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幕・95 お手本見せて
「なら、俺がちゃんとイかせてあげるから」
ヒューゴは手をすぐ放し、リヒトの下着へ指をかける。
下着のふちをリヒトの性器へわざと引っかけるように、して。下ろしながら、弾みをつけるように離せば。
勢いよく飛び出したリヒトの陰茎が、これ見よがしに腹まで反り返る。
興奮しきったそことは裏腹に、窮屈だったそこが解放された感覚に、リヒトは深く息を吐きだした。
そこへ、ヒューゴは甘えるように囁く。
「目の前で、お手本見せて」
言いながら、ヒューゴの髪に触れていたリヒトの手を、彼自身に触れさせた。
意図を察して、ぎくりとリヒトの身が震える。
「どこが気持ちいいか、ちゃんと教えて」
硬直したリヒトの指に、陰茎を包み込ませ、ヒューゴは促した。
―――――自慰を。
それをリヒトに教えたのはヒューゴだ。
実のところ、ヒューゴは案じていた。
この子、不能じゃないよなぁ、と。
思春期に入っても、誰かに性的興味を持った様子がなかったからだ。
リヒトには、妙に潔癖なところがあった。
ヒューゴがここへやって来たばかりの頃は、侍従や侍女たちの世話を、癇癪を起して遠ざけたことだってある。
―――――触れるな、気持ち悪い。
そうやって伸ばされる手を振り払い、部屋の奥へ駈け込むか、ヒューゴの腕の中へ飛び込んできた。
ただ、理由ならちゃんとある。
リヒトは何度も殺されかけたし、ヒューゴが来た頃は、なけなしの食事に毒も混入されていた。
悪質なことに、即効性ではないが、長く摂取すれば死に至るシロモノだ。
だからヒューゴは自分で作った食事だけをリヒトに食べさせるようにした。
皇室から無視された、名目上だけ皇子という子を、誰の目もないところで殴りつけるような大人だっていた。
高貴な血を引く子供を虐待することで、歪んだ優越感に浸っていたようだ。
だから、当時のリヒトは、掃除など別の意図だとしても、近くで腕を持ち上げた大人がいれば、ぎゅっと目を閉じ、身体を固くさせる傾向があった。
なんにしろ、幸か不幸か、思春期真っ只中のリヒトは年頃らしく、夢精した。
どんな夢を見ていたのか、とにかく健全な生理現象だ。
ヒューゴは胸をなでおろした。
それをきっかけに、リヒトに自慰を覚えさせた。
リヒトは、必要ない、しない、と言ったが、欲求不満を自分で解消する手段は必要だ。
もちろん、教えるまでもなかったろうが、ヒューゴがそういう面倒を見ることをリヒトは拒まなかった。
それならそれで、楽しむのが悪魔というものである。
ある時は、疲れ切って、もういやだ許してと懇願するまで続けさせたことがあった。
反対に、自慰の味を覚えさせた後は、何か月も性器自身に触れさせなかったこともある。
その間、トイレや風呂でそこに触れたのはヒューゴだけだ。
リヒトはヒューゴの言うとおりに、健気に耐えた。
別に少しくらいずるをしてもよかったと思うのだが、そういうところがリヒトは変に素直というか真面目というか、一度約束したことは、基本的には貫き通すところがある。
―――――ああ、ヒューゴ、どうしよう、ヒューゴ。
最終的に、我慢できない、気が狂う、とヒューゴの前でだけ淫猥に腰をくねらせる姿の、なんと愛らしかったことか。
忍耐の後に来る、たまらない絶頂に、リヒトが完全に快楽に屈服したあの刹那は、今思い出すだけでも、
(昂る)
何も知らないまっさらな魂と肉体に、まさにヒューゴは悪魔の手で快楽による調教を施したようなものだが、リヒトは逃げなかったし、もっと先を望んだ。
ただ、どちらがより以上に悪くて強かなのかは、はっきりとしない。
ヒューゴが彼の手から与える快楽でリヒトを調教したとするなら。
調教から逃げないことで、リヒトはヒューゴが彼から逃げられないようにした。
調教されることで、ヒューゴなしではリヒトがまともに生活できないとなれば、ヒューゴはリヒトを見捨てられない。
悪魔らしく身勝手でありながら、やけに情が深いヒューゴという悪魔は、こういった方法に出れば勝手に自らがんじがらめになってくれる。
飛び立ってしまったとしても、リヒトへの心配という呪縛で、結局、ヒューゴは戻って来ざるを得なくなるだろう。
ヒューゴが単に、その場の感情優先で、先のことをよく考えて行動していないとすれば、リヒトは捨て身である。
結果が、今のような泥沼めいた状況を作っていた。
「…っ、な、ら」
一度、たまりかねたように自身をその手で扱き上げた後、リヒトは両手をヒューゴに差し出す。
「手袋を、外してくれ」
「仰せのままに、陛下」
ヒューゴは、恭しく両手でリヒトの右側の手袋を脱がした。
「…それ、捨てておけ」
「今日、おろしたばかりだろ?」
発情しきったリヒトの表情を見上げ、ヒューゴが首を傾げれば、
「グロリアをエスコートした際にあの女に触れた」
表情とは裏腹の、無感動な声で早口に言ったリヒトに、
「分かった、捨てる」
余計なことは言わず、ヒューゴは頷く。
黙って左の手袋も外して、床に放り出せば、ようやくホッとしたようにリヒトは息を吐いた。
「ああ、おぞましい」
潰れた虫でも見たような嫌悪に満ちた呟きに、ヒューゴは曖昧に微笑む。
こういうところが潔癖と思うのだが、特にグロリアとは、どうも昔から、リヒトとは合わない。
リヒトの態度がこうなら、グロリアも相当で、互いに対する嫌悪感は年々ひどくなっている。
グロリアなら、今日宮殿へ戻った後、着ていたドレスを燃やすだろう。
今日起きたことでまた、二人の仲は悪化した。というのか、まだ嫌悪が底打ちしていないのに驚きだ。
ホッとしたように、リヒトは自身の陰茎に触れた。
とたん、電流が走ったかのように身体が跳ね、―――――かと思いきや。
「あ…はあ…!」
堰を切ったようにリヒトの手が動く。
激しく上下に扱いたかと思えば、亀頭部分を集中的にこね回した。掌に擦り付けられた先走りが泡立つほど。
「そこが気持ちいいのか、リヒト」
分かり切ったことを言えば、
「…っ、知るか…!」
快楽を愉しむと言うより、早く終わらせようとする動きで、リヒトの手が動く。
くちゅくちゅと濡れた音があがる。
「ほら、リヒト。分かってるだろ」
間近で自慰の最中の、興奮しきった陰茎を見ながら、ヒューゴは悪戯に指先を伸ばした。
「俺の前では、気持ちいいってことを隠さなくていいって」
放りっぱなしにされたリヒトの袋に触れる。やわやわと揉めば、
「あ、んっ」
リヒトが目を瞠った。
目の焦点が合っていない。
ぎゅうっと内腿に力が入り、ヒューゴの身体を締め上げてくる。刹那。
―――――陰茎の先端から、快楽の証が放たれた。
一度だけでは終わらない。
二度、三度。
複数回、子種が放たれ、そのたび身体が張り詰め、リヒトの腰が震える。
悪魔にしか感じられない、神聖力に満ちた精気が放たれ、ヒューゴの空腹を満たしていく。ヒューゴは満足感に目を細めた。
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