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第1話
「シロ~!起きて!もう…」
今日はオーディションのある日。受付が9:00から始まるんだ。
桜二はやけに焦った様子でオレを揺すってる。もう…彼はこう見えてカマチョなんだ。
「桜二…大丈夫だよ?オレはね、やるときはやる男だよ?」
クスクスそう言って桜二の腕を掴むと、ベッドに連れ込もうと引っ張った。しかし、彼は強く踏ん張ってオレに言った。
「シロ?今8:45だよ?何回も起こしたのに…」
お!
オレはむくりと起き上がると、困った顔でオレを見下ろす桜二を見上げて言った。
「嘘はいかんよ?」
「なぁんで…そんな嘘を吐くと思うんだよ…全く!」
桜二はオレの体を持ち上げると、パジャマを脱がせてパンツいっちょにした。寒くて内股になると、ちょっとだけ口元を緩めて笑う彼に気付いた。
「昨日楓と飲んだくれちゃった…だからどうやって帰って来たのか覚えてない。」
「俺が迎えに行ったんだよ…支配人さんから電話が来て…」
オレにズボンを履かせて、Tシャツを着せると、洗面に連れて行く。彼の顔が慌てていて、困った眉毛が可愛くて、オレは彼にしがみ付いて聞いた。
「桜二?急いでるの?」
「ふふ…実はそうなんだ…はい。シロ、顔を洗って、髪を綺麗にしようね…?」
オレは言われた通りに顔を洗って、髪をビシャビシャに濡らした。桜二がため息をつきながらオレの髪を乾かしてくれる。だから、オレは桜二の顎を撫でて、大人しく乾かしてもらう。
「頭が痛いんだ…昨日、飲みすぎちゃった…」
そう言って桜二の肩に顔を埋めると、彼はオレを持ち上げてソファに連れて行く。
慌ただしく動き回る桜二をソファの上から見つめる。仕事に行っていないせいか…彼の髪型はラフすぎる。オレは前みたいに…後ろに緩く流してるのが好きだよ?今は売れない作曲家みたいにだらりと垂れさがってるんだもん…。締まらないよ。
車のカギを手に取って、リュックと、靴下をオレに手渡した。
「オレ、この靴下、嫌だ!」
そう言って彼の頭にぶつけた。乱れた髪が、指揮者にも見える。くふふ…
「シロ…次やったら、怒るからね…」
静かにそう怒ると、オレの投げ飛ばした靴下を拾いに行った。おっかしい。
抱っこしてもらいながら駐車場まで行くと、車に乗って会場へ向かう。
時刻は9:00
朝の通勤ラッシュの時間帯だとしても、今日の渋滞は進みがすこぶる悪かった。
「なぁんで…幹線道路の工事をこの時間にするんだよ…!」
渋滞が進まなくて桜二がそう言ってイライラしてる。オレは彼のイライラを沈めようと、面白い顔をしてあげる。でも、チラッと見るだけで…全然笑わないんだもん。
嫌になるよ?
「桜二…お腹空いた…」
昨日のお酒が残ってるのか…お腹が空いてやたらとチャーシューが食べたくなる。
眉間にしわを寄せた桜二の肩をチョンチョンとして、話しかける。
「桜二?オレ、チャーシューが食べたくなっちゃった…」
「シロ?ちょっと黙ってて?」
「なぁんでそんなに怒ってるの?受け付けは9:00からだけど、沢山人がいるんだ。なんだかんだ10:00過ぎまで受付してるよ?桜二は柔軟性が無いんだよ?ふふ…」
ピリピリする桜二にそう言って彼の肩を撫でてあげる。だけど、桜二はクラクションまで鳴らして、イライラを強めていく。
きっと髪型が気に入ってないんだ。ふふ…
「着いた!急いで!」
「ん、桜二…チュッてしてよぉ…」
何とか会場の近くに到着して、車を降りた。
「シロ!走って!」
「ん、もう!今、走ろうと思ってたの!」
車の窓から顔を出して桜二がオレを急かすから、オレは言われた通りに急いで会場の受付へと走って向かった。
「へへ、ほらぁ、まだやってるじゃん。」
