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第884話◇
食事を食べ終えて、また並んで歩き出す。
まぁるいお月様が、空にぽっかりと浮かんでいた。
「なんか、ぼんやりして、滲んでみえるね」
そう言うと、玲央もふと、夜空を見上げた。
「ああ――月にかさがかかるって言うんだよな」
「かさ?」
「月がさって言葉があって、そうなると、雨が降るって言われてるって」
「そうなんだ……月がさ、かぁ……」
へー。ぼんやり滲んだお月様に、そんな名前がついてるんだ。
へええ。
「それって常識だったりする?」
「……さあ? どうだろ。あんまり普通に言ってる奴は聞かない」
クスクス笑う玲央に、ちょっと不思議な気持ちになる。
「玲央は何で知ってるの?」
「月にかさがかかるって、歌ってた奴が居たんだよ。聞いた時は、雨傘の傘かと思ってさ。なんとなく、月が傘をさすみたいな言葉で、雨が降るってことを指してるのかと一瞬思ったんだけど……気になって調べたらさ」
ふ、と玲央が笑いながら、夜空の月を、くるくる、と手でなぞる。
「あの、月とか太陽の周りに見える、丸い光を、かさって呼ぶんだって。雨傘じゃなかった。勇紀とかと調べてて、皆で笑ってた」
「そうなんだ。ていうか、オレ、月にかさがかかるって、初めて聞いた」
「まあオレも、あの時初めて聞いたから。氷の粒で出来た雲に、月の光が反射するんだって」
「へえ……そうなんだぁ」
さっきまでと違う、不思議な気持ちで、月を見上げる。
「――――」
玲央って、めちゃくちゃカッコいいし、派手なのだけど。
……歌詞とかもだけど。言葉の選び方が好きなんだよね。
「――玲央って、真面目、だよね?」
そういえば授業もちゃんと出てるし。
一限は苦手だからってとらなかったみたいだけど。料理とか、めちゃくちゃ丁寧だし。運転とか、すごく、心地いいし。
曲作ってた時も、ずーーっと真剣だったし。練習もまじめにしてるし。
見た目で違う印象受けてる人多いと思うけど。
してることだけ、見たら、超、真面目な人、だよね。
そう思って口に出した言葉に、玲央は真顔でオレを見た。
「――――……」
じー、とオレを見て、何も言わず。
あ。真面目とか、言われたくないかな? と思って、玲央を見つめ返していると。
「……人生で初めて、真面目って言われたかも」
ぷ、と笑って、口元に軽く握った手を当てる。そのままクックッ、と笑う。
「こんな気持ちになるんだな、真面目って言われると」
「えっと……どんな、気持ち?」
「――――くすぐったい??」
続けて笑いながら、玲央は瞳を細めてオレを見つめてくる。
「オレには合わないだろうとも思うし……でも、優月がそう思ったってことは……ちょっと、面白い、な?」
「初めて、言われたの?」
「オレに真面目って言う奴、そばに居そう?」
「うーん……分かんないけど……とりあえず稔とかは言わなそうだけど」
「稔は死んでも言わないだろうな」
「うん。稔は玲央で遊ぶのに命かけてるから」
「そう見える?」
「うん。でも、稔は皆にそうな気がするけど」
いつもの稔を思い出して、あは、と笑ってしまう。
「ていうか――」
ふ、と玲央がまた笑いながら、オレの手を取った。
「真面目なお付き合い――出来てるか?」
手を繋いで歩きながら、玲央がオレを見つめてくる。
優しく繋がれた手があったかくて。きゅ、と胸が締め付けられる。
「うん」
細かいことは言わずに、ただ、頷いて、玲央を見上げると。
優しい瞳に、自然と顔が綻ぶ。
「――つか、なんで突然、真面目?」
「えっと……それはね」
帰り道。
玲央の真面目だと思うところを、延々挙げながら。
面白そうに笑う玲央と。
ずっと手を繋いだまま、ゆっくり歩いた。
(2025/7/18)
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