95 / 215

幕・95 お手本見せて

「なら、俺がちゃんとイかせてあげるから」 ヒューゴは手をすぐ放し、リヒトの下着へ指をかける。 下着のふちをリヒトの性器へわざと引っかけるように、して。下ろしながら、弾みをつけるように離せば。 勢いよく飛び出したリヒトの陰茎が、これ見よがしに腹まで反り返る。 興奮しきったそことは裏腹に、窮屈だったそこが解放された感覚に、リヒトは深く息を吐きだした。 そこへ、ヒューゴは甘えるように囁く。 「目の前で、お手本見せて」 言いながら、ヒューゴの髪に触れていたリヒトの手を、彼自身に触れさせた。 意図を察して、ぎくりとリヒトの身が震える。 「どこが気持ちいいか、ちゃんと教えて」 硬直したリヒトの指に、陰茎を包み込ませ、ヒューゴは促した。 ―――――自慰を。 それをリヒトに教えたのはヒューゴだ。 実のところ、ヒューゴは案じていた。 この子、不能じゃないよなぁ、と。 思春期に入っても、誰かに性的興味を持った様子がなかったからだ。 リヒトには、妙に潔癖なところがあった。 ヒューゴがここへやって来たばかりの頃は、侍従や侍女たちの世話を、癇癪を起して遠ざけたことだってある。 ―――――触れるな、気持ち悪い。 そうやって伸ばされる手を振り払い、部屋の奥へ駈け込むか、ヒューゴの腕の中へ飛び込んできた。 ただ、理由ならちゃんとある。 リヒトは何度も殺されかけたし、ヒューゴが来た頃は、なけなしの食事に毒も混入されていた。 悪質なことに、即効性ではないが、長く摂取すれば死に至るシロモノだ。 だからヒューゴは自分で作った食事だけをリヒトに食べさせるようにした。 皇室から無視された、名目上だけ皇子という子を、誰の目もないところで殴りつけるような大人だっていた。 高貴な血を引く子供を虐待することで、歪んだ優越感に浸っていたようだ。 だから、当時のリヒトは、掃除など別の意図だとしても、近くで腕を持ち上げた大人がいれば、ぎゅっと目を閉じ、身体を固くさせる傾向があった。 なんにしろ、幸か不幸か、思春期真っ只中のリヒトは年頃らしく、夢精した。 どんな夢を見ていたのか、とにかく健全な生理現象だ。 ヒューゴは胸をなでおろした。 それをきっかけに、リヒトに自慰を覚えさせた。 リヒトは、必要ない、しない、と言ったが、欲求不満を自分で解消する手段は必要だ。 もちろん、教えるまでもなかったろうが、ヒューゴがそういう面倒を見ることをリヒトは拒まなかった。 それならそれで、楽しむのが悪魔というものである。 ある時は、疲れ切って、もういやだ許してと懇願するまで続けさせたことがあった。 反対に、自慰の味を覚えさせた後は、何か月も性器自身に触れさせなかったこともある。 その間、トイレや風呂でそこに触れたのはヒューゴだけだ。 リヒトはヒューゴの言うとおりに、健気に耐えた。 別に少しくらいずるをしてもよかったと思うのだが、そういうところがリヒトは変に素直というか真面目というか、一度約束したことは、基本的には貫き通すところがある。 ―――――ああ、ヒューゴ、どうしよう、ヒューゴ。 最終的に、我慢できない、気が狂う、とヒューゴの前でだけ淫猥に腰をくねらせる姿の、なんと愛らしかったことか。 忍耐の後に来る、たまらない絶頂に、リヒトが完全に快楽に屈服したあの刹那は、今思い出すだけでも、 (昂る) 何も知らないまっさらな魂と肉体に、まさにヒューゴは悪魔の手で快楽による調教を施したようなものだが、リヒトは逃げなかったし、もっと先を望んだ。 ただ、どちらがより以上に悪くて強かなのかは、はっきりとしない。 ヒューゴが彼の手から与える快楽でリヒトを調教したとするなら。 調教から逃げないことで、リヒトはヒューゴが彼から逃げられないようにした。 調教されることで、ヒューゴなしではリヒトがまともに生活できないとなれば、ヒューゴはリヒトを見捨てられない。 悪魔らしく身勝手でありながら、やけに情が深いヒューゴという悪魔は、こういった方法に出れば勝手に自らがんじがらめになってくれる。 飛び立ってしまったとしても、リヒトへの心配という呪縛で、結局、ヒューゴは戻って来ざるを得なくなるだろう。 ヒューゴが単に、その場の感情優先で、先のことをよく考えて行動していないとすれば、リヒトは捨て身である。 結果が、今のような泥沼めいた状況を作っていた。 「…っ、な、ら」 一度、たまりかねたように自身をその手で扱き上げた後、リヒトは両手をヒューゴに差し出す。 「手袋を、外してくれ」 「仰せのままに、陛下」 ヒューゴは、恭しく両手でリヒトの右側の手袋を脱がした。 「…それ、捨てておけ」 「今日、おろしたばかりだろ?」 発情しきったリヒトの表情を見上げ、ヒューゴが首を傾げれば、 「グロリアをエスコートした際にあの女に触れた」 表情とは裏腹の、無感動な声で早口に言ったリヒトに、 「分かった、捨てる」 余計なことは言わず、ヒューゴは頷く。 黙って左の手袋も外して、床に放り出せば、ようやくホッとしたようにリヒトは息を吐いた。 「ああ、おぞましい」 潰れた虫でも見たような嫌悪に満ちた呟きに、ヒューゴは曖昧に微笑む。 こういうところが潔癖と思うのだが、特にグロリアとは、どうも昔から、リヒトとは合わない。 リヒトの態度がこうなら、グロリアも相当で、互いに対する嫌悪感は年々ひどくなっている。 グロリアなら、今日宮殿へ戻った後、着ていたドレスを燃やすだろう。 今日起きたことでまた、二人の仲は悪化した。というのか、まだ嫌悪が底打ちしていないのに驚きだ。 ホッとしたように、リヒトは自身の陰茎に触れた。 とたん、電流が走ったかのように身体が跳ね、―――――かと思いきや。 「あ…はあ…!」 堰を切ったようにリヒトの手が動く。 激しく上下に扱いたかと思えば、亀頭部分を集中的にこね回した。掌に擦り付けられた先走りが泡立つほど。 「そこが気持ちいいのか、リヒト」 分かり切ったことを言えば、 「…っ、知るか…!」 快楽を愉しむと言うより、早く終わらせようとする動きで、リヒトの手が動く。 くちゅくちゅと濡れた音があがる。 「ほら、リヒト。分かってるだろ」 間近で自慰の最中の、興奮しきった陰茎を見ながら、ヒューゴは悪戯に指先を伸ばした。 「俺の前では、気持ちいいってことを隠さなくていいって」 放りっぱなしにされたリヒトの袋に触れる。やわやわと揉めば、 「あ、んっ」 リヒトが目を瞠った。 目の焦点が合っていない。 ぎゅうっと内腿に力が入り、ヒューゴの身体を締め上げてくる。刹那。 ―――――陰茎の先端から、快楽の証が放たれた。 一度だけでは終わらない。 二度、三度。 複数回、子種が放たれ、そのたび身体が張り詰め、リヒトの腰が震える。 悪魔にしか感じられない、神聖力に満ちた精気が放たれ、ヒューゴの空腹を満たしていく。ヒューゴは満足感に目を細めた。

ともだちにシェアしよう!