受付には、まだまだ人が並んでいる。
…桜二はせっかちなんだ。
オレは最後尾に並ぶとリュックから必要書類を出して、手に持った。
受付を済ませて番号を受け取る。256番…
これは…時間がかかりそうだね…オレの前に256人いるって事だもん。トホホ…
オーディション会場は大きめのスタジオ。なん部屋か解放して控室にしているみたいだ。オレはその中の一室に入ると、辺りを見回した。
オレよりも若い高校生くらいの子から…随分年配の人まで…年齢にバラつきがある。確かに、募集要項には年齢の事なんて書いていなかったもんね…
プロのダンサーはすぐに分かる。
落ち着いてるし、大概が知り合いと話しているからね…。
嫌でも聞こえて来る話の内容で、分かるんだ。
「君、プロ?」
隣に座った男性がオレの顔を覗き込んでそう尋ねて来た。オレは驚いて相手を見ると、首を振って答えた。
「ん?オレ?違いますよ?」
見た目は若い。やたら周りを気にしてコソコソと話すこの人は…一体誰なんだろう…その人はオレの顔を見ると矢継ぎ早に質問をぶつけて来る。
「君、年はいくつ?」
「えっと…21歳です…」
「若いな…俺なんて…32だ。」
微妙…正直、微妙だよ…
“橋本さん”という名前のこの人は、オーディションの常連の様だ。ダンスのオーディションには必ず応募して、落ち続けているらしい…凄いガッツと凄いメンタルだ。現場のスタッフの動きを把握していて、動線まで熟知している。いっそ運営のアルバイトをした方が活躍できるんじゃないかとさえ思えてしまう。
「ね、シロ君。あの子…見える?」
橋本さんの指さす方向を見ると、黒髪の長身の男性が見えた。橋本さんはひそひそ声でオレの耳に話しかける。
「今回の有力候補だよ?だって、あの○○スタジオの生徒だもん。」
その人の通っているダンススタジオで実力を予測しているの?この情報量と、知識は…まるで競馬の予想屋みたいだ…橋本さんはこんな所で燻っていないで自分の特技を生かした仕事をした方が良いと、割と本気でそう思った。
「シロ君はどこのスタジオから来たの?」
キラキラした瞳をオレに向けて橋本さんが新しい情報を欲しがっている…
「オレは新宿の○○スタジオで陽介先生ってダンサーの先生に個人レッスンして貰いましたよ。」
「えーーーーっ!?」
突然の橋本さんの大声に控室の中が静まって、目の前で叫ばれたオレは、目を丸くしたまま固まって動けなくなる。橋本さんはそんな事も意に介さず、身を屈めると、口元を手で押さえてひそひそ声で話した。
「陽介さんて、元々すごいダンサーだったんだよ。でも、怪我で思う様に踊れなくなっちゃったんだ。へぇ…あの人、今そんな事してるんだぁ…」
オレは聞いちゃいけない陽介先生の過去を聞いてしまった気がして、返答に言葉を詰まらせた。
…怪我…
だから陽介先生はオレが焦って沢山詰め込もうとするのを止めたんだ…怪我なんてしたら…元も子もないって…止めたんだ。
飛び切り明るい陽気な彼が…そんな辛い経験をしていたなんて、知らなかったよ。
「オレ…向こうでストレッチしてきますね。」
オレは早々に橋本さんから離れた。
得るものも多いが失う物も多い…そんな人だ。
ペタンと床に座って開脚すると、まだ少し残る二日酔いの頭痛と共にゆっくりと体を伸ばしていく。
「君、髪の毛の色、綺麗だね?それは何色なの?」
「これ?ピンクだよ。」
橋本さんの要チェックした“黒髪の彼”がオレの目の前でしゃがみこんで話しかけて来る。
「へぇ…ねぇ、君はこのオーディションにどうして応募したの?」
蒲田尚(かまた なお)くん…23歳。有名なダンススタジオから来た彼は、オレのオーディションへの動悸が気になるらしい…食い扶持を探す為…なんて言えないね。
「尚君は?どうして受けたの?」
