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第827話◇

「弟みたいな」*side野矢蒼 5  良い湯。  ――――バスタブの縁に寄りかかって、ふ、と息をついた。  そういえばさっきのビリヤード。  ……優月が出て行ったのにも気づかなかったっけ。  久しぶりとは言っても、なんだかんだいって結構自信あったのだけれど、玲央がいい感じで迫ってくると、やっぱり負けるのは少し面白くなくて、思わず真剣にやってしまった。  たかがゲームなのに。……年下なのに。  優月が居なくなってるのに気づいたのはオレの方が先で、玲央が気づくには結構な時間がかかった。それだけかなり真剣にやってたんだとは思うが。  不意に、ふと優月が居た方を見た玲央が、きょとん、とした不思議そうな顔で、オレを見てくるから、思わず笑ってしまって。 「優月は結構前から居ないよ。全然気づいてなかったよな?」  そう聞くと。玲央は苦笑いを浮かべて、頷いた。 「集中しすぎてたかも。蒼さんは気づいたんですか?」 「オレも出て行った時は気づかなかった」 「――――悪いことしたかもですね」  困ったような苦笑いを見せてそう言う玲央に、オレは少しだけ肩を竦めてみせた。 「大丈夫だろ、優月だから」 「……まあ、そうですね。二人とも頑張れーとかニコニコしながら出ていったんだろうなって気がします」 「だよな」  玲央の言ってる優月の様が容易に思い浮かんで、ふ、と笑ってしまう。 「ちょっと休憩、するか?」 「はい」  玲央が素直に頷いたので、部屋の隅の椅子にお互い腰かけた。  すぐ優月のところに行くとは、言わないところを見ると、優月は大丈夫だと思ってるんだろうな。……絶対大丈夫だと思うが。思わず微笑んでしまうと。 「オレ、すごい集中してたんで、本気で疲れたかもです」  玲央はそんな風に言って、オレを見て笑う。 「真剣だったよなー。結構うまい方だろ、玲央。そこらへんの奴には負けないんじゃないのか?」 「周りの奴には勝ってましたけど。……つか、蒼さん、うますぎです」  眉を顰めて言われて、オレは肩を竦めて苦笑い。 「オレまで、優月が出てくの気づかなかったしな。玲央につられて真剣にやってたよ」 「……なんとなく、蒼さんには勝ちたいので」  そんなセリフに、ぱっと返しが浮かばない。  そもそも、どんな意味だろうか。 「んー。玲央は、オレに負けたくない?」 「そう、ですね。それは思います」 「――――負けず嫌いだから?」 「……まあそれもありますけど」  ふ、と玲央が苦笑い。 「……蒼さんにも優月にも、恋愛感情がないことは分かってるんですけど」 「そうだな」 「だから、そういう意味で嫉妬するとか、そういうのは、ないんですけど」 「けど?」  玲央の返答を楽しみに思いながら、先を促すと、玲央は、んー、と少し考えてる。 「でも、優月は蒼さんをすごく頼りにしてると思うので……」  もう一度、少し視線を逸らして、考え込んでる。 「……なんか、やっぱりちょっと勝ちたいです」  そんな風に言って可笑しそうに笑う玲央に、ふーん、と笑い返すと。玲央が考えながら続ける。 「蒼さんは、昔から優月を見てきた人だし、付き合いの長さは勝てないし。大人で働いてて、人気な芸術家、とか来ると……なかなか今のオレじゃ勝てないかなと思うんですよ」 「――――……へー?」 「だからゲームくらいは……って、ただビリヤードに勝ったからって何なんだって思うオレも、実はいるんですけど……」  そんな風に言って苦笑して、自分の言ってることを考えてる風の玲央に、オレは、まあ……おかしくてしょうがない。  嫉妬してないなんて言ってるけど。  付き合いの長さは勝てないとか、頼りにされてるオレに勝ちたいとか。  ……青いなあ。  青春。て感じ。 可愛いよなぁ、こいつも。    ちょっとだけ手を抜いて負けてやってもいいけど。  と思っていると。 「あ、でも、手を抜かれて勝つとか、オレ、絶対嫌いなんで」 「――――……」 「それくらいなら、負けた方がいいんで。さっきまでとおんなじように、超真剣にやってくださいね」 「へーへー」  ……なんというか。  玲央の友達もだし、希生さんもだし。  玲央が変わったとか、言うけれど。  ――――……根本のまっすぐなところは、  もともとなんじゃないだろうかと、たまに感じる。  人にはうまく言えないが。  こういうまっすぐな、こういう部分が。  まっすぐな優月が、惹かれたとこなんじゃねえのかな。  ……なんて思いながら、再開して、言われた通り、手を抜かなかった。  超僅差。  あっぶねーとちょっと思った。  手を抜かずに負けたとか。  しかもこんな年下の、経験値絶対オレのが上なのに。  とか思う時点で――――。 「は。……オレもまだ、負けず嫌いか……」  ふ、と笑みが浮かんだ。 ◇ ◇ ◇ ◇ (2024/4/23) 私は蒼くんを書くのが好きです……。 最初から好きだったな…笑

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