見下ろすレオンの青灰の瞳が、物騒に細められる。 これは、寸でのところで刃を受け止められたことに対する非難ではない。 楽しませてくれるものだ、という、戦闘狂の目だ。 力勝負でもするように、ぐ、とレオンの腕に力が入ったのが、その証拠。 ガードナー家の気質は、良くも悪くも、騎士である。 騎士は、主人の命令には絶対服従するものだ。 三年前の戦いで、レオン・ガードナーは、リヒトを完全に主君と認めた。 むろん、盲目的には従わない。 完全に間違った命令には、異を唱えるだろう。 そしてレオンの目は、北部の利を鋭く見極めるはず。要するに。 主君の命令、そして、北部の利。 大きな視野で眺めた結果が、今のレオンの行動だ。 彼は一瞬の判断で、従兄弟を切り捨てたわけだ。 確かに、ルークのアカデミー時代の付き合いは、放っておけば、北部に面倒事をもたらす可能性が高い。それでも。 （肉親だろうが…！） ヒューゴは内心で歯噛みした。 ガードナー家の人間を、同じ家門の人間に始末させたとなれば、遺恨が残る。 殺した側も、殺された側も、殺せと命じた側も。 皇家とガードナー家にわだかまりは残したくない。 しかもこんなくだらないことで。 そもそもの、問題となる、ルーク・ガードナーへの評価だが。 見方を変えれば、あれほどプライドが高く扱い辛い貴族派の子息たちと、深い交流を続けられるのも、ある意味すごい才能と言えた。 普通の精神なら、あまりに偏りが強い彼らの言動についていくことができず、途中で心折れるか、切り捨てられる。 付き合い続けるなど、実直すぎるレオンには難しい。 どころか、レオンなら最初から彼らとかかわろうとすらしないだろう。 だがルークにはそれができるのだ。 要するに、それなりに危険な綱渡りをやり遂げてきたということで。 たいした才能である。 （レオンが当主でルークが外交の補佐してくれたら完璧って気がするんだけど） 難しいだろうか。 寸前まで、レオンの力に反発し、頭を上げようとしていたルークは、重なる刃の下で、血の気を失い、 「に、兄さん、あんた…っ」 這いつくばって、結局言葉を失った。 声高に非難する様子もないことから、レオンが本気で動いたことは理解したようだ。 そう、たった今ルークは死にかけたのだ。 身近にいた相手が、本当の化け物だったと、初めて気づいたという表情で、ルークは息を殺して押し黙った。 下手なことを言えば、一瞬で命が消える事実に早めに気づいてもらえたようだ。 なによりである。 おそらくルークはレオンの事も舐めてかかっていたに違いない。 戦いしか能のない、政治の実務面では物の役に立たない男だと。 レオンには、アカデミーで学んだ経験もないから、そう思われるのも仕方がない話かもしれないが。 レオン・ガードナーは剣の資質も政治の資質も、並外れている。 ただ、性格が実直すぎる、それだけだ。 ルークの認識が今後どう変わるかわからない。 だから、彼の処断はそれ以降にしたって遅くはないはずだ。 向きと力を変えて、微妙に圧力をかけてくるレオンの刃を跳ね上げる危険も冒せず―――――周囲の人間が危険だからだ―――――ヒューゴはリヒトを見やった。 目を合わせ、一言。 「陛下、…お戯れはおやめください」 戯れどころか、本気なのはわかっている。 だがこの、静まり返った場をどうにかせねばならなかった。 ヒューゴとしては、そんな決まり文句を口にするしかない。できるだけ、理知的に。 リヒトの表情は変わらなかった。 だが、不機嫌なのは、付き合いの長いヒューゴにはわかる。 （お願い我慢して） 心の中で祈るように考えたのは、どれほどの間だったろう。 「陛下、このくらいでよろしいかと」 不意に、沈着な声が静けさに割入った。ジョシュアだ。 冷静に、口を挟む間も与えず立て続けに告げる。 「ルーク殿も反省なさったでしょう。ご協力ありがとうございます、レオン卿」 ヒューゴはジョシュアを一瞥。 彼はこの状況があらかじめ打合せしてた通りの状況、という顔で座っているが。 ―――――そんなわけがない。 （リヒトの命令に一番びっくりしてるだろうに…さすが） 普通の顔をして、場の空気を変えてくれた。 彼の一言で、恐怖に凍り付いていた雰囲気が、少々きわどい教育、という場面にかろうじで変化した。 察したレオンが、表情も変えないまま、剣を引く。 リュクスがジョシュアに時に鬼のような仕事量を任せる時があるが、気持ちはわかる気がした。 一言で、頼りになるのだ。特に緊急時。 ヒューゴも剣を引いた。 そのまま、すっとガードナーの二人から距離を置く。 最短距離でここまですっ飛んだ割には、料理を散らかした様子もなく、ほっとしながらリヒトの元へ。 ルークは、さすがに、皇帝を面と向かって罵倒するつもりはないようだ。 そこまでの度胸はないというより、その程度の計算はできるのだろう。 となれば、逆に。 このまま膠着状態にしていると、リヒトはルークを近くに置こうとするかもしれない。うっかり失言するのを待つために。 リヒトが何かを言い出す前に、ジョシュアは辺境伯を見上げた。 「それで、辺境伯。…いかがでしょう？」 「致し方ありませんな」 「当主さま！」 よろよろと頭を上げたルークが声を上げる。 それを、辺境伯はじろりと一睨みで黙らせた。 このような公の場で、当主の命令に、即座に異を唱える姿勢をとるのは、利口ではない。 長の意見は、一番に尊重すべきだ。黙って頭を下げるべきだった。 だがさすがに、祖父の視線は怖いらしい。ルークがようやく口を閉ざした。 「陛下」 ルークがそれ以上何かをする前に、辺境伯が静かにその場で跪く。 それはそれとして、と穏やかに言葉を続けた。 「孫の無礼、この爺の皴首一つで許していただけますかな」 辺境伯の言葉に、ルークが息を呑んだ。 ようやく、自身の間抜けさに気づいたらしい。 彼のとった行動は、大事なのだ。その責任は、最終的には長たる存在が取ることになる。 辺境伯のことだ、今の成り行きは事前に予測できたはず。 それをしなかった、ということは。 （まったく、このおじいちゃんときたら） ヒューゴと同じことを察しただろうリヒトが、淡々と黄金の目を辺境伯へ向けた。 「…そなたそうまでして、刃で死にたいのか」 心の底から残念そうに、辺境伯は答える。 「叶うならば、戦場で果てたいものです」 ―――――ガードナー家は、筋金入りの騎士だ。行動すべてに、命を懸けている。 そんな生粋のガードナーである辺境伯は、おとなしくベッドで死ぬのは嫌だと言っているわけだ。