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幕・123 御覧じろ
「俺は大体想像がつくけど…そうだな、この際だ、あんたに選ばせてやろう」
ヒューゴは笑った。まさしく、悪魔そのものの表情で。
「暴くか、暴かないか。自分の運命だ、自分で選びな」
店主は鼻白む。
歯を剥きだして嗤うヒューゴの姿は、まるで獣のようだ。先ほどまでは、完璧な騎士だったのに、今では見る影もなかった。
そのくせ、人の目を奪う魅力だけは、変わらない。
―――――いや、本性らしきものが現れるにしたがって、なお一層視線を奪って離さなくなる。
厄介な男だと思いながら、
「いい加減、付き合いきれません。ですが、いいですよ、それで気がすむのなら」
店主はあえて、付き合ってやると言った態度で告げた。
「暴けばいい。こちらにはどんな秘密もありません」
堂々と胸を張る。疚しいことなど一つもないと言った様子で。
大概の者は、彼の自信に圧倒され、疑惑を引っ込めてきた。そう、今までは。
「ばかもんが」
吐き捨てたのは、クレトだ。
仕事道具なのだろう、荷物から金槌を取り出し、得物を扱うように構える。
「己が向き合っておるのは、悪魔というのに!」
浅はかな、と吐き捨てた。
店主は不快気にドワーフを一瞥。
騎士たちは、高まる不穏に、知らず、剣の柄へ手を伸ばす。
「あはははっ!」
ヒューゴはとうとう、笑い声を立てた。
クレトの言うとおりだ。
先ほどの表情で、ちゃんと店主はヒューゴを悪魔と認識したはず。
それなのに、侮りを捨てなかった。
覚悟をきめなかった。
甘い見通しで、言葉も状況も吟味することなく、ただを捏ねる子供をなだめるような態度で、おざなりに答えた。
なんて、なんて。
愚か。
―――――その愚かさを弄ぶのが悪魔だと知っているだろうに?
「選んだね?」
愉悦も隠さず、ヒューゴは確認した。
「責任はあんたにあるよ」
獲物の首根っこを鉤爪の中に捕らえた肉食獣の表情で、念を押す。
「早く終わらせて頂けますかね」
店主は、放り出すように答えた。
そうだ、賢明である必要はない。
これから訪れるであろう破滅を、心から楽しもうじゃないか。
「いい覚悟だ、では―――――御覧じろ」
―――――ぱちん。
ヒューゴが指を鳴らした刹那。
―――――びちゃっ!
唐突にそれは現れた。
大量の黒い血液、何とも知れない贓物、数多の眼球、角、長い毛、昆虫のような羽、牙、長い鉤爪。
骨のようなものが見えると同時に、床へ落ちた。間髪入れず、
「ぬお…っ」
クレトが目を押さえ、後ろへ跳躍。工房の外へ飛び出す。
床板が腐り落ち、猛毒の噴煙が上がったからだ。
同時に、クレトと騎士に、ヒューゴは鋭い警句を放った。
「伏せろ!」
刹那。
店主の顔から表情が消え、―――――その胸元から。
「な、に」
殻を割るように、大蛇が飛び出した。
それを、本人が見たかどうか。
見る前に、彼の命は消えていた。
同時に、しゅるしゅると特有の音を立て、凄まじい速さで大蛇は外へ飛び出す。
飛び出した大蛇の尾の先へ、身を伏せてやり過ごした騎士が剣を突き立てた。
怒った蛇が大口を開け、振り向いて騎士の頭を丸呑みしようとするのに、
「ぬぅんっ!」
頭上、真上から、馳せ寄ったクレトが金槌を振り下ろした。
地面に叩きつけられる大蛇。
その縦長の瞳孔が、ドワーフを睨みつけるなり、
「はい、終わり」
追い付いたヒューゴが、素手でその頭部を掴み上げた。
潰す寸前の力で握り込み、自慢の牙を封じる。
ヒューゴの腕に蛇の胴体が絡みつく様子に、
「おい、それは平気なのか。魔獣に見えるが」
見上げてくるクレトに、ニンマリ笑い、ヒューゴ。
「ご明察。あの店主、魔獣の卵を仕込まれてたね」
全く動じた様子はない。
しげしげ見上げたクレトは、これなら大丈夫と判断したか、すぐ視線を切った。
「…外道の技ですね」
騎士が鞘へ剣をしまい、店主の死体を振り返る。
「店主の死体にはもう害はないよ。ただ、工房の中の悪魔の死体は危険だから」
もちろん、悪魔と魔獣とでは、存在の在り方からして違う。
魔獣はどちらかと言えば、獣に近い。
地獄にはおらず、中間界に生息し、時に集団で暴走を起こして大災害を招くが、基本的に住み慣れた場所を離れたりしない。
地獄にも似たようなものがいるが、結局はそれも悪魔だ。
ただ知能がないので、ヒューゴは自身が守護する一族にそれらの一部を家畜化させた。
「工房は焼くよ。いいかな、クレトさん?」
「わしに、この土地と建物に対して所有権はない」
苦い顔のクレトがそう言うのも当たり前だ。だが、皆、分かってはいた。
このまま放っておけば、大変なことになる。
悪魔の身体を抱きとめられるのは、地獄の大地だけだ。
「クレトさんがいいなら、他は何とでもなる。じゃ、焼くね」
地獄へ送り返すことができれば一番なのだが、皇都の真ん中で、地獄への扉を開けるのもはばかられた。
「炎の浄化が確かに、一番じゃろうが…延焼はさせるなよ」
「しないってぇ」
ヒューゴが軽く言うなり。
――――――ゴッ!
空を焦がす勢いで、火柱が上がる。
魔法陣らしきものが現れたのは一瞬で、すぐ光の粒となって流れ去った。
あまりの勢いと熱量に、ギョッとドワーフと騎士が後退。
彼らを尻目に、ヒューゴは腕を締め上げてくる大蛇を見遣った。
その力は、常人なら、腕が千切れていたはずだ。
「もったいないけど…持って帰れないだろうし、燃えな」
ヒューゴがごく普通に告げるのと同時だった。
太い蛇の胴体が、一瞬で灰になる。
とたんに、炎の柱も消え、黒い焦げ跡だけが地面に残った。そして、店主の死体。
「これが、悪魔の魔法か…」
凄まじいな、とクレトは呟き、一度身震いする。
かなわないと知りながらも挑みたいという顔で子供のように目を輝かせた。一方で、騎士は言葉もない。
「固まってる場合じゃないぞ。従業員の中にも、卵を植え付けられてる連中がいた」
それらを気にとめる様子もなく、ヒューゴは真っ先に駆け出す。
金槌を手に、真っ先にクレトが後を追った。
「それも蛇か?」
「なんの、かまでは分からない」
遅れて、騎士が続く。
店主の死体は置き去りだが、今はそれに構っている暇はなかった。
別の場所で騒ぎが起こっている。
「悪魔の死体を発見することが、孵化の鍵だったのですか」
騎士の問いに、ヒューゴは頷いた。こともなげに。
つまりは、他にもいた、卵を胸に埋められていた従業員たちも、店主と同じ末路を辿ったということで。
だから今、急いでいるのだ。
「俺を責めるかな?」
問いかけに、ヒューゴは余裕で応じた。
騎士は首を振る。縦にとも、横にともつかない動き。
「…そのようなものを仕掛けた者こそが、悪魔でしょう」
「あはは!」
苦渋に満ちた騎士の言葉に、ヒューゴは明るく笑う。
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