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第709話◇

 お昼の時間が終わって、皆で食堂を出た。 「優月どっち?」 「むこう。三号館だから。玲央は?」 「あっち。じゃあまた放課後な?」 「うん!」  なんかその約束のために、眠い午後も頑張れる気がする。うんうん頷いてると、ふ、と玲央が笑ってくれた。そこに、はいはい、と颯也が割り込んできた。 「優月、オレもそこ。一緒行こうぜ」 「あ、うん」 「じゃーな」  なんとなく颯也に連れられながら、オレは玲央と最後に視線を交わして、別れた。 「颯也は何の授業?」 「英語。優月は?」 「オレは、心理学」 「眠そう」 「うん。まあ。確かに……」  クスクス笑いながらそう言うと、颯也は苦笑い。 「優月はさ」 「うん」 「玲央が初なんだよな、付き合うの」 「うん。そう」 「初恋人が、初彼氏になるとか、想像したことある?」 「全然無かった」 「じゃあ今そうなって、戸惑いとかは?」 「無い」 「……ぽいよな~」  颯也が、オレの顔を数秒見た後、ぷ、と笑い出して、頷いた。 「オレ、優月のこと、尊敬してるかもしれない」 「え」  そんけい……? とは?  思い切り首をかしげてしまうと、「首折れるぞ」と笑われる。  そんなに曲がってないけどな、と笑いながら、颯也を見ると。 「あの玲央がさ。あんな風になるとか。稔がよくふざけて言ってるけど、マジですごいと思う」 「……あり、がと? ていうとこ?」 「いや、別に。ただの感想だから。礼はいらない」  ふ、と颯也は笑う。  この人もほんと。涼しい顔してて。すごくモテそう。というかモテるんだろうけど。一番なんか、落ち着いてるというか。冷静というか。なんか、すごく、周りをよく見てるというか。 「玲央、ちゃんと付き合ってた時もあったけど……女子って彼氏がカッコよすぎると、ヤキモチやいたりけん制したりで。特に玲央はすごくてさ。中高の頃でまだ皆ガキだったしさ。うまくいかなかったんだよな、お互いに。モテすぎてずるいって見てた男もいたけど、玲央は全然嬉しそうではなかった」 「うん……」  もう何回目か色々聞いてることだけど、颯也の話し方は、一番淡々としていて、事実だけ、て感じ。 「そんで、あいつはどんどん適当になってった訳だけど」  苦笑いしながら、颯也はオレを見つめる。 「優月の、その、柔らかいのに揺らがない感じ? 独特な答えするじゃんか、たまに」 「……そう?」 「そう。優月の答えって、たまに、へー、て思う。そう考えると、楽ちんなんだろうなーとか」 「……そう?」 「そうだよ」  クスクス笑って、颯也がポンポン、と肩を叩いた。 「あれもこれも全部面倒だから適当にする、みたいな玲央の、頑なだったとこ、なんとなく分かる?」 「うん。……なんとなく、かもだけど」 「やんわり解くのが、お前みたいな奴でよかったなーと思う訳」 「……ん」 「昼の最後にごちゃごちゃいって悪い。二人になるってあんま無いからさ」  三号館について、階段をのぼりながら、颯也がそんな風に言うのを聞き終えて、ううん、と首を振ると。 「これ、玲央には言うなよ?」  と、少し悪戯っぽく微笑まれる。 「うん」  ふふっと笑って頷いて。それから。 「玲央はさ、きっとオレが居なくても、その内誰かと会って、優しくして、普通に仲良く生きてったと思うんだよね」 「――――……そうか?」 「だって、もともとは、めちゃくちゃ優しい人だと思うし」 「……まあお前には、特別、優しいと思うけど」 「だからさ、別にオレだからよかった、とかは、無いかもしれないんだけど」 「……あるけど」  苦笑して突っ込んでくる。 「でも、オレじゃなくても……」 「分かった、じゃあそうとして? 何?」  二階についたところで、颯也が立ち止まって少し脇にズレたので、オレも少し階段から離れる。 「颯也、ここ?」 「ん。優月は上?」 「うん。あ、だからね、オレじゃなくてもいいんじゃないかなとも思うんだけどさ」 「ん」 「颯也と甲斐と勇紀と、稔とか、他の人もね」 「ん」 「皆がお互い、好きに言いながらも、仲良くて、オレ、すっごい好きなんだよね」 「――――……」 「玲央の近くに、皆が居てくれて嬉しいし。玲央は、もしかしたら、オレじゃなくても平気だったかもしれないけど、今はもう……オレが玲央と居たいし、皆とも居たいし」 「――――……」 「玲央を、好きになってから、好きな人が増えたっていうか……好きだった人達のことも、もっと好きになってるっていうか」  なんか、全然颯也が返事してくれないけど、とりあえず、言いたいところまで言おうと思って続ける。 「だからオレはほんとに、玲央とこうなれてよかったなーと思ってて……一緒に居てくれて感謝してるから」 「……ん」 「だから、大事に、付き合ってくから」  そう言うと、颯也は数秒黙ってて。  それから、手を口にあてて、何だかすごく、笑いをこらえてるみたいな顔をした。  隠していた口元から手を外すと、オレの肩に手をのせる。 「……優月―」 「ん?」 「……なんかそんな風に、すっごい好きとか、面と向かっていわれるの、無理かも」 「え。無理……あ、ごめ」 「謝んなくていいよ」  くっ、と笑われる。 「……なんかすごく恥ずかしいなー、お前……」 「え゛」  恥ずかしい?? 「玲央が、敵わねーのが、なんか改めて分かった」 「……?? どういう意味?」 「ああ、イイ意味。そろそろ行くか。またな、優月」 「え、あ。うん」 「玲央をよろしく」  オレを振り返って笑った颯也の笑顔に、何だか嬉しくなって、うん、と頷く。そのまま階段を上って三階へ。  ……恥ずかしいってなんだろう。好きって言っちゃったから?  と思いつつも。まあでもいい意味だって言ってたから、いっか。  玲央をよろしく、だって。  颯也も、玲央のこと大好きなんだな~と、なんだかとっても幸せな気分だった。

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