつかれただけだと言われても納得できてしまうのが現状だ。奪うだけ奪って実は嘘でしたなんて言われたら、俺はショックで寝込む自身がある。  念のため勝手に交換されていたラインによると本当にオメガに変わっているということらしいが、あまりにも信じがたいのでしつこくラインを送ったところ、啓介先輩から「どうしても信じられないというなら性別検査の費用は持つから、再検査受けるといいよ」と言われたので、俺は明後日、学校が終わったら再検査を受けようと思っている。何故明後日かというと、今日明日は病院側の予約がパンパンだったのだ。致し方あるまい。 「それさあ、もし性別検査でオメガ、番ありって出たらどうすんの?」 「うっ……そ、それは……」 「大丈夫だとは思うけどさ、もう少し考えた方がいいよ。桃介」 「う、うん……気を付けるよ……」  ため息を吐く友人は心配の色を滲ませながら言った。机に置いたカフェオレを手に取って飲む藤井に流れてもいない涙を拭いながら頷く。  はーっと深いため息を吐いて自分もパックの牛乳をじゅるじゅると飲む。 「桃介くん、いるー?」  ガラっと教室の後ろのドアが開いて聞き覚えのある声が響く。周囲がざわめいてなんでどうしてと困惑の声が上がった。  自分はというと錆びたブリキ人形のようにギギギとゆっくり振り返る。目を見開いて男を視界に入れると、俺はガタッと席を立った。 「啓介先輩~~ッ!!」 「やあ、元気? その後体調はどう?」 「おかげさまで!!」  どしどしと足音を立てて近付くと啓介先輩は平然とした様子でニコッと笑った。相変わらずの王子様のような、アイドルのような、綺麗な笑顔が眩しく光る。 「まだ信じられないようだから、教えに来て上げたんだけど、ここじゃ人が多いし、ついてきてよ」  右手首を掴まれ、ぐいっと引っ張られる。俺は、藤井に言われたばかりなので、流石に警戒しようと足を踏ん張るが、如何せん啓介先輩の力が強く、前のめりに転びそうになりながら教室を出る。どんどん歩いていこうとする男に戸惑っていると、ぱしっと左手首を誰かに掴まれて、俺は処刑台で引き裂かれそうな罪人の如く左右に引き絞られる。ていうか痛い痛い。誰だよ。  急に足が止まったのを不審に思った啓介先輩が後ろを振り向く。つられて俺も振り向くと、息を切らした藤井が俺の手を掴んでいた。友よ! 助けに来てくれたのか! やはり持つべきものは友人だ!  歓喜で打ち震える俺を余所に、啓介先輩が怪訝な顔で藤井を見た。すぐににこりと笑って首をこてんと傾げる。かわいくないぞ、ちくしょうめ。 「なに? 誰? きみ」  俺はぶるっと身体が震えた。怖い。笑っているのに声が冷たいなんてことあるんだな。恐ろしい。  藤井は少しビビった様子でだがはっきりと、友人です。こいつの。と言った。 「お友達が何の用?」 「嫌がってるように見えたんで……」 「そうなの? 桃介くん」  ぶんぶんと首を振る。おい、藤井。もっとマシな言い訳はなかったのか。こんな怖い問いかけに繊細な俺が、はい! なんて明るく答えられるとでも思っているのか! ちくしょう。 思い過ごしだね。と笑った啓介先輩が、じっと俺の左手首を掴む藤井の手を見る。離せと目で訴えるそれに、藤井は気まずそうに手を離した。  俺はそのままずるずると啓介先輩に引きずられて行く。周りの視線がどうとか、そんなものどうだっていい。さっきの先輩がめちゃめちゃ怖かった。 「確かめるのってどうするんですか?」 「んー? まあ、それは建前だよ。今変わりたてでフェロモンバランスが不安定になっているから、セックスしてちゃんと固定してあげようかなって思ってさ」  すんすんと俺の項の匂いを嗅ぎながら啓介先輩が言った。ていうか、え? 初耳なんだけど。 「まだオメガになってないんですか? 俺」 「なってはいるよ。でも固定しないとベータに戻っちゃうこともあるからさー。それとも、戻りたい?」 「いえ、セックスしましょう」  善は急げとばかりに服を脱ぐ俺に、啓介先輩はクスクスと笑う。フェロモンが安定していないということはワンチャン、番にもなっていないだろう。