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第920話◇
そのあともしばらく土産物の話とかで盛り上がっていたのだけれど、ふと、勇紀が「そうだ」と思い出したように笑い出した。
「そういえば昨日、玲央が帰ったら、部屋に、玲央のお母さんがいたらしいよ」
その唐突な台詞に甲斐が「え?」と優月を見た。
「――優月が、一人で待ってた時に、玲央のお母さんが来たってこと?」
「うん、そう」
優月はふふ、と笑っている。そんな笑顔の優月に、甲斐と颯也がちらっと顔を見合わせてから、不可解極まりないといった様子で優月を見つめた。颯也が少し眉をひそめながら訊ねる。
「優月は当然、初対面だよな?」
「うん。そう、だった」
うんうん頷きながらくすくす笑っている優月。対してますます眉間にしわをよせてく二人。その温度差がおかしくなってきて、オレは言った。
「優月と暮らしたいって親父に連絡したからさ、母さんが様子見に来たんだよ。オレは昨日、忙しくて帰れないって母さんに言ってあったのに」
「――えぇ? じゃあ、玲央のお母さん、優月に会うためにマンション行ったの?」
甲斐が驚いたように言うと、颯也も苦笑した。
「優月はどうしてたんだよ?」
「どうしてたって……」
二人にじっと見つめられて、優月は、ふ、と柔らかく微笑んだ。
「カレーを一緒に食べて、お茶飲んでた、かな……」
「はー??」
甲斐と颯也の声がはもった。怪訝、を通り越して、呆然とした顔で、優月を見つめている。颯也がオレのことも見ながら、また優月に聞いた。
「カレー、一緒に食べたのか?」
「うん……あのね、カレー作って、ご飯が炊けるまでの間にってシャワー浴びてたの。出たらリビングが灯りついてたから、玲央だと思ったら――綺麗な人が振り返って、ほんと、びっくりしちゃったけど」
思い出し笑いで、楽しそうな優月に、二人は呆れてる。
「笑い事じゃねえだろ。怖いわ」
「玲央の年上の彼女、とか思わなかった?」
颯也の苦笑交じりの言葉と、甲斐の質問に、優月は首を振りながら小さく肩を竦めた。
「なんか、雰囲気が玲央に似てたから――あ、お母さんかなって……びっくりはしたけど。玲央はいないのかしらって言われたからほんとドキドキしちゃって」
「知ってて行ったくせにな?」
「ふふ。……でも、めっちゃ綺麗でおしゃれで――絵、描きたいなーって思っちゃった」
さらりと言った優月を、今度は全員が「は?」と見つめた。皆の視線が一気に集中して、優月は楽しそうに笑う。
「だって、なんか雰囲気が玲央にそっくりなんだもん。いつか玲央と並んでもらって、絵を描きたいなーて」
「普通思わねーからな、その修羅場で」
颯也が呆れたように呟く。そう言われた優月は「修羅場……」と繰り返して、口元に手を当てて、うんうん頷いてる。
「確かにわりとパニックではあって……焦ってはいたんだけど、ただ、絵は描きたいなって――思っただけ。それ以外は、焦ってたよ。カレー食べますかって聞きながら、食べる訳ないよねって思ってたら、食べてくれて……」
「んで? カレーを一緒に食べて?」
「えーと……そのあと、コーヒー淹れて……」
「んで?」
「いろいろ話していたら、玲央が帰ってきて……」
皆の視線がこそで、オレに流れてくる。
「玲央、早く帰って良かったな」
甲斐がそう言って、ニヤニヤしている。オレは思わず、ふ、と吹き出してしまった。
「いや。早く帰らなくても、たぶん優月は平気だったよ。すげー仲良くなっててさ」
「そうなのか?」
颯也に聞かれて、優月は首を傾げて、ん、と曖昧に頷いているが、事実はきっと、皆の考えてる「仲良く」を超えてると思う。
「すっかり連絡先も交換してるし、優月、オレが帰った時、母さんのことなんて呼んでたと思う?」
「……なんて呼んでたの?」
皆がおかしそうに笑いながら、優月を見つめる。
ん、と頷いて――ちょっと気まずそうにしながら、優月が、ぷ、と口を膨らませた。
「……だって、呼んでって言われたんだよぅ」
「だから、なんて?」
勇紀が促すように聞くと、優月は、一度息をついてから、観念したように呟いた。
「香澄さん……」
優月がそう言った途端。
へえええぇ、と皆が変に納得するような声を出した。
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