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幕・96 ただ一人が支配する

「は…ぁ…!」 射精の快楽に、芯まで溺れ切った顔で、腰を突きだしながら喉を反らせた。 高級な衣服に体液が染みていくのを横目に、痙攣するリヒトの腰からヒューゴはズボンを引きずり下ろす。 ただし、脱がしはしない。膝で止めた。 そこまでして、ヒューゴは立ち上がる。 ぐったり、椅子の背もたれに身体を預けていたリヒトへ手を伸ばし、 「…あ、ヒューゴ、なに…」 腋の下へ手を差し込み、ひょいと持ち上げる。そのまま簡単に、リヒトの身体を反転させれば、 「ちょ、待…っ」 足をもつれさせたリヒトは、素直に、先ほどまで座っていた眼前の椅子に、濡れた両手をついた。 「ヒューゴ…?」 腰に力が入らず、くたくたと膝をついたリヒトの尻に触れ、 「俺が触らなくても、前は自分でできるよな」 悪い笑みを浮かべながら、ヒューゴはリヒトの尻肉を左右に押し開く。 あらわになった蕾に、自身の切っ先を押し当てた。 リヒトの喉が、ごくりと鳴る。その内腿が、ぶるぶると震えた。期待で。 「俺は、こっちを慰めてやる」 リヒトは。 雄としての自慰は肉体を快感で壊すくらいに、ヒューゴに教え込まれた。ただし。 ―――――後ろでのやり方を、教えられたことはない。 むろん、やろうと思えばやれた。 しかし自身で中へ触れることは、なんとはなしに怖さがあって、その上。 ヒューゴに、そちらでの自慰は禁じられた。 である以上、基本的に優等生のリヒトは従ってしまう。ゆえに。 正真正銘、リヒトの体内のことは、ヒューゴしか知らない。 彼、ただ一人が支配する、そこへ。 ―――――ぐぅっとヒューゴが押し入ってきた。 日中も何度か、ヒューゴが押し開いた内壁は、すっかり解れて、慣らさずとも雄をきちんと飲み込んでいく。反発はない。 ただひたすら、ヒューゴを締め上げ、絡みつく。それは異常なほど執拗で。 ヒューゴはいつも自然と、奥へ奥へと呑み込まれ、誘い込まれてしまう。 「…あっ、あ、…っ!」 意思とはかけ離れた場所で、リヒトの喉から声が放たれる。 ソコは完璧にヒューゴの形になっていた。 「ほら、リヒト」 身体を支えるリヒトの腕が、がくがくと震える。 背中から覆いかぶさるようにして、ヒューゴが胸の前へ腕を回した。 そのまま、上半身を起こすようにして、膝立ちになる。 「いつまで放りっぱなしにしてるんだ? 扱かな い と」 耳元で囁き、ゆっくりと生ぬるい舌を中へ差し込めば、リヒトの身体が、皇帝の立派な衣服の中で跳ねる。 いつも思うことだが、皇帝の衣装というのは、中に包み込む肉体の存在を消そうとしているようだ。 そのせいだろうか。 皇帝陛下の姿をリヒトがしている時ほど、ヒューゴの責めは執拗になる。肉体の存在を、リヒトに無理やり思い出させるように。 ヒューゴの言葉に、操られるようにリヒトの手がむき出しの自身に触れた時。 ――――――ガチャ。 部屋の扉が開いた。ぎくり、リヒトの動きが止まる。 乱雑に衝立が置かれた室内だ、こちらの存在に簡単に相手が気付くとも思えないが。 「大丈夫だ、こちらの音は向こう側へは聴こえないようにしている」 腕の中のリヒトに囁きながら、ヒューゴはその身体を腕の中へ閉じ込めるように抱き竦める。 ヒューゴの胸の奥へ隠れるように、リヒトはおとなしく収まった。 荒い息を繰り返しながらも、リヒトが落ち着いていることを確認して、ヒューゴは入ってきた気配の方へ視線を向ける。 当然、見えはしないが。 腕の中へおさまったリヒトが、息を乱したまま呟いた。 「…扉の前へ縫い止めていた呪詛はどうなった…?」 まさに、そこだ。 ヒューゴはリヒトとつながった部分が、きゅうと締め付けられる感覚にわずかに息を詰め、呟いた。 「消えてるな…」 ただしこれは、おそらくツクヨミがやったわけではない。 「入ってきた連中が吸い込んだようだ」 である以上、使われていない部屋に入ってきたのが誰であろうと、おとなしく過ごしてすぐに去るわけがなかった。 「まるで悪夢だ、何の力も持っていなかった皇子など、戦争で死ぬはずだったのに!」 扉が閉じたとたん、喚き散らした声は若い。 やたら確信を持った口調に、ヒューゴはきな臭いものを感じた。 (まるで戦争中に、暗殺でも計画したみたいな言い草だな) ヒューゴは濃紺の目を細める。 実際、戦時中、そうした動きは多かった。 いちいち探るのも面倒になるほどで、だからヒューゴは片付けることのみに専念していたのだが。 (まさか今更ここで、首謀者らしい相手が現れるなんて。まあ、一部に過ぎないだろうけど) どうしてやろうかなあ、と物騒な気分になるヒューゴの耳に、また別の声が届く。 「言葉に気をつけろ、あんなのでも今は皇帝だ」 「ふん、部下がいなけりゃ何もできないじゃないか。偉そうに立ってるだけなら誰にだってできるさ」 ―――――入ってきたのは、三人だ。 どの声にも、なんとなくヒューゴは聞き覚えがあった。いい印象のない声だ。 …おそらく彼らは。 宴のホールにも大勢いた、昔、リヒトを馬鹿にしていた貴族の令息だ。 実力第一のリヒトの勢力へ取り入るのに遅れを取り、ろくなおこぼれに預かれないものたち。 この物言いからして、戦争に参加せず、首都でぬくぬくと過ごしてきた、いわゆるボンボンに違いない。 数多の戦争に参戦した者ならば、間違っても、今の皇帝を馬鹿にするような発言はしない。 「そりゃ、あんな化け物をこき使うことができれば、誰だって強くなれるさ」 これは、ヒューゴのことだ。 どうやら、あの呪詛は、負の感情を加速させるものだったらしい。 命に関わるものではない以上、もう少し情報を得ておくか、とヒューゴは聞き耳を立てるが。 「…下等の分際で…」 腕の中で、リヒトが物騒に呟いた。 「ヒューゴを使っていいのは僕だけ、…ふっ」 突如リヒトが殺気を醸し出すのに、ヒューゴは思わずその口に指を突っ込んだ。 リヒトの殺気は重い。 いくら相手が素人でも気付かれる。 口の中へ突っ込んだ二本の指で、リヒトのぬめる熱い舌を扱いてやりながら、締め上げられて萎える様子のない怒張もそのままに、あやすように腰を揺らした。 「…ん、くっ」 飲み切れない唾液が、リヒトの唇の端からこぼれていく。 にも関わらず、ヒューゴに色々叩き込まれたリヒトは、口の中で好き勝手に動くヒューゴの指へ、真っ先に舌を絡めた。 いつも厳格な雰囲気を漂わせる切れ上がった怜悧な眦が、とろんと溶ける。 夢中でヒューゴの指をしゃぶり始めた。 その指先で悪戯にリヒトの唾液を掻き回しながら、ヒューゴは貴族令息たちの実のない会話に耳を傾けた。 (それにしたって、往生際が悪い連中だな)

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