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第78話◇

「あ。――――… 玲央だ」  ふわ、と気持ちが上がる。 「出てもいい?」 「……良いよ」 「……黙っててね?」 「分かった」  クス、と笑う蒼くん。オレは通話ボタンを押す。 『優月?』  初めて、電話越しに聞く、玲央の声。  ……玲央の声。やっぱり、良い声だなぁ。  それが、自分の名を呼んでくれている事に、すごく嬉しくなって、めちゃくちゃ笑顔になってしまうのが、自分でも分かる。 「玲央……」 『いま、絵描いてる?』 「あ、ううん。あの――――… 先生の息子さんと……あ、その人も、先生みたいな人なんだけど、今夕飯食べに来てて。ごめんね、電話……」 『……別にいい。なあ、オレ、今夕飯食べ終わったとこ、なんだけど……』 「うん」 『……お前今どこに居んの?』 「……どこ……蒼くん、ここ、どこの駅が近い?」  蒼くんが答えてくれた駅名を、玲央に伝える。 『……お前、今日オレと会う気、ある?』 「――――え……これから?」 『……無理ならいいけど』 「無理じゃないよ。……オレ、会いたい」 『――――……じゃあ、学校の駅で会おうぜ。どれくらいで来れる?』 「1時間あれば――――……」 『分かった。近づいたら連絡して』 「うん」  あとでな、と電話が切れた。 「……優月。 顔。 緩みすぎ」  クッと笑いながら、両頬をぶにぶにとつままれる。 「いった……痛いよ、蒼くんっ」 「つーかさー…… 電話出た時の、笑顔。 お前、あんな顔で、そいつの前で笑ってんの?」 「……あんな顔って?」 「超緩みまくった顔」 「――――……」 「その顔でそいつの前に居たら、どんなに鈍くたって、お前が好きなのは、バレバレだと思うけど」  それで隠してるつもりなの? 好きとか言わなくたって、バレるって。  続けて、あれこれ言われて、む、と唇を噛む。何も言い返せない。 「とにかく……オレ、玲央とこれから会う事に、なった」 「……まあそうみたいだな」 「……だからごめん、もう、帰ってもいい?」 「は? ……お前、飯だけは食ってけ」 「あ……はい」  言われて、それもそうだと思い、一生懸命食べ始める。 「ちゃんと噛めよ」  クスクス笑う蒼くんに、突っ込まれつつ。 「――――……こんなバレバレのお前を、側に置いとくなら、お前に好かれるのは嫌じゃないって事じゃねえのかなーと、オレは思うけどな」  そんな事を言ってくれて、素直に喜びたい所ではあるのだけれど。  全然素直に喜べない。 「――――……ていうかさ。蒼くんさ……」 「うん?」 「さっき、モテモテのバンドやってるイケメンが、何でオレなんかに興味湧くんだ?とか、ひどい事言っといて、そんなの急に言われたって、もー、からかってるとしか思えないからね」 「ああ、まあ……確かに――――……」  クッと笑いだして、蒼くんはまたしばらく笑い続けてる。  昔から、笑い上戸。そして、人をからかう……いや、オレをからかうのが楽しくてたまんないらしい。昔から、ほんと変わらない。 「……でもさ。よく考えてみ?」 「なに?」 「オレもさ、言っちゃなんだけど、超モテモテな、大人な訳。分かる? ほんとは優月みたいな奴に構うようなタイプじゃない訳。ほんとは、忙しくてそんな時間も無い訳」 「……じゃあ構わなきゃ良いじゃん」  ていうか、どこが「大人」なんだ……。蒼くんてほんとに……。 「――――……そんなオレがさ。忙しい中、お前が絵を描きに来る火曜日は、お前からかいに――――……いや、可愛がりに、なるべく早く仕事終わらせて会いに行ってやってる訳。分かる?」 「つか今、からかいにって言った……」 「……まあそこ、オレの楽しみの1つだから。お前の絵も見たいしな」 「……」  どこまでが本気で、どこまでがからかってるのか、全然分かんない。 「だからさ。そいつも、オレみたいにさ、優月みたいなのがタイプなのかもしんないじゃんか。だったら、何もしなくても優月のままで居れば良いんじゃねーのか?」 「……蒼くんのは、なんか違う気がするし……オレのままって、言われても……更に分かんなくなるんだけど……」 「まあタイプっつーのをオレの方にはめるのは、微妙だけど」 「……玲央の事だって、オレが、玲央のタイプとか言ったら、ほんと怒られちゃいそうだし」 「……つか、誰に怒られるんだよ」 「……玲央の、セフレの皆さん……?」  言った次の瞬間。  ぶ、と吹き出した蒼くんが、また、ヒーヒー言いながら笑い出した。 「もうさ、マジで、笑いすぎだからっ」 「だってお前――――……」  クックッ。    誰だ、クールとか、この人に言ってる、全く見る目のない人は。  オレに言わせれば、クールなんか、ひとかけらもないからね……。  オレをからかって楽しんでばっかで。  まあ――――……でも、大事なとこは、いつも守ってくれる気がするけど。 「――――…んー。お前、今日、初体験しちゃうのかなー」 「っっっ!!!」 「ついに、大人になっちゃうんだなあ?」  ふ、と笑いながら、しみじみ言われ、真っ赤になってしまう。 「……蒼くんのバカ!!」  クッと笑いながら、「どこで会うの?送ってやるよ」と言う。 「学校の駅だけど……」 「じゃ行こ。大丈夫、顔出さないから。そいつ見るだけ。今の時間なら車のが早く着くし」 「え。でも……いいの? お仕事疲れてないの?」 「…………」  急に、黙って。それから伸びてきた手に、よしよし、と撫でられる。 「お前のそーいうとこなー……ツボなんだよなー」 「……ん?ツボ?」 「何でもない。口では言えない。……行こ。送る」 「うん」  クスクス笑う蒼くんと、店を出て、車に乗り込む。  色々話しながら……からかわれながら。  玲央と待ち合わせの駅前のロータリーの端で止まってくれた。シートベルトを外してドアを開けて降りて、蒼くんを覗いた。 「蒼くん、ごちそうさまでした。送ってくれてありがと」 「ん。オレは、『玲央』を見たら帰るから。声掛けなくて良いからな」 「うん、分かった。じゃ、またね。ありがと」  蒼くんに手を振って、駅に向かう。  ちょうど改札に着いた所で、玲央が現れて。 「優月」  と、呼んでくれた。  あ、もうだめだ……。  嬉しすぎる。 「玲央……」  近づいてきた玲央を見上げて笑った瞬間。  くしゃ、と頭を撫でられた。 「……早く、いこうぜ」  背に手を置かれ、歩き出す。  手、温かい、玲央。  背中に置かれている手の温度が熱くて。   それだけの事に、ドキドキする。  あ。――――……蒼くん……。  車の横を通り過ぎる時。  蒼くんと目が合って。ふ、と笑まれた。  ……どう思ったんだろ。蒼くん。  ――――……思いながらも。 「……優月?」  優しく笑ってくれる瞳をただ見上げるだけで、息が止まりそう。  玲央の事しか、考えられなくなる。  やばいなー。大好きすぎるなあ。  玲央の事。  これから2人になれるんだと思うと。  心臓の動きが、めちゃくちゃ、速くなる。

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