×　×　× 「ここで待て」 会議室を後にしたリヒトは、護衛の近衛騎士に指示を出し、ある場所へ消えた。 手洗いである。 そういうところは、この方もちゃんと人間なのだな、と周囲に控える者を不思議な心地にさせた。 ただし。 …これから中で行われることを知っていれば、そう思えたかどうか。 リヒトが足を踏み入れるなり、 「よお」 首に、革の首輪をした青年が、気楽に片手を挙げて彼に挨拶した。 用を足していた、というよりも、彼と待ち合わせていたような態度だ。 とはいえ、皇宮の中に配置された侍従とも違う、みすぼらしい身なりをしている。 きちんと整えていない髪は黒。瞳は鮮やかな濃紺。肌は、この国では珍しい褐色。きめ細やかで肌艶はいい。 そして、態度は、皇帝にも劣らず、尊大。 それが鼻につかないのは、明るい雰囲気のせいだろう。 見る者に、自由な風を思わせる朗らかな笑顔を、彼はリヒトに向けた。 対等の者のように。 「お疲れ、リヒト」 身軽な足取りで近づいてくる彼を待つように、リヒトはいっとき、足を止める すぐ、投げやりに一言。 「無駄口はいらん、それより、ヒューゴ」 リヒトは、ヒューゴと呼んだ青年の手を掴み、近くの個室に引っ張り込んだ。 鍵をかける仕草は乱暴だ。 「待てよ、まず結界張るから」 苛立ちを感じ取ったか、ヒューゴは宥めるように続ける。 「声が聴こえたらヤバイだろ、それから次元を少しずらして…と、」 不可思議な単語には耳を傾けず、リヒトは背中をヒューゴの胸に預けた。 背を向けた状態でヒューゴの手を取り、手袋をはめた手でぎゅっと握りこむ。 その頬は、淡く上気していた。 何も知らないものが見れば、怒っているのだろうかと思ったかもしれないが。 それは、紛れもなく、羞恥の色だ。 「…さっさと済ませろ」 言い捨て、リヒトは奥歯を食いしばるようにして、沈黙。俯いてしまう。 いったいこれから、何が始まるのか。 俯いた項まで赤い。 肌が白いから余計目立った。 「ふぅん」 対するヒューゴはさめた目で、腕の中の皇帝を見下ろす。 彼こそ、どこか、怒りを覚えた態度だ。 だがすぐ、思考を切り替えた態度で、舌なめずり。 その表情は、誰が見ても邪悪そのもの。 「そんじゃ、仰せのままに」 リヒトの耳元で優しげに囁き、 「いただきます」 愉し気に声を揺らすなり。 パチン。 ヒューゴの指が鳴った。 リヒトはぎゅっと目を閉じる。 靴と靴下だけ残して、下半身を覆うものが何もなくなったことを体感しながら。 ヒューゴの魔法だ。 なぜかヒューゴはこういうことに魔法を使う。普段は出し惜しむのに。 そういう彼の態度に、魔法をこんなことに使うなんて、と、才能の無駄遣いだと宰相のリュクス・ノディエは嘆く。 一瞬で外気に触れたリヒトの性器は、半ば勃ち上がっていた。 陰毛は生えていない。 正確には、つるりと剃り取られている。 「まずは用を足さないとな」 濃いピンク色に染まるそれを、背後から両手で支え、ヒューゴ。 「ほら、見ててやるから、…できるよな？」 促す声に、常日頃理性的で残酷な言葉しか放たないリヒトの唇から、泣きそうな息がこぼれた。 屈辱に耐えかねた様子で、総身が震える。 ヒューゴが、宥める態度で、背後からリヒトの頬に口づけた。 「いつものことだろ。健康管理の一環でもあるし」 「…わ、かった。ちゃんと、見、ていろ」 消え入りそうな声を出すと同時に、リヒトのイチモツの先端から、生ぬるい体液が溢れ、流れ出す。 音を立てて、排泄が始まった。 よほど我慢していたのか、羞恥に俯いたままのリヒトの身体が、解放感に震える。 ただその両手が、何かを堪えるように、自身の胸元を強く握りしめていた。 「掴むなら、俺の腕にしろよ。服にしわが寄る」 「…っく」 恥辱を堪える風情で歯噛みし、リヒトはヒューゴの腕を掴んだ。 対するヒューゴの呟きは、淡々としていた。 「長いな…あんまり我慢するなって言ってるだろ」 排泄などというプライベートの中でもプライベートなシーンをこうして観察されるなど、普通の人でも堪え難い話だろう。 押し黙ったリヒトから放出されるものが、次第に弱まっていく。 じっと見ていたヒューゴは、そこでようやく一言。 「よし、健康そのものだ」 ヒューゴの声に、からかいや揶揄はない。真剣だ。 実は以前、リヒトは血尿を出していたことがある。 極度のストレスから免疫力が下がった結果、尿路感染症が起こった、わけだが。 彼本人が気付いていても何も言わなかったため、周囲はなかなか気づけなかった。 本人は頑丈で、健康に自信があったため、自然と治るだろうと放置していたのだ。 