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第885話

 家について、とりあえずスマホを充電しようとした時、玲央が言った。 「優月、お湯はる? シャワーでいい?」  そう聞かれて、ちょっと考えてから。 「玲央は入りたい?」 「優月が入るなら」 「じゃあ入る」  えへ、と笑ってしまうと、玲央も、ん、と笑ってくれた。多分バスルームに向かおうした玲央の後ろ姿を、オレは呼び止めた。 「あ、玲央、ごめん、今、母さんに電話していい? 教習所のこと、話すから」 「いいよ。電話してな。風呂の用意してくる」 「ありがと」  玲央が部屋を出て行くのを見送ってから、母さんに電話を掛ける。もしもし、と母さんの声。オレが教習所を見学してきた話をすると、母さんは「もう決まり?」と聞いてきた。 「うん。近いし、良さそうだったから」 『入会するのはどうしたらいいの? 母さんも行く?』 「ううん。オレが申し込みに行って、振込人をオレの名前ですればいいみたい」 『なんていう教習所? 父さんと見ておくから』  そう言われて、少し考える。 「パンフレットもらったから、見せに行くよ」 『あら。写メでもいいけど』 「こないだ父さんに会えてないし。お金出してもらうし、ちゃんと見せに行く。あ、泊りに行こうかな。一樹と樹里にも会いたいし」 『ん、分かった。じゃあ、来る日決まったら連絡入れといてね』 「うん、分かった」  頷いたところで、玲央がリビングに戻ってきたのが分かったので、「じゃあまたね」と切ろうとしたら、「あ、優月」と呼び止められた。 「ん?」 『マンション、契約の解除はできるよ。ただ、一緒に住むってなると、家賃を半分にするにしても、どうやって払ったらいいのかとか、いろいろあるでしょ?』 「あ、うん。そうだね」 『まだ解約の手続きはしてないよ。玲央くんの方もご両親に確認してからの方が良いでしょ? おじいさんに会いに行ったの?』 「あ、うん。行ってきた。でも玲央のお父さんたちには会えてないから」  玲央がふとこっちを見たので、なんとなく視線を合わせながら、母さんとの会話を続ける。 『そっか。じゃあ話してからかな?』 「うん、そうだと思う。またそれも、そっちに行った時に話すね?」 『ん、分かった。じゃあね』 「うん。おやすみー」  電話を切ると、玲央が隣に立った。オレは、スマホを充電コードに繋げてから、玲央を見あげる。 「同居する話?」 「うん、そう。解約はできるって言ってた。でも、その前に、いろいろ決めないとねって」 「いろいろ?」 「家賃とかも、どう払えばいいのって。半分払うにしても……」  そういえば、ここって、すごく高そうな気がするのだけれど。  いくらなんだろ、と聞こうとした時。 「家賃はいいよ。むしろ無理言って、ここに来てもらう感じだし。優月が入っても入らなくても、払うことに変わりがないし」 「なんか、玲央っぽいセリフだなぁって思うのだけど、そうもいかないと思う。親的には多分……」  ん……と玲央がちょっと首を傾げている。 「――んー……今までいくら?」 「八万弱って言ってた」 「じゃあ五万、とか……? いや、でもなあ……」 「ここ五万な訳ないけど……」  いくらなのか、怖くて聞けなくなってきた。  だって、そういえば外観からめちゃくちゃ高そうだし、中に入ってもすごく高そうだし。部屋もいっぱいあるし。高層階だし。 「やっぱりいらないな。全然考えてなかった、家賃とか」  玲央の手が、オレの頬に触れる。 「ただ一緒に居たいなと思っただけだよ。家賃安くしたいからシェアしようって誘ったんじゃないし」  ぷにぷにと、両頬を優しく引っ張られて、んーと見つめていると、玲央はクスクス笑いながらその手を離した。 「オレ明日、親父に電話しとく。話してから」 「あ、うん。ありがとう」 「あと、優月んち、ついてっていい?」 「え??」  びっくりして見上げると、玲央はクスクス笑った。 「行くんだろ、実家」 「ぁ、うん。教習所のパンフレット、説明に行こうかなーって思ってて……玲央も行ってくれるの?」 「優月のお父さんには会ってないし」 「あ、うん」  頷いてから、玲央の言葉に、ふふ、と笑みが零れてしまう。  ん? と微笑む玲央をじっと見つめる。 「なんかオレ達さ、まだ知り合って付き合ったばかりなのにね、家族に挨拶、とか普通にしてて……」 「ああ……確かに」 「なんか、嬉しい」 「……あ、嬉しいのか?」 「え? 嬉しいよ? というか逆にどう思ってると思ったの?」  そう聞くと、玲央はちょっと困った顔で笑う。 「ああ。重い、とか? 確かに結婚する前のカップルみたいでもあるなーと思って」 「重い、かぁ……それも確かに……?」  くすっと笑ってしまうと、玲央がもっと苦笑いになる。 「今までいろんな形で付き合ってた時は、家族に挨拶しなきゃとか、実家に行く、なんて、かけらも思ったことないから」 「んーまあ。まだオレ達、大学二年生だもんね。付き合うのに、あんまり親とか、言わないよね」 「言わないよな」  クスクス笑いながらそう答えると、また玲央の手が、オレの頬に触れる。 「――宣言、みたいなもんかもな」 「宣言?」 「そ。大事にするって。優月にも、自分にも、周りの人にも」 「――そっか」  嬉しくなって微笑むと、ゆっくりしたキスが、触れてくる。  もう、だいすき。玲央。ほんと、大好き。    

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