自分の回答を濁して、目の前のキラキラした瞳の彼に伺った。
「有名なダンサーの先生が指導に来るらしいんだ…僕はその人の演出も踊りも好きなんだ。だから会えるって聞いてすぐに応募したんだよ。」
へぇ…そんな具体的な目的があるんだね…オレとは全然違う。
手を伸ばして脇の下を伸ばしながらぼんやりと考える。こんな人たちの中で…オレはキラリと輝けるのか…?ふふ…
大人数で審査をしているのか…思ったよりも回転が速く、控室の人がどんどん捌けていく。橋本さんもいつの間にか居なくなっていた…
…思ってたんと違うな。こんな軽い感じなんだ。少し、肩透かしを食った気分だ。
暫くすると、256番、オレの番号が呼ばれた。
トボトボと控室から出ると、奥のスタジオに入って行く。
長いテーブルがぽつんと置かれたその部屋には、審査員が3人座っていて、オレの他に4人一緒に審査を受けるみたいだ。その内の1人に、さっき話した尚君もいた。要チェックの彼の実力が見られる。ある意味ラッキーだ…
入り口の近くに置かれた椅子に腰かけてぼんやりと状況を眺める。
番号順に呼ばれて…審査員に名前を言って、聞かれた事に答える…その後はリクエストに応えて体を動かして終わり…
なんだ、今日は踊らないのか…がっかりだよ。
尚君の順番が来て彼は綺麗な姿勢で審査員の前に立った。
「蒲田尚、23歳です。よろしくお願いします。」
楓と同い年に見えないな。尚君はもっと幼く見えるよ…
審査員が尚君にアラベスクからピルエットを2回転する様にリクエストした。どんなに綺麗に見せてくれるのか、オレは尚君に注目した。
しかし、彼は意外にもグラグラと体を揺らしてアラベスクと失敗した。
何て事だ…緊張したのかな…
毎日、大勢の人の前で服を脱いでるオレは、ある意味、場数を踏んでる事になるのかな…全然、緊張なんてしないよ。
とうとう最後のオレの番号が呼ばれた。
審査員の前に行って、名前と年齢を言う。
「えっと、シロ君。髪の毛すごい色だね?それは…ピンク?」
「はい…ピンクです。」
「何のお仕事してるの?」
「歌舞伎町でストリッパーをしてます。」
目の前の審査員も、後ろに座る他の参加者もざわついたけど、オレはこの仕事に誇りを持ってる。だから色眼鏡で見られても気にしない。
誰よりも綺麗な姿勢でブレずに立つ姿を見れば、考えも改まるだろ?フン!
「ふふ…今回の募集してるダンスは…そういうのじゃないけど、大丈夫かな?」
「はい。そのつもりで応募していますから…」
全く…。ストリッパーだと言えば馬鹿にして、社長と言えばひれ伏す。下らなくて自分の無い価値観だね…
オレは審査員をジト目で見ながら次の質問を待った。
「じゃあ、さっきと同じように、アラベスクから…ピルエット2回転してみようか?出来るかな?ふふ…」
言ってろよ…ばかやろ。
「フェッテターンでも良いですか?」
アラベスクから足を下ろすのが嫌だ、その流れでフェッテターンした方がもっと綺麗に見えるんだ。
審査員の返事も聞かないで、オレは手足を伸ばしてアラベスクをした。
二日酔いの頭痛も消えたオレの頭はクリアだし、体にブレもない。そのまま体を戻すと、膝を曲げて足を伸ばしフェッテターンを2回転まわってポーズを取った。
一気に空気が変わって、オレを見る審査員の目の色が変わった。
「凄く綺麗なフォームだね。バレエ経験者なのかな?」
「いいえ、教えて貰いました。」
審査員の女性が隣の男性に耳打ちすると、男性がオレを見つめて言った。
「他に何かできる?」
「女性のですけど…エスメラルダのバリエーションを教えて貰いました。」
オレがそう言うと、女性の審査員が食い気味に言った。
「見たい。今、見せて貰える?」
こんな瞬間に、こんな特技が役に立つとは思わなかったよ?
