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幕・170 これが欲

―――――いじめたくなる反応だ。 思うなり、おそらくヒューゴは悪い顔をしたのだろう。 「…な、んだ」 胡乱な声を上げたリヒトに、ヒューゴはにっこり。 リヒトの膝裏を掴んだ。 間髪入れず、その足をぐっと持ち上げる。 「え、―――――あ」 刹那、リヒトはバランスを崩した。ソファから落ちかける。 危うく踏みとどまったリヒトが少し身体を強張らせたとたん。 「ひ…っ、や、あぁ―――――!」 すでに自分が放ったもので濡れそぼっていたリヒトの陰茎を、ヒューゴはいっきに根元まで飲み込んだ。 それをさらにすすり上げるように、強く吸えば、 「くぅ…んっ」 何かを堪えるような表情をした直後、リヒトの全身が、びくびくと跳ねる。 あっさりと、ヒューゴの口の中に子種が放たれた。 つい、もっとと陰茎に舌を絡めれば、 「よ、せ…! い、イってる、まだ、イってるか、らぁっ」 泣きそうな声で舌足らずに言って、リヒトは頭を左右に振った。 もちろん、それでやめるわけがない。むしろもっとやるしかない。 ヒューゴにとって、こういう場合のリヒトの強い拒絶は、行為を続けてくれという熱烈な催促に感じる。 (かわいい。最高) その身を食いちぎりたい。なのに、ずっと見ていたい。悪魔の欲求は矛盾している上に、とめどもなかった。 なんにしろ―――――『欲しい』。ヒューゴの、リヒトに対する、これが欲だ。 あまりに生々しくて、想い、という言葉では、足りない。 だからこそ、牙を立てたい。穿ちたい。 思い知らせたい、この感情を。 だが。 食い込むことを牙は、望むのに―――――。 いつだって、こういう時にヒューゴが思い出すのは、赤子の頃、地獄へ放り出されたリヒトだ。 間一髪、ヒューゴは誰より先にその小さな身体を掌に受け止めたが、リヒトの神聖力は、その掌を焼いた。 焼かれた、のに。 ヒューゴはリヒトを振り捨てられなかった。今も。 こればかりはどれほど時間が経っても、褪せない記憶だ。 牙がリヒトの身体を引き裂きたいと思っても、その両手は慈しむように触れる。腕は、守ろうと動く。 どちらも本当で、だからこそ、どうしたら正解なのか、ヒューゴには見えない。 ヒューゴはリヒトに応じず、代わりとばかりに、 「ぁ、ひぃ…っ」 さらに強く吸い上げた。舌を絡みつかせる。 たちまち、足先までぴんと硬直させ、また、リヒトはぐうっと腰を突き上げた。 刹那、あえなく射精。まだ濃い。 精気にまじって放たれる神聖力もまた、濃密だ。 それを吸収しながら、果物の皮でも剥く気分で、リヒトの足からズボンを引き抜く。上を脱がすのは後だ。もっと骨抜きにしなければ。 リヒトの、きれいな足が露になる。 射精の時には強く閉じようとするリヒトの両足を、さらにぐうっと両足を開かせた。 内腿の感触を掌で堪能するように、じっくりと撫でさする。 快楽に、びくびくとさざ波のように震える肌が掌に心地いい。 片手でそうしながら、もう一方の手で、ヒューゴはリヒトの陰嚢を弄ぶ。 それぞれの動き一つで、リヒトの反応が変わった。身体の方は、されるがまま、むしろ、もっとと望むようなのに。 「そんな…っ、ふう、に、…するな…っ」 腕で目元を隠しながら、リヒトは憎まれ口をたたく。 リヒトの反応に、逆にこうされるのが好きなのだとヒューゴは察した。 ちらり、リヒトの顔を見上げれば。 いつも厳しく引き結ばれた口元が緩み、荒く息を刻んでいる。わずかに開いた唇から、ちらりと覗く口内は、赤い絹を張ったようだ。 思わずヒューゴは、今すぐそこへ自身を突き込みたくなった。 きっと、あの舌がたどたどしく動いて、懸命に奉仕してくれるだろう。 ヒューゴを口に含めば、たちまちリヒトの唾液がわくことはよく知っている。 食事は品よく乱れなく、丁寧にとるリヒトが、ヒューゴを口に含んだ時は、いくらかがっついた様子で、取り上げられるのを恐れる態度で、慌てたように唾液まみれで頬張るのだ。 その落差と拙さを、最中につい楽しんでしまうのは仕方がない。 こみあげる気持ちのまま、ヒューゴは思わず言っていた。 「毎日かわいいなあ、リヒトは。…なあ、もっと、かわいいところ見せて?」 ―――――かわいい。 ヒューゴは知らないが、リヒトに対し、他が言えば瞬殺される言葉だ。 なのにヒューゴが言えば、真逆になる。 悪い気がしない、どころか、リヒトはあっさり溺れた。 くすぐったそうな、気持ちよさそうな表情が、リヒトの整った顔に浮かぶ。 かわいい、とうわごとのように呟きながら。 ―――――いつだって、ヒューゴを拒絶しないリヒトの最奥の孔へ、切っ先をあてがった。 リヒトが息を呑む。 ごくり、喉が鳴った。 その表情が、待ちかねたように蕩けた、刹那。 「あ、ぁ――――――っ!」 ヒューゴは、容赦なく、最初の一突きでリヒトの腹の奥まで突き上げた。 びくっ、びくん、と今までになく激しくリヒトの身体が跳ねる。 きちんと服を着た上半身も、すべてを晒された下半身も。 陰茎は、腹まで反り返った状態のまま、先端から透明な液体をふり零している。射精はしていない。 リヒトは、中で、奥で、達したようだ。 ―――――いきなり突き込むような、乱暴なやり方をされたにもかかわらず、むしろ、いつも以上に感じているようでもあった。 …そういう、乱暴なやり方を、普段のヒューゴなら、絶対しない。 執拗に、時間をかけて、解して、宥めて、拡げる。 もういいとリヒトが懇願してもやめない。 むしろリヒトがもどかしさを募らせるほど、手を止めないのは当たり前だ。 粘膜が自ら解けてとろとろになってようやく、先へ進む。 しつこい、と最中に、リヒトが怒って拗ねるのも無理はなかった。 それが、今日は。 「…ふ、いつも、最初は、俺を押し出すみたいに締め付けて、くるけど…」 リヒトの中で彼自身も知らない粘膜が、ヒューゴに絡みついて、奥へ奥へと誘い込む動きになるのは、もう少し後だ。 「今日は、ほんっと…、狭い」 少しの間挿入していなかっただけで、こうなるとは。 その隘路を無理におし進んだイチモツを、小刻みに揺らせば、 「ぁ、ふぅ…っ」 前立腺すら超えた、もっと奥を、くぽ、くぽ、と先端でつつく感覚がすると同時に、腕の中の身体が、極まったようにまた震える。 裸の足先が、ソファの表面を蹴った。 かと思えば、つま先がぎゅっと丸くなる。 それを目の端に止めたヒューゴは、 「…痛っ」 背中に走った痛みに、眉をひそめた。とはいえ、最中のこの痛みになら、心当たりがある。 情事の後、ヒューゴの背中を見たリヒトが、顔を真っ赤にする、…アレだ。 極まったリヒトが、無意識にヒューゴの背中を引っ掻いている。 見えない背中ということもあって、ヒューゴはたいして気にもとめないが、リヒトはちゃんと治すようにいつも言う。 ヒューゴとしては、―――――傷跡が、残っている方が、楽しいのだが。

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