どんな症状であれ、放置は危険だ。 その流れから、あることをきっかけにヒューゴは無理やりこうして確認の時間を取るようにしている。 さらには、いつの間にか、リヒトの基本的な健康管理は、ヒューゴの役目になっていた。 腕の中で、リヒトが微かに息を吐きだす。 終わったようだ。 最後まで絞り出すように、ヒューゴがリヒトの茎を軽く扱けば、びくり、と彼の腰が震えた。 そうしておいて、腕を伸ばし、ヒューゴは放たれたものを流しながら、軽く腕の中の身体を揺する。 「よく頑張ったな。エライエライ」 ちなみに、オリエス帝国の上下水道施設は、この大陸で最高ランクと言えるだろう。 戦争中も、五年前から改良工事は開始されており、少なくとも帝都一帯の施設は完全に整っていた。 地方にも、次第に広まっている。 そのために、公衆衛生は見る間に改善されていた。 だからこそ新たな仕事も派生したわけだが、 「新しい組織案とか、言い出しっぺが考えるべきと思うんですがね」 涼しい顔のヒューゴに国の宰相は恨めしそうな目を向けてきたが、 「いや、採用者が責任取るべきだ」 堂々としたヒューゴの返しに、肩を落として諦めた。 「…もう、子供ではないぞ」 褒めるヒューゴの言いようが気に食わなかったか、リヒトが不満げに言うのに、ヒューゴは唇だけで笑う。 ヒューゴはリヒトが、それこそ子供の頃から…いや、本人は覚えていないだろうが、赤ん坊の頃だって知っているのだ。 つい、子供相手の口調がこぼれるのは、ちょっとした習慣に過ぎない。 「知ってるぞ。よぉく、な」 言って。 ヒューゴは、手の内のモノを、強く扱き立てた。 「…あっ！」 腕の中で、リヒトの背が、喉が、仰け反る。 ぴんと張り詰めた上半身と違って、両足はがくがくと震えていた。 日頃からヒューゴがしつこく撫で回しているなめらかな白い内腿が、明るい日差しの中で輝きながら、痙攣を繰り返している。 先ほどとは全く違う、快楽を示す体液がリヒトの先端から溢れだし、瞬く間にヒューゴの指を濡らした。 いつも、最初の段階から、漏らしたかと思うほど、量が多い。 初めからこうだったわけではないと思うが。 男を愉しませるために存在する身体のようだ。 ヒューゴは、期待に薄く笑った。 「子供相手にこんなことは、いくら悪魔の俺だってできない」 ―――――そう、ヒューゴは悪魔だ。比喩でなく。人間のリヒトとは、種族が違う。 「んん…っ」 仰け反ったリヒトの目じりが、赤く染まっていた。 気持ちがいい、と快楽に蕩けた表情が言っている。 その指先が、ふと泳ぎ、リヒト自身へ伸びそうになるのに、 「お前は触るなよ、手袋してんだから」 ヒューゴが言えば、リヒトは首を横に振った。 「…やっ、もっと、先っぽ…っ」 誰が想像するだろう。 あれほど厳格な威圧を出す皇帝が、甘ったるい声で、甘ったれた表情で、身も世もなく男に快楽を強請る姿など。 「ん、先っぽ好きだよな。分かってる、けど、先っぽはもうちょい後な」 対するヒューゴも、ひどく甘やかす声を出す。 腕の中の相手が何をしても、許してくれそうな優しげな態度で。 すっかり勃起したそれを突き出すように、リヒトが前後に腰を振る。 そこへの刺激をずっと待っていた態度だ。 もうそれしか頭にないかのような、溺れる仕草。 その淫靡な動きを目と身体で楽しみながら、リヒトの亀頭付近を、指で輪を描くように包み込み。 ぐるっと、軽く絞るように左右に回した。 「あんっ」 激しく腕の中の身体が跳ねた刹那に、ヒューゴはカリに指を引っ掻けながら、亀頭の先まで刺激する。 「んっ、ああぁぅ…！」 強弱を変えて同じ場所を責め続ければ、内腿が雫で濡れるくらいにカウパーが溢れだした。 白く張りのある、わずかな産毛の生えそろった内腿が大きく開かれ、そこにいやらしい体液の雫がひかるさまは、ひどく美しく扇情的だ。 半ば見惚れながら、ヒューゴは首を傾げた。 「…まさか、イくの我慢してんのか？」 いつもなら達している頃合いだ。リヒトは頭を左右に振った。 「あ、だって、イったら、ヒューゴ、やめ、る、か、らぁ」 止めてほしくない、と訴えられたヒューゴは。 （なんだこいつ、カワイイな） 気持ちのままに、思わず、リヒトの唇の端に音を立ててキスをする。 「毎日してやってんだろ。おら、いいから、イけ」 「いや！　ぃやだ、ひど…っ、ん、ひっ」 さすがにいつまでも堪えられるわけがない。 リヒトは、全身を絞り上げるようにして射精した。 一回、二回、…三回。 立て続けに、三度達した。達するたびに、大きく腰を前へ突き出し、全身を震わせる。