丁度オレは拍子抜けしていた所なんだ。ダンスのオーディションなのに、一回も踊らないで終わるなんて、おかしいもんね…
靴と靴下を脱いでスタジオの隅に置くと、用意されたタンバリンを持って審査員の方を向いてスタンバイする。
この踊りはノートルダムの鐘のジプシー、エスメラルダの踊りだ。幼い頃に母親と生き別れ、ジプシーとして育った彼女は、どうでも良い男にちやほやされて、好きになった男には婚約者がいて結ばれる事は無いんだ。そして、最後には処刑されてしまう…そんなひどい境遇の女の踊りだ。
はは…まるで湊みたいだね…
悲しくて激情を秘めたエスメラルダのバリエーション。オレはこの踊りが大好きで夢中になって教えて貰ったんだ…
「じゃあ、お願いします。」
音楽が流れると体が自然に動き始める。美しく、しなやかだけど強くて激しい…そんな緩急を付けながら型通りのバレエを踊る。手に持ったタンバリンを音楽に合わせてつま先で叩く。ブレずにターンをして止まる。頭の上に持ったタンバリンをつま先で叩いて、膝をついてポーズをとって終わり…
悲恋、悲哀、哀しくて力強い。そんな踊り。
踊り終わって立ち上がると、審査員が呆気にとられた顔をして固まっている…
「…あの…」
オレがそう言うと、ハッと我に返ったように笑顔になって拍手をくれた。
「ビックリしちゃった。とても綺麗で力強かった…圧倒されたわ!ありがとう!」
女性の審査員にめちゃくちゃ褒められて鼻の下が伸びる。
良かった…
エスメラルダに感謝だな…
安堵するオレを見つめて、女性の審査員が言った。
「踊りを見て思い出したけど、あなたYouTubeで話題になったストリッパーの子よね?なるほど…確かに、凄いわ。今度あなたのポールダンスも見せて欲しいわ。」
そうか…新大久保でのSM対決がこんな所まで影響するのか…舐めていた。舐めていたけど、今回はおかげで箔が付いたかもしれない。
「じゃあ…結果は後日の連絡を待ってください。今日はこれで解散です。」
呆気なく…オレの人生初のオーディションは終わった…
「依冬~?終わったぁ~。なんか呆気なかったぁ…」
会場を後にし、フラフラと歩きながら依冬に電話をすると、電話口の彼は物足りなさそうに話すオレにクスクス笑って、待ち合わせの提案をしてきた。
やった!久しぶりに依冬とお茶だ!
「シロ~!」
お洒落なカフェの前で素敵な若社長を発見してオレはスキップで向かった。
「依冬!」
彼の体に抱きついてスリスリと頬ずりすると、チュッとキスをして首を傾げる。依冬はにっこり微笑むと同じように首を傾げて見せる。
うはっ!可愛んだ。
「頑張ったシロに、チョコパフェを奢ってあげる。」
依冬がそう言って、女子高生が埋め尽くすお洒落なカフェにオレを連れて入る。
ピンクの髪のせいか、オレは違和感なく溶け込めるけど、高そうなスーツを着た依冬には不釣り合いな場所だ。彼は持ち前の鈍感力を発揮して、そんな事を意に介す事もなくフルーツパフェとチョコレートパフェを注文した。
「依冬?オーディションなんてもっと厳しい雰囲気かと思ったら、意外と雑然としていてつまらなかったよ?所属スタジオで実力を測るオーディションの常連が居てね、オレに話しかけて来たんだ。世の中には凄い人がいるね?」
そう言いながらピンクのナプキンを手に取ってまじまじと眺めている依冬に、ハートのコースターを見せて笑う。
「ふふ…可愛いね…」
今更、自分が場違いな所に来たと気付いた様子で、周りの女子高生に圧倒され始める依冬。
可愛いだろ…?本当、可愛いんだ。
目の前にハートの形をしたウエハースが乗ったチョコパフェとフルーツパフェが出されると、いよいよ不思議な光景になる。
「依冬にあげる~?オレのハートだよ?」
オレはそう言ってふざけると、依冬の口にウエハースを運んだ。
あ~ん、と食べるその顔が…可愛い!
女子高生にチラチラ見られながら、オレは依冬のフルーツパフェの桃をあ~んしてもらう。冷たくて、甘くて、美味しい!
「桜二が朝すごかったんだよ?怒ってクラクションなんてならしちゃってさ…あはは!」
「シロが寝坊したって、言ってたよ…?ダメだよ。朝はちゃんと起きてあげなよ。」
…依冬が桜二の肩を持つようになった。
徒党を組んでオレを攻め落とす気だな!
