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第9話◇

 学食について、2人がいつも居るあたりを探す。  あ。居た。良かった。  しかもちょうどよく、2人きりで、他に誰も居ない。    こちら側を向いて座ってた、村澤 智也(むらさわ ともや)が、「あ、優月」と笑った。それを聞いて、川島美咲(かわしま みさき)も振り返る。 「おはよ、優月」 「優月、どうしたの? クロのとこいってたんじゃないの?」   美咲の隣に腰かけて。  何から話すべきなのか迷って、言葉に詰まる。 「優月?」  何も答えないオレを、2人がじっと見つめてくる。 「あの……」  智也も美咲も、幼稚園からの幼馴染。小中学校までは一緒、高校は別々だったからたまに会う程度だったけど、大学が一緒になってまた仲良く3人でつるんでる。  智也は、一言でいうなら、優しいお兄ちゃん。  美咲は、一言でいうなら、きつめだけど、優しい、お姉ちゃん。  同い年ではあるけれど、早生まれで背も小さくて、色々とできないことも多かったオレを、この2人はいつも助けてくれていた。  小学校の時の、美咲のオレに対する口癖は、「ほんとにトロいんだから」だったけど、そう言いながらもいつも構ってくれて。成長するにつれて、その口癖が良くないと思ったらしく言わなくなった。けれど、何かと助けてくれるのは変わらなかった。  智也も、同じ。もともと面倒見がいい智也は、いつも優しかった。  高校で、2人が居なくなったことで何とか独り立ちして、自分でやらなきゃいけないことや、頑張らなきゃいけないことを初認識して、3年間、頑張った。 智也と美咲がいなくても、忘れものや宿題、勉強等から始まり、その他諸々ちゃんとできるように、やっとなった。 大学生活で一人暮らしを始めたけれど、生活においても2人に頼ることはもうほとんどない。  けれど。「世話焼き」の2人と、「世話やかれ」のオレ。  長年染みついたその関係は、微妙に残っていて。  何かあった時に相談してしまうのは、いつもこの2人。  信頼してるし、大好き、ではあるのだけれど。  ――――……だからと言って。  さっきの出来事をそのまま話したら、何て言われるんだろう。  ……特に美咲に……。 「――――……優月、何かあったでしょ」  美咲はルックスは超キレイ。  「美しく咲く」という名前が、本当にぴったりだと、いつも思う。  今日は長い髪を綺麗にまとめていて、大きめのピアスがキラキラ揺れる。  大きな目が、けれど今はものすごく細められて、優月を見つめてくる。 「休み時間もそんなに無いし、隠してないでささっと言って?」 「美咲、言い方……心配ならもっと優しく聞けよ」  智也は、中高とサッカー部のキャプテンを務めていた。サッカーの時だけ人が変ったみたいに好戦的になるけど、それ以外はいつもほんとに優しいので、皆に慕われる、お兄さんタイプ。 「あの……」  うう。  なんて言ったら良いんだ。  いきなりキスされたとか言ったら、美咲が切れかねない。  3人の間に、恋愛関係は一切ないけれど、長年一緒に居た時間が長すぎて、正直、家族よりもお互いが大事なのかもと思う瞬間がある。  特に美咲は、オレの敵とみなすと、その相手には容赦がない。過去にオレにちょっかいかけてきた悪ガキたちが全員泣かされていたのを、何だか久しぶりに思い出す。  ……どうしよう。  言いたくなくなってきた…。でも。今更隠せる気がしないし。 「……あのさ。玲央って……知ってる??」  そこから聞いてみることにした。 「れおって……|神月《こうづき》玲央?」  美咲がきょとんとしながら、そう聞いてくる。  うん、と頷くと。 「超有名人。知ってるわよ? ……優月の口から出てくると不思議だけど」  美咲の言葉に、苦笑い。  うん。オレも、さっきまで、ほぼ知らない人だった。ていうか、今もだけど。 「神月玲央、オレは学部一緒。知ってるよ。去年ゼミも一緒だったし」 「あ……そう、なんだ」  それきり、3人一旦黙る。 「……それで? 神月が何?」  首を傾げながら、智也が聞いてくる。 「……うん、あの……どういう人?」  優月が聞くと、2人が顔を見合わせて、数秒黙った。  その中、美咲が話し出した。 「スペック的には最高よね。ルックスもだし、歌もうまくてバンドも大人気だし。ライブのチケットとか手に入れるのすごい大変なんだって。あと、超大金持ちの息子らしいし」  なるほど。そうなんだ。さすが美咲、よく知ってる……。   「まあ見た目は文句なしだよな。デビューの話もあるって聞いたし、超派手で。 でも結構ゼミとか授業はちゃんと出てて、ちゃんと意見とかも言ってて超意外だった。見た目があれだからさ、討論の時とか、すげえ真面目な事、言ってると、なんかびっくりする」  ……おお。同じ学部ならではの……。   てか、まじめなの? あの人。意外。  ここまでの評価は、そんなに悪くないのかな。  そう思った時。 美咲と智也がまた顔を見合わせた。  智也がちょっと言いにくそうにしながら、話し出す。  「ただ、男女関係なしにそういう関係があるって。恋人とか何股とかじゃなくて、完全にセフレらしいけど。ゼミ始まる前の教室で話してたの聞いたけど――――……相手も納得してんなら、別にいいだろって感じだったかな」  それを聞いてた美咲が、はー、とため息をついた。 「実は友達に、あいつのセフレだった子が居るんだけど……本気で好きって伝えたら、もう終わりにしようって言われて、それきりだって」 「……それ、なんで?」 「重いのが嫌いって、言われたって。 好きとかいらない、体だけでいいじゃんって」 「――――……」  ずーん……。  ……なんでこんなにショックなんだろう。 「普段はまあ普通に優しいらしいし、お金あるから欲しいものとか買ってくれたりするし、気に入られてる間はライブにも呼んでくれたり、甘いこともしといて、 本気になったら切るんだよ。セフレに愛情とか好きとかめんどくさいの、いらないんだって。 束縛するとかありえないって。 どんだけ友達が泣いてたか……ほんと、最低のクソ野郎だと思ってるけど、あたしは」  美咲が、綺麗な顔を歪めて、ものすごく嫌そうに、そう言う。  ずずずずーん。  ……だめだ、これ。  美咲がここまで言ってる人……。  さっきあったことを言ったら……。 「……んで? 神月がどーしたの?」  智也に促されても、何も言えず黙っていると、二人が、じーーーっと、黙って優月を見つめてくる。 「いや、あの……どんな、ひと、なのかなあって思って……」 「ふうん……? それで?」  美咲が真横から、じっと見つめてくる。 「聞いてみただけ……なんだけど」  そう言って済ませようとしたのだけれど、美咲が冷たく一言。   「――――……優月、嘘つけないんだから、本当の話の方、早く言って」 「……っ」 「……優月、さすがに無理があるかも」  智也も苦笑い。 「――――……えと……」  めっちゃ怖い。特に美咲。 いつもは居心地の良い、楽しい3人の関係なのだけど、こういう時は、ほんと、ビビる。  まず智也だけに言えばよかったかな。  でもそれ隠してて、後でバレたら、またそれはそれで、怖い。  とにかく今更、隠せない。  嘘ついたって、バレるんだ。  しょうがない……。  どこから話せばいいのか、整理しながら、正直逃げ出したくなる。

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