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第826話◇

「弟みたいな」*side野矢蒼 4  オレが高校生の玲央を尖ってるなんてからかった時、父さんにオレの高校の頃の話を持ち出された。口癖が「めんどくさ」とかだったと言われて、つか、確かにそうだけど高校生男子なんてそんなもんじゃねーの、と思っていると、横で優月が、オレが特殊だったとか言い出した。特殊?と思って聞くと。  怖そうなのに優しいとか。挨拶しろとか皆に言うし、とか。めんどくさっていう割に優月の学校とか行くとか、不思議だったと言われる。  それはお前が、嬉しそうにするから、つい。と言いかけて、なんとなく黙る。  そもそも、最初の運動会はたまたまその週に聞いて、暇だから覗きに行っただけだった。でもその後は、この日に運動会なんだーとか、この日に演劇発表会が―とか、いちいち日付と時間を言ってくるから。来てほしいのかと思って、なんとなく友達と遊びついでにそいつら引き連れて行くと、それはまあ楽しそうな顔でオレのところに来るから。  ……なんかもう、正直、ほんとの弟みたいな気分に、なるよなーって感じで。つか、あんな風に満面の笑顔で素直に懐かれて、その相手のガキんちょを可愛くないやつとか居るか? と思うレベル。  オレが黙ると、父さんは笑い出した。    優月相手だと、言い返すのをやめるとかなんとか。優月は不思議そうに、そうだっけ? とか言いながら見上げてくる。 「優月の前だと、めんどくさ、が減るの、面白かったな」  父さんのセリフに、優月は、更に不思議そう。優月の前でも言ってたもんな、と思ったオレに、父さんは、「優月が居ないと、それの十倍くらい言ってたよ」とか言ってる。優月はびっくりしてたけど、まあ……十倍はないけど、たしかに優月の前で、あまり言わなかったのは事実かも。  ……なんとなく、優月に、「めんどくさ」って言うようになってほしくなかった、というか。  自分は言ってんのになんなんだって、自分でも思うけど、なんとなく、近い年上のオレが「めんどくさ」って言いまくってると、優月も影響受けるんじゃないかと思って、そういう悪影響は与えたくなかった。……まあでもそうはいっても。 「十倍は言いすぎ。んな訳ないだろ」 「あ、そうだよね」  優月は楽しそうに笑って、見上げてくる。  ……まあ、その甲斐あったのか無いのかは分からないが、優月は、めんどくさ、を連呼するようにはならなかった。  あは、と笑いながらオレを見上げてくる。  心底楽しそうに笑う笑い方。  昔から、変わらない感じで育って来たのが、まあ、貴重。 「蒼も勝てないのか? 優月くん」  希生さんに笑われ、オレは一瞬黙って、「勝ち負けじゃないし」と苦笑いしか出てこない。そして、ふと、気が付く。  蒼も、って言ったな。も、って、何だよ。  ……希生さんもそう思ってんのかなと思うと、笑える。 「そもそもオレ、蒼くんに勝てたと思ったこと、一回もないですけど……」  優月がそう言って、困ってる。  周りの笑い、多分、違う意味で取ってて、「優月がオレには勝ててない」って意味で笑ってると、優月は思っているんだろうけど。実際はそうじゃないって……多分優月以外は分かってそうだけど。 「優月は本気でそう思ってるんだろうけどな」  と、玲央が言ってる。  ――――とりあえず玲央は、ちゃんと、分かってるな。  優月は分からないみたいで、どういう意味か、玲央に聞いた。すると。 「いや。良いよ。蒼さんは、お兄さんみたいって言ってたもんな」  こういうの、いちいち全部言わず、優月の、ぽわんとしたとこ。  そのままにして、やり過ごしてる玲央は、なかなか良いかも。と、オレの中でひとつポイントが上がる。  優月たちのあとでシャワーを浴びて、浴槽につかる。  はー、と寄りかかって、天井を見上げた。  昼食から、すごした午後をあれこれ思い返してみても、本気でずっと、のどかだったな。  玲央が優月をとてつもなく可愛がってて、優月が玲央をものすごく好きなのは、良く分かった。  前に会った時から分かってはいたけど、付き合う状態になってから少し日が経って、また余計にそうなってる気がする。   「――――……」  ……つかあいつらここで、じゃんけんしてたのかと思うと。  なんともいえないな。  優月は本気でただじゃんけんしてただけだろうけど――――。  玲央の方……。  あんなタイプの奴が、そういうので困ってる感じとか。  大分面白い。  一人で笑みが浮かんでしまう。

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