オレはチョコパフェを食べながらのらりくらりとはぐらかして言った。
「ちゃんと起きたよ?ちょっと遊んで遅れちゃっただけだもん。」
ふふッと顔をほころばせて笑う依冬を見ながら、甘くて冷たいチョコパフェを食べる。なんて優雅な時間なんだ…
「このお店は女の子が沢山居るね?あちこちピンクだし…ハートに、キラキラした星が沢山付いてて、俺が浮いて見えるね?」
今更な事を言う依冬に良い事を教えてあげる。
「依冬?依冬がこの場で浮いてるなんて思うのは間違いだよ?ピッタリマッチするものは収まりは良いけど、つまらないんだ。物事はね、アンバランスな方が魅力的なんだよ?不完全な美しさだ。そこに奥行きを感じ取れる審美眼が備わると、完璧な物ほどつまらなく映るものだよ?」
得意げになってそう言うと、依冬はクスクスと笑いながら言った。
「それは誰の受け売りなの?」
「画家の先生だよ?オレはね、変わり者には好かれるんだ。」
そんな下らない会話をしてパフェを食べ終わると、依冬の車で桜二の部屋まで送ってもらう。
「シロ?今度バレエを観に行こうよ。何か見たいものはある?」
「ほんと?」
運転席の依冬の言葉に身を乗り出して大喜びをする。
本物の舞台なんて…見た事が無いよ?それはきっと美しいんだろうな…
「ん、とね…オレは、白鳥も見たいし…眠れる森の美女も見たいし…ジゼルも見たいし…ドン・キホーテも見て見たい…」
両手を合わせてうっとりしながらそう言うと、依冬が笑って言った。
「シロは本当に踊りが好きなんだね…?そんなに知ってるなんて知らなかったよ。」
そう…バレリーナのストイックな魅力に嵌ると、自然と情報が増えるんだ。KPOPアイドルだってそうだ。好きなものには詳しくなっていく。それは自然な事だ。
依冬の事も大好き。だから彼の事も自然と詳しくなっていく。飽食の食いしん坊で、デリカシーが無い。桃に異常な興味があって、優しくて強い。ムキになると口が尖って、怒ってもすぐに許してくれる。体幹が強くて、セックスが野獣の様…そして、仕事が好きなお金持ちだ。
「依冬はお金持ちだから、オレの家を買ってよ?」
唐突にオレがそう言うと、依冬は吹き出して笑って言った。
「結婚してくれるなら買ってあげるよ。」
なんだと?
条件を付けるなんて…けち臭いな。彼の情報に新しいデータが蓄積され更新される。こうして彼を集めていく。ふふ…
桜二のマンションの前で車を停めてもらいお礼を言って降りる。
「シロ、またね?」
そう言って手を振る依冬…彼は、普通の20歳では買えない車に乗って走り去って行った…
拍子抜けのオーディションを終えて、桜二の待つ部屋に帰る。
日が傾いた9月…少しだけ風が冷たくて、肌寒い。
「ただいま~。」
玄関に入った瞬間、良い匂いに包まれる。オレはすぐにそれが何か分かった。鼻をクンクンさせながらリビングに向かうと、桜二がキッチンで料理をする後姿を見つける。オレはすかさず後ろから抱きついて彼にベタベタと甘える。
「すき焼きだ~!ね?そうでしょ?すき焼きでしょ?んふふ!」
エプロン姿の桜二の背中に顔を擦り付けて、彼のおっぱいを揉む。
無いのなんて知ってるよ?でも、自然とそうしちゃうんだ。男性ホルモンがそうさせるんだ。桜二は嫌がりもしないでクスクス笑って揉ませるから、オレは段々と興奮して来ちゃうんだ…
そのまま腰をゆるゆると動かすと、とうとう注意された。後ろを振り返ってオレを見下ろすと、両手で頬を包んで言い聞かせるように言った。
「シロ?お帰り。お前はね、こんなに可愛いんだから…そんな下品な事はしちゃダメだよ?」
いつも下品な事をしている桜二はそう言うと、オレの唇にチュッとキスをした。
「今日、仕事があるからちょっとしか食べれない~。」
オレはそう言って桜二に抱きつくともっとキスをせがむ。背伸びをして彼の体に寄り掛かると桜二は少し笑ってオレを抱きしめる。そして、そのままチュッチュッチュと何回もキスをくれる。それは甘くて、可愛い、じゃれるようなキスだ。
「オーディションを頑張ったからね。良いお肉を奮発して買ったんだよ。」
そう言ってオレをダイニングテーブルに運ぶと、椅子に腰かけさせて、目の前のすき焼きの鍋でお肉を焼き始めた。
「桜二?桜二はオレの奥さんみたいだね?オレに挿れて欲しくなる?」
「あはは…何ですぐそうなるんだよ。」
だって、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる彼の女子力が高くて、ついその様子に興奮してしまうんだもん。今だって、目の前でお肉を焼いてる彼の胸元に目が行って仕方がないよ?桜二はオレの視線に気づくとにっこりと笑って言った。
「何年後かに、俺たちに倦怠期が来たら考えてみるよ…」
…倦怠期ねぇ…
お鍋の中に割り下が入って、お肉の焼ける良い匂いと混ざりあう。
最高だ…
手元の器に卵を入れて溶かすと、桜二がお肉を入れてくれる。
ほらね…女子力が異常に高いんだ。こんな事されたら…襲いたくなっちゃうよ?