ヒートじゃないし噛まれても平気だと俺は意気揚々とパンツとシャツだけになる。 「じゃあ、前と同じようにできる?」  頭を撫でる手が、先輩の股間に促すので、それに従う。先輩のスラックスのジッパーを手で下げて、パンツから立派な逸物を取り出すと咥えられるだけ精一杯咥える。 「ん、んぶ、んっ」  じゅるじゅると口を窄めながら咥えきれない竿の部分を手で擦り、玉を揉む。口の中で質量を増すそれに、慣れないながらも必死に奉仕していると、パンツの中に啓介先輩の手が伸びた。  冷たい指が俺の熱い後孔へと宛がわれ、ゆっくりと侵入する。にゅるにゅるといりぐちのところを擦られて、背筋が粟立つ。 「んあ、あっ、ああっ」 「手、止まってるよ」 「あ、あぁ、あっ」 「聞こえてないね」  入口を弄られているだけなのに、妙に気持ちよくて俺は恥ずかしい声を出しながら腰を揺らした。小さく先輩が息を吐いて、俺を仰向けに寝かせると、指を二本に増やして、ごりゅっと前立腺を捏ねるように愛撫した。 「アッ、ああ、ああ~~~~」 「桃介君もうイキそうになってるね。こりゃもうなんも聞こえてないか」  耳元で何事か囁かれながら、俺はずるりと引き抜かれる指に物寂しさを感じた。もっと欲しい。挿れて欲しい。 「せんぱ、はやく……挿れて……」  喉が渇くように、疼くナカに早く先輩の物が欲しくて、強請る。腰を揺らすと、啓介先輩の喉がごくりと鳴った。 「桃介君のすけべ。嘘ついてごめんね」 「ぅ、そ……? あ、あっそこ、だめ、あっ」  ぐっぽりと挿し込まれた陰茎が奥深くに到達すると、ずるずると引き抜かれる。内臓まで引き抜かれているのではないかと思うほどみっちりと埋まったそれが、ぎりぎりのところでとまって、再び奥を突いた。 「あっ、あ、あ~~~」  とろとろに溶けた顔で喘ぐ。飲み込み切れなかった唾液が、だらりと口端から零れ落ちた。啓介先輩に抱き着きながら必死に快楽から逃げようと頭を振るが、それは全く意味をなしていないようで、暴力的な快感が俺を襲った。 「まって、とまっ……あっ、あぅ、ああ」  ずちゅずちゅと律動を繰り返す啓介先輩に制止を呼びかけるが、聞いてくれる様子はなく、ずんずんと奥深く、気持ちのいいところを突かれて俺はあっけなくイった。 「あぇ? まっ、いま、イったとこ……あっああ、奥、おくぅ……ああっ」  イったばかりの俺の身体の中を暴くように、もう一度奥深くを突いた啓介先輩の陰茎が、挿入ってはいけないところに挿入ろうとする。ぐるぐりと奥の奥まで押し開くように押し付けられた鈴口が、結腸の入口とくっついて、こじあけようとしている。 「あ、だめ、それ、おかしくなる、だめ、けいすけせんぱ……」 「桃介君の一番奥と俺のちんこ、ちゅーしてるね。挿入るかな?」 「だめ、だめ、だめ、それはぁ……あっ……あ˝あ˝あ˝あ˝っ」  深く、深く、結腸を押し開いて、啓介先輩の陰茎がさらに奥深くへと進む。汚い喘ぎ声を漏らす俺の陰茎がぷしゃあと透明な液体を噴いた。 「潮吹きなんて、えっちだな。桃介君」 「あ˝っあ˝あ˝ぁっせんぱ、らめ、も、むり、むり」  ずるるっと引き抜かれて、一度開いたそこをめがけてもう一度奥を突く啓介先輩の一系に、俺は殺されると思った。 「あっ、あ˝っ、ん、あああ、あ˝あ˝~~~~」  ゆさゆさと揺すぶられて、何度か奥を暴かれたのち、啓介先輩が奥に出したのを感じて、俺は意識を手放した。意識が途切れる瞬間、くすっと笑い声が聞こえて、啓介先輩が何かを呟いた気がしたが、疲れ切った俺の耳にはもう、届くことはなかった。 *** 「騙されちゃって、かわいい子」  眠ってしまった桃介君を見る。頬を撫でて柔らかい癖毛にキスをする。  フェロモンバランスがどうとか、嘘くそ吐いてセックスに漕ぎつけられたのは、桃介君が隙だらけだからだろう。だからあの、友人君も俺に警戒していたし、止めに入ったのだろうけど。  本当に、騙されやすい子。  くすくすと笑う。ん、と寝返りを打つ愛しい子の唇にキスをして、俺はにんまりと笑った。 続く。

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