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第828話◇
「弟みたいな」*side野矢蒼 6
希生さんが反対することはないだろうな。
父さんも、最近優月が、前より幸せそうに見えるよねって言ってたし。絶対賛成なんだろうし。
なんなら少しはフォローを入れる気できたけど、全く必要なかったな。
でも、来て良かった。
優月への希生さんの態度とか。
玲央と優月の雰囲気とか、見れて、安心したというか。
もともとそこまで心配してないから、安心っつーのもなんか違うけど。
優月が恋か。
……恋人ができる気配がまったく無かったからなぁ。
可愛い可愛い、小柄な彼女とか、似合いそうだと思ってたけど。
意外とあんな感じの、彼氏も。
優月には合ってしまう気がするのは。
……優月なら、なんでも、普通に受け止めそうな気がするから、かな。
高校生のオレが、最初はものすごく面倒くさいと思ってた、お絵描き教室に来るガキんちょ達。
……優月に構いだしてから、他の子たちにも構うようになったような。
変な影響、あの頃から受けてンな。
そんな事を考えながら風呂から上がって、さっきの部屋に戻ると。
何やら優月が一生懸命、玲央に向かって話してる。
「あっ蒼くん、おかえり」
「ああ」
座ってた優月が立ち上がって、水を飲みに行くオレの元に近づいてくる。
で、その後ろに、玲央もついてきた。
「蒼くん、玲央がひどいんだよ、聞いてー」
そんな優月に、後ろから来る玲央が、楽しそうに「冗談だって」と笑ってる。
「ん?」
「蒼くんがビリヤード、すごくうまかったって言うから、オレが蒼くんに勝つにはどれくらい練習したらできるかなあって、聞いたら、玲央ってば、毎日練習して、十年くらいかなー? それでも勝てないかなー? とか言うんだよー」
「へえ?」
水を飲みながら、むー、としてる優月に苦笑してしまう。
「確かにね、オレも、どんだけしても勝てなそうとは思いながら聞いたんだけどさ。玲央の十年間毎日、とか、なんかリアルでさー」
むむむ、と膨らんでいる優月。
「蒼さん、経験値すごそうだったから」
くっくっと笑いながら、ふくらんでる優月を愛おしそうに見つめてる玲央。
可愛いなあ、とか。
思ってるんだろうな。
ふ、と笑ってしまう。
「じゃあ、優月」
「ん?」
優月の肩に手を乗せて、くい、と引く。
「毎日、教えてやろうか? 優しく」
「む」
優月は、蒼くんまでからかって―!とまたぷんぷんしているけれど。
玲央の方は、オレのちょっとした悪戯心からの嫌がらせが通じたみたいで。
肩に乗せた手に、多分相当ムッとしている。と思われる。
優月はまったく気づかず、オレを見上げてくる。
「もう。いいんだけどさ。ビリヤードで勝てなくても」
「いいのかよ?」
「ていうか、蒼くんには勝てる気しないよ。もう。ずーっと小さい頃から」
むー、としてる優月に、ちびっこの頃の優月が重なって見える。
……変わんねえなー、表情も、中身も。
ぽんぽんと、その肩を叩いて、手を離した。
オレがお前に勝ててない気がするのは、言わないから。
優月はそう思ってんだろうけど。
多分、説明しても分かんない部分だから、もうそれはそれで、いいかな。
そんな風に思ってると、玲央が優月の腕を軽く引いた。
「優月、何か飲むか?」
「ん? あ、うん」
「紅茶入れよっか」
「うん。一緒に用意するー。希生さんと先生も飲むか聞いてくるー」
すたたた。という効果音が似合う気がする走り方で、希生さんたちの方に優月が走っていき、玲央とオレが取り残される。
「……やっぱ、妬く?」
「――――」
ちら、とオレを見て、玲央は、「いいえ」と苦笑いしながら優月に視線を移す。強がってる風の玲央に、ふ、と笑ってしまうと、む、とオレを見て。
少し時間を置いてから。
「もうオレ、絶対何か勝てるもの探します」
「――――」
……まあ。
オレは、歌なんか作れないし、コンサートなんか出来ねーし。
すでにそういうとこでは、別次元で、いいとこに居ると、思うんだけど。
「期待してる」
そう言うと。
玲央は、またオレに視線を向けて。
ふ、と楽しそうに笑って、はい、と頷いた。
そこに、まっすぐ玲央に向かってくる優月。
「二人とも飲むって。いれよ?」
「ん」
そのまま玲央の腕の中に、すっぽりおさまりそうな雰囲気で、近くにいる優月を見て、玲央が、さっきとは違う雰囲気で微笑む。
「オレ、ミルクティーがいい。砂糖なしで」
そう言うと、二人が一緒に頷いてる。
離れて、ソファの方に向かいながら。
――――弟みたいな存在が。 二人に増えたって感じ。
そう思って。
勝手に顔が綻んだ。
(蒼くんside 終)
◇ ◇ ◇ ◇
(2024/4/26)
蒼くんside
楽しんで頂けてたらいいな。
とりあえず私は楽しかったです。またいつか♡
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