オレの中の桜二の情報が更新され過ぎて追いつかない。飄々とした気の抜けない男。そこから彼はカマチョのクズになって…オレの兄ちゃんになった。今では時々兄ちゃん…時々奥さんだ。冷たい視線の冷たい男。だけど、オレにだけ優しくて、オレにだけ甘い。そんな、まるで兄ちゃんの様な愛をくれる。
小食で、多分…しいたけが嫌い。ジャックダニエルをロックで飲んで、ワインも好き。大きな声なんてめったに出さない。怒ると黙って眉間にしわが寄る。そして悪い事を沢山してきた、悪い男。
「お肉、美味しい~!もっと入れてぇ~?」
ホクホクして桜二の顔を見上げると、彼はにっこりと微笑んでオレの頭を撫でた。
いちいち甘くて…いちいち官能的な彼。
オレはそんな彼が大好きだ。
「桜二?今日ね、オーディションのプロに出会って陽介先生の過去を知った。彼はとても素晴らしいダンサーだったけど、怪我で思う様に踊れなくなっちゃったみたいだ。可哀そうだね?」
オレがそう言って首を傾げると、桜二も一緒に首を傾げて言った。
「そうなの…興味無いな。」
その他にも桜二が興味の無い話を続けた。例えば、スタジオでランク付けをする事や、スタジオ同士の見えない派閥が存在する事。オーディションで練習したダンスじゃなくて、趣味で覚えたバレエを踊った事…などなどだ。
「シロ、そのバレエの踊り見てみたいな…きっと、美しいんだろうね?」
桜二はそれには興味を持ったみたいだ。
卵を溶きながらオレにそう言って微笑むから、オレは席を立って少しだけ踊ってあげる。
「こうやってつま先でタンバリンを鳴らすんだ。かっこいいだろ?エスメラルダは女性だけど、痺れるカッコよさがあるんだ。音楽が合わさると、それは何倍にもなって華麗に見える。」
首を伸ばして美しくポーズを取ると、桜二に丁寧にお辞儀をしてあげる。彼は嬉しそうに目じりを下げて拍手をくれた。
本当にオレの事が大好きなんだ…でも挿れさせてはくれない。それは譲れないみたいだ。
お肉を食べる桜二の目の前で服を脱ぐと、そのままシャワーへと直行する。何故かって?オレは今日も仕事があるんだ。すでに本調子に戻ったオレは、毎日、休みなく働いている。急いでシャワーを浴びて服を着替えて戻ると、桜二は既に鍵を持ってスタンバイしている。
「早く、早く。」
美味しそうな匂いをさせるすき焼きの鍋を横目に、リュックを手に持って桜二と再び出かける。彼の車の助手席に座って、今朝の様子を思い出して吹き出して笑う。
「桜二がクラクション鳴らして、面白かったね?ふふ…!」
「シロが寝坊しなければ、あんなに焦る事は無かったんだ。」
そう言ってオレのお腹をこしょぐるから、キャッキャと笑って桜二の髪の毛を撫でる。毒の抜けた彼と同じように…締まりのない髪に顔を埋めてクンクンと匂いを嗅ぐ。
「桜二…髪の毛後ろに流して…オレはそっちの方が好きなの…」
彼の首にしがみ付いて、彼の匂いを感じるとチュッと頬にキスする。
「分かったよ。」
そう言ってオレを見つめて微笑む彼に、もう一度キスして言った。
「前みたくこんな感じで格好良くして?これじゃあ売れない作曲家みたいだ。これは寝る時だけなの。いつもはこうして格好良くするの…良い?」
ふふッと笑うと彼はオレに熱いキスをくれる。オレはそれを気持ちよく受け取って彼の体にクッタリと甘える。このままトロけて無くなってしまいたい…
道路が空いていると、桜二の部屋からお店まで…15分も掛からずに着いてしまう。
早く着きすぎてしまった時は、こうして車の中で桜二を愛でるんだ…
大好きな桜二の顔を見つめてうっとりとキスをすると、彼の緩い髪を撫でながら頭を抱きしめる。彼はオレにされるがまま好きにさせてくれる。
可愛いんだぁ…でへへ…
ねっとりと彼の鼻を舐めて、ジッと彼の目を見つめる。
「桜二…またね?」
そう言って車を降りて、お店のエントランスへと向かう。振り返ったりしない。
18:45 三叉路の店にやって来た。
「おっせぇよ…酔っ払い!」
そう言ってムッとする支配人に首を傾げて言う。
「何で?開店前じゃん!19:00を過ぎていたら怒られても仕方がないよ?でもね、今はまだ18:45だ。おっせぇよ…なぁんて言われるのは心外だなぁ?僕は心外だよ?」
そう言ってふざけると、手でシッシとやる支配人にアッカンベして階段を降りる。
控え室に入ると、ソファにぐったりと項垂れる楓と目が合う。
ふふ!絶対に二日酔いだ!
