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幕・186 夢見の御使い
だが、―――――ヒューゴが奥へ届いたのは、その一度きりだ。
あとはただ、前立腺だけをつよくこね回してくる。同時に、
「乳首、硬くなってる」
「あ、あ…っ、摘まんで、引っ張る、な…!」
するな、と言うのは、気持ちがいいからだ。止めろと言いながら、いつも胸を突き出してしまう。知っているくせに、
「じゃ、乳輪ごと揉むから、怒らないで」
摘ままない、引っ張らない、代わりに、と。
わざとそう言って、ヒューゴの指先が、乳輪の輪郭を辿った。
ふっくりと盛り上がった根元の肉ごと、硬い芯を持った肉芽をやさしくこね回す。
たちまち、リヒトの身体が跳ねた。
咄嗟には、制止の声も出ないリヒトの耳元で、
「これ、今夜、ちゃんと口で食って舌でしゃぶるから、今は、指だけで我慢な」
ヒューゴは囁いた。
リヒトは観念した気分で目を閉じる。言われてますます自覚したからだ。
しばらく、そこを直に舐めてもらっていない。
「我慢、など」
指とは違う感触の、ヒューゴの熱い舌がその尖りを這う感覚を思い出し、ぞくぞくと背中が震える。
しっかり言葉を紡ごうとすればするほど、泣き声のようなものが混じった。
強く吸われたりすれば、もうだめだ。
ぎゅうと中のものを締め上げるリヒトの粘膜、その力の強さが、無防備にいじめられている乳首が感じているのだとヒューゴに教えてしまう。
「俺が早く吸いたいの。いい?」
「いつも、馳走して、やってる…っだ、ろう」
いちいち確認を取る必要はない、とリヒトが素っ気なく言えば、
「リヒトのおねだりがあれば、もっと美味しくなるからさ」
少し拗ねた態度で、ヒューゴはそんなことを言う。
これこそ真のおねだりだ。リヒト程度では太刀打ちできない。せめてもの抵抗に、リヒトは吐き捨てた。
「悪趣、味、な…っ」
そんな会話を交わしながらも、リヒトとヒューゴの息が、自然と切羽詰まってくる。
だが、リヒトはイきたくない。
イけば、ヒューゴは、口ではなんといおうと、抜いてしまうだろう。
イきたい。
イきたくない。
ぎりぎりの欲望が、リヒトの中で複雑にせめぎ合った、刹那。
「あ」
ヒューゴが動きを止める。天井を見上げた。次いで、舌打ち。
「嘘だろ、無理やりかよ、くそ、間に合わねえ」
時に、ヒューゴの口から飛び出す荒っぽい口調。こちらの方が、どちらかと言えば、ヒューゴの素だろう。
甘えられるのも好きだが、この調子で強引に組み敷かれるのも、リヒトを昂らせる。
力づくで無理やり暴いてほしい、そんな、ろくでもない欲求が沸き起こった。
だが。
…今はいったい、何が起きているのだろう?
「ヒュー…ゴ? 一体、なにが」
ヒューゴが、椅子の背にかけていた旅装の外套を手繰り寄せた。それでもって、
「悪いな、ちょっと隠れてろ」
つながった二人の下半身もろともに、リヒトを頭から隠した、その時。
「…―――――前触れもなく申し訳ありません、…が、急ぎますの、で」
遠慮した様子もなく、悪びれもせず室内に突如、現れた気配がある。
顔を隠されているため、リヒトからは見えなかったが。
「あぁ?」
ヒューゴが、ひどく物騒な声を放った。
同時に、生真面目そうな声が、無粋な質問を紡ぐ。
「…なにを、して」
「見りゃ分かるだろ。―――――食事」
ヒューゴの声が、くっついている身体を通して、リヒトの身体に直接響く。
刺激に、声を放ちそうになったリヒトの口は、ヒューゴの片手で強引に覆われた。
「ま、さか。相手、は」
「終わるまで向こう向いてろ、御使い」
ヒューゴが吐き捨てるのに、リヒトは朦朧としながら、思い出す。
そうだ、この声は、御使いのものだ。
皇宮で、聖女と共に謁見した、あの。
確か、白金の髪に、翠玉の瞳をしていた。聖女と共に、死の篭に捕らわれた御使いだ。
本気で始末するつもりだったリヒトを前に、錯乱することもなかった姿には、どうでもいいと思う反面、肝が据わっているとわずかな感心もあった。
「ただし、リヒトの声を聞いたら殺すし、顔を見ても殺す。ああ、楽に死ねると思うなよ」
不意に、ヒューゴの声が、芯まで冷静になった。
