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幕・94 子猫が懐くような

× × × 衝立が乱雑に押し込まれた室内には、椅子や机もそれなりに積まれていた。 衝立はその場しのぎに放り込んだ感があるのに、椅子や簡易の机は整然と積まれている。 普段は、これらだけが置かれている部屋なのだろう。 おそらくは今夜の宴のために、急拵えで物置になった一部屋に違いない。 置かれているのが簡易の椅子や机と言っても、場所は皇宮。 質が良く、高級感溢れている。 その椅子の一つに座ったリヒトの腹に、 「…うーん」 ヒューゴは心行くまで顔を埋め、深呼吸した。 いい匂いだ。 ヒューゴが慣れ親しんだ、安心する匂い。 床に座り込んだヒューゴは先ほどから、リヒトの腹に懐いていた。 ぎこちなく、その頭をリヒトの手が撫でる。 彼はそうっと尋ねてきた。 「…腹が減ってるんだろう?」 「うん」 「食べないのか」 「すぐ食べる」 子供のいいわけのような言葉を口にして、ヒューゴは頬をリヒトの腹に押し付ける。 あの魔法使いたちは、腐った、濁った、嫌なにおいがした。 あれは、魂が放つ腐臭だ。 もちろん、堕天したという御使いとダリルは、違う。 真っすぐ生きている、いい匂いがした。 彼らがいなければ、ヒューゴはあの嫌なにおいのせいで、魔法使いたちを気持ちのままに殺していたかもしれない。 なにせ、あのにおいは、―――――なにか、思い出したくないものをヒューゴに思い出させる。 彼らに取り囲まれた状況を思い出すと、なお一層、恐慌を起こしそうだ。心が竦む。 あの時は、怒りが勝った。 黒曜とドワーフに対する彼らの無礼が、さらにヒューゴの怒りを煽った。 けれど、もし。 (それがなかったら?) ―――――この婆は死んで当然なんだよ。 冷たい声が、記憶の果てから響き返って、しんしんと心を凍らせていく。 ―――――死んだ方が世の中のためになる。 その通りだ、と。 わずかなりとも、肯定し、受け容れる、弱い気持ちが、ヒューゴの胸の片隅で震えた。 …日向美咲。 彼女の名残が、膨らみ、広がり、暗い恨みの布で、心を覆いつくそうとする。 ―――――二度と、目覚めたくない。起きたくない。終わりたい。…生きたく、ない。なのに。 死んだ彼女の意識が、むくり、起き上がり、闇の奥底から、ヒューゴを見て、疑問を投げかけてきた。 ―――――ねえ、なんで、生きているの? 命への呪いが、ヒューゴの内部で蠢く。 心を蝕んでいく。 そのとき。 (…ぁ) 顔の近くで、リヒトのソレが力を持ち始めていることに気付いた。 頬擦りする最中に、そちらも刺激してしまったらしい。 ちらと見上げれば、ヒューゴの頭をなでながら、顔を赤くしてリヒトは目を閉じていた。 何度もしているのに、いつになっても行為に慣れないような、羞恥に満ちた表情。 その顔を見上げながら、悪戯な気持ちが湧いて、つい、リヒトのそれに、子猫が懐くような頬擦りをする。 とたん、びくんっ、とリヒトの下腹が震えた。 黄金の目を見開き、ヒューゴを見下ろす。 暗がりの中、しかしちゃんと、目が合った。呪縛されたように、リヒトが固まる。 にんまり、ヒューゴは笑って。 (だよな、今は、あの女の声を聞いてる場合じゃない) ヒューゴは頭の位置を変えた。 硬くなり、自己主張を始めたリヒトのそこへ、今度は、ゆっくりと舐めるような動きで頬擦りする。 「ん…っ」 ソコを隠そうとするような、抑え込もうとするような動きで、咄嗟にリヒトの手が動いた。 だがその手は、ヒューゴの頭に添えられ、髪をわずかにかき乱した程度で止まる。 おそらくヒューゴはリヒトの反応を、楽しんでいるだろう。 気に入りの玩具で遊んでいる子供のようなものだ。 経験から、リヒトにはそれが理解できる。本当に勘弁してほしい。 …ヒューゴは気付きもしていないだろうが。 リヒトの感覚では、もう、先端から先走りが噴き出しているのが分かる。 下着が濡れていく感覚があった。それを。 すぐに知られたいような、知られたくないような、矛盾する感情が湧いて、最終的にリヒトの羞恥が沸騰した。 奥歯を食いしばり、絞り出すように声を出す。 「食べたいなら…っ、早くしろ」 今にも椅子から立ち上がろうとする気配を漂わせながらリヒトが言うのに、ヒューゴは伸ばした指ですぅっとそこを撫でた。 「ぁ、」 リヒトが声を上げる。 同時に、ヒューゴの手が、イチモツをぎゅっと掴んだ。 リヒトの息が詰まり、一瞬、突き出すように腰が浮きあがる。 その状態で容赦なく、ヒューゴは掴んだ手を動かして、やんわり揉みしだいた。 「ふ、…っく」 何かを堪えるような息を吐くリヒト。 喘ぐように唇が戦慄く。 それを見上げながら、息を抜くような声で、ヒューゴは囁いた。 「早くしろって、早く欲しいってことか?」 ヒューゴの脇の下にあるリヒトの腿が、痙攣するように跳ねる。 内側に力が入り、ぎゅぅっと左右からヒューゴの胸を締め上げた。 服の上から、掌で陰茎を、もっと乱暴に揉みしだけば、リヒトの息はすぐに乱れた。 なのに、言うことはと言えば。 「…早く終わらせろと言っているんだ」 可愛げのない台詞。 反射のように足が閉じようとする動きからして、射精は近いはずだ。 こうも早いのはおそらく、 「そういや今日は、昼にシてからずっと触ってなかったな」 今日のようにイベントがある日は、ぶっちゃけ、睦み合う回数が減る。 それに今回はヒューゴにもやることが多かった。 毎日でもやり過ぎだと言うのに、二人は、一日にどれだけしていることか。 回数が知られたら呆れられそうだが、幸い誰かに聞かれたことはない。単に踏み込みたくない領域なのかもしれないが。 リヒトの身体が達する兆候など、すぐ分かる。 絶頂に身体が張り詰めようとした刹那、 「…ぁ?」 ヒューゴは手を離した。 その手で、達せず張り詰めた感覚が抜けず、朦朧としているリヒトのベルトを外す。 「イきたいか?」 顔の近くで思わせぶりにボタンを外し、窮屈なほど膨らんでいる前を、果物の皮でも剥くように布を左右に押し広げた。 下着を押し上げたそこが、既に布を濡らしている有様が、ヒューゴの目にははっきり見える。 いい子、と布の上から撫でれば、また、ぎゅうとリヒトの内腿がヒューゴの身体を締め上げてきた。

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