楓はぐったりと体を起こすと、オレを見て弱々しい声で言った。
「シロ…おはよ、僕は二日酔いが取れない…まだフラフラするんだぁ…」
昨日の仕事終わりに、楓と浴びる程お酒を飲んだ。オレはオーディションを控えて興奮していたのもあって、自分の許容範囲をオーバーするくらいに飲んで潰れた…途中から記憶すら残っていない。
桜二が迎えに来てくれたらしいけど…その記憶も、ない。
楓は午後の3時に起きたらしいけど、ずっと緩い頭痛が治まらないって言って頭痛薬を飲んでる。オレはこんな中オーディションをしたんだよ?凄くない?ふふ…
「早く良くなると良いね?」
項垂れて頷く楓を見ながらそう言ってメイクを済ませると、立ち上がって衣装を選んだ。
…今日は気分が良いから、王子様になろう。
白い王子様の衣装を着ると、馬術用の鞭を手に取って一振りする。ビュンと空を切ってしなる鞭は振っただけで威力が分かる程だ…
「う~~、こんなのお尻に入れられる馬が可哀想だ…!」
階段を上ってエントランスに行くと支配人が声を掛けて来る。
「シロ、シロ!白馬の王子様じゃないか…!昨日、デロンデロンに酔っぱらって言ってたんだよ?あ~ははは!覚えて無いだろ?ここに座って、王子様が迎えに来てくれるまで待ってるもん!とか言って、あ~はは!だははは!目をキラキラさせて…酔っ払いが、言ってたんだよ?あははは!」
支配人はオレを指さして大笑いする…そんな事、言っていたのか…恥ずかしい。
支配人を無視して足早に店内に行くと、階段を降りながら辺りを見回した。女性客はオレの”王子様“に嬉しそうに口角を上げる。
ふふん?どうだ?
オレは胸を張って格好よく王子様の振りをする。身長だって170cmは超えてるんだよ?女性から見たら立派なイケメンだよ。
「シロ~!かっこいいじゃん!」
ほらね?
踵を返すと、声を掛けてくれたお姉さんにニッコリと微笑んで格好つける。お姉さんはきゃいのきゃいのと喜んで、オレの腕を掴むと隣に座らせる。
あぁ…柔らかいのが腕に当たるよ?んふふ…おっぱいだ。
「シロ?可愛いね?顔が赤くなってるよ~?ねぇ、どうして照れてるの?んふ!」
「それはね…お姉さんのおっぱいがオレの腕にギュッてなってるからだよ?」
オレの頬を撫でると、顎の下を猫みたいにナデナデされる…。
あぁ気持ち良い…はぁはぁ…
オレは王子様なのに、鼻の下を伸ばしまくってお姉さんに甘ったれる。
「お膝にゴロンチョしたいの~…ね?ね?良いでしょ?」
「んふふ、だ~め!だめだめ!シロのエッチ~!」
キャッ!楽しい!
「シロ…そろそろ」
甘ったれるオレをジト目で見ながら支配人がそう言った。なぁんだ!男はみんなそうだろ?オレだって男の子だよ?
控え室に戻ると、ソファで楓が眠っていた。
頭痛、早く治まると良いね…?