恫喝に似たヒューゴの声に、しかし、リヒトは胸がふわふわと疼く心地になる。
まるでこれは、独占欲だ。
外野の眼があるというのに、どうでもよくなる。
むしろ、リヒトはつながっているのを見せつけたい心地になった。
これは自分のモノだと、世界中に宣言したい。
「は、破廉恥な…っ」
声の響き方からして、相手は向こうを向いたようだ。その反応に、
「ぶはっ」
何がおかしかったか、ヒューゴが噴き出した。
「面白い言い方だな。なんにしたって、結界破って入ってくるてめぇが悪い」
その通りだ。悪いのは、御使いだ。正論、とリヒトは思ったが、
「だがまさかこんなことをしているとは思わないだろう!」
落ち着いているかと思った御使いが、わっと声を上げた。
「神の末裔と悪魔だぞ! つながれば死ぬぞ? なぜ生きている? 訳が分からん!」
逆ギレした御使いの言葉も正論である。
誰も、神の末裔と悪魔が、肉体関係を持つとは思うまい。なにせ、指摘通り、真っ当であったなら、こんなことはしない。
本来であれば、間違いなく、とっくの昔に互いに死んでいた。
対するヒューゴは、いまさらという気持ちがあるのだろう。
御使いの言葉には反応もなく、うるさがる気持ちを隠しもせずに、言った。
「終わるまで待てないってんなら、さっさと言って帰れ」
野良犬でも追い払うような口調だ。
「待ってるってんなら、このままリヒトと続きを、―――――…っく」
放置されていたリヒトの身体が、無意識に悶えた。
拍子に、腹の中におさまったヒューゴを締め上げてしまう。
「は…っ、食いちぎるつもりか?」
ヒューゴの優しい語調に、滴るような色香が宿る。
状況にたまりかねたか、
「~~~~っ、楽園は関与していない!」
御使いが大きな声で告げた。
「はあ? 何の話だ」
視線が向けられることすら避ける勢いで、御使いは続ける。
「地獄から悪魔が攫われている件の調査結果だ! サイファに調べろと言ったのは、君だろうっ?」
「あ~…」
ヒューゴが間の抜けた声を上げる。これは、忘れていたのだろう。
とはいえ、完全に抜けていたというより、状況が状況だ、そのことを考えていなかったという方が正しい。単純に間が悪かった。
ふ、とリヒトの背後で、ヒューゴは笑う。
「…そりゃどーも。で?」
がらり、語調が変わり、なにやら続きを促す口調になる。
御使いに対して、ほかに何か聞きたいことでもあるのかと思ったが、
(…いや、違うな)
リヒトは努力して意識を飛ばさないよう、耳を澄ませた。
こんな形で、無礼を承知の方法で、御使いは訪問したのだ。
単なる報告だけが、彼の目的ではないだろう。
「…なん、だ。わたくしの用事はもう済んで、」
動揺しながらも、胡乱な声を上げた御使いに、
「そんなの伝えるためだけに、わざわざ結界壊してまで来るかよ、御使いが」
ヒューゴは斬り付けるような冷めきった声を上げた。
その通り。
現れ方からして、伝えたかったことが、悪魔が攫われている件だけとは思えない。
それだけを、焦って伝える必要があるだろうか。
何かほかにあるはずだ。彼の目的が。
「しかも…なんだ? この気配。前は気付かなかったけどよ…―――――お前、夢見か」
ヒューゴの抑えた声に、御使いは沈黙。その沈黙が、やたら重い。
それ以上言うな、と言いたげな恫喝も感じた。
「そうか、だから楽園の連中が格下に見てる人間とのやり取りを任されてるんだな」
不意に、ヒューゴが明るい声を上げる。納得したと言いたげに。そのくせ。
どこか、相手を追い詰めるような底意地の悪さもにじませて続ける。
「かと言って、楽園も、その力を捨てるには惜しいと思」
「わたくしは御使いだ」
ヒューゴの言葉を叩き切るような、強い声で御使いは告げる。
「にもかかわらず、『こう』であるのは、それこそ神の御心だろう」
「は」
ヒューゴは鼻で笑った。
「御使いらしいこった」
「君はとても、悪魔らしい」
切り口上で言った御使いが、動く気配。
「では、―――――…失礼、致しました」
最後の言葉は、リヒトへ向けてのものだろう。
ふっと御使いの気配が消える。
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