そっと髪を撫でてあげるとカーテンの前に立って手首、足首を回した。
首をぐるっとゆっくり回してストレッチさせると、カーテンの向こうから大音量の音楽が流れ始める。
今日はねっとりと…セクシーな王子様になろう。
カーテンが開くと、オレは格好良く歩いてステージの中央まで行った。
フリフリの白シャツと、白のベスト、金の装飾が施された白のジャケットに白のズボン…黒いブーツを履いて踊るのは、女性向けに男のセクシーさをアピールするような踊りだ。
音楽に合わせてジャケットの襟を両手で掴むと胸を張って腰を緩く回す。目の前のお姉さんを誘う様に、虚ろな目をして腰を揺らすと、お姉さんが顔を赤くして言った。
「シロ!ダメ!」
何がだよ?ふふ…
ジャケットを脱ぎ捨てると今度はベストのボタンを一つづつ開けていく。後ろを向いて、ファックするみたいに腰を動かしながら、上半身だけお客の方に向かせてベストを脱ぐと、女性客から黄色い歓声が上がる。
「シロ!抱いて!お姉さんを抱いてーー!」
オレも抱きたいよ?だって、男の子だもん…
持て余した男性ホルモンを見せつける様に、両手でシャツを掴むと、思いきり開いて露出した胸を見せつける。
そのままズボンのチャックを開くと、ゆっくりと自分の股間を撫でる様に手を動かす。膝まで勝手に落ちていったズボンをそのままに、腰を揺らしながら女性客を見つめて股間を撫でる。
外でやったら、立派な変態だ!
ズボンを脱ぎきると足で袖に放り投げて、ポールを掴んだ。
さぁ、体を持ち上げて行こう…
両手と体の筋肉を使って勢いを付けずにそのまま足を上に持ち上げていく。体を仰け反る様にして膝の裏でポールを掴むと、手をポールから離して体を上に起こしていく。片手でポールを掴んで足で漕ぐように勢いを付けると、クルクルと回って降りながら、たくましい(?)背中の筋肉を見せつける。
どやぁ?
ポールで熱心に肉体をアピールすると、今度はステージに戻ってチップを回収に向かう。
シャツを放り投げて四つん這いになると、寝転がってチップを咥える女性客の頭の上で床ファックする。ふはは!楽しい!
桜二みたいにロングストロークで腰をねちっこく動かすと、女性客が悲鳴を上げて喜んだ。きっとこれが気持ち良いって知ってんだね?ふふ…
チップを貰う為に仰向けに寝転がると、女性客が列を作ってオレに口渡しして行く。
ゲイのお客さんも居たけど、お行儀が良い人なら大歓迎だよ?
ここはハーレムだ…!
乗馬用の鞭を差し出してその先にチップを結わえて貰う。まるで凶のおみくじが沢山結わえられた枝のようになった鞭を持って、吹き出しそうなのを我慢しながらフィニッシュした。
「見て~?凶のおみくじがこんなに沢山…あはは!」
控え室に戻ってソファで眠ってる楓の顔の上に鞭をプラプラと垂らした。楓は薄目を開けると満面の笑顔になって言った。
「あぁ…七夕みたいだね?」
ウケる…
オレは楓の顔を覗き込んで髪の毛を撫でながら言った。
「七夕じゃない…大凶のおみくじだよ?んふふ…呪われちゃうよ?」
そう言ってクスクス笑って立ち上がると、半そで半ズボンを着て控室を出た。
「シロ…ピンクの王子様が良かったのに…何で着替えちゃったの?」
衣装を脱いだだけなのに、女性客が手のひら返しした様に冷たくなった…
なんだよ…?
先ほどまでの熱狂とは天地の差の温度差に、戸惑った…
トボトボとカウンター席に行くとマスターがオレを手招きする。オレは呼ばれるままに目の前の席に座ってビールを注文した。
「シロ?良い事を教えてやろう。服というのはね、自分を演出するために着る物なんだ…。だから昔の偉い人は豪華な服を着て、俺は偉いんですよ?ってアピールした。つまりだ、視覚から入る情報というのは何よりも伝わり易いと言う事なんだ。分かる?」
オレは呆然としながら長々と“衣装の力”と題された話を聞かされる。
「だから、王子様の衣装を着ると、その服を着てる時だけ…お前は本当の王子様になれる。しかし、衣装を脱ぐと、ただのシロに戻ってしまうんだよ…分かる?」
あぁ…分かるよ。
あの女性陣の手のひら返しを食えば、こんな長話、聞かなくったって分かる。
桜二は王子様の格好よりも執事の格好が似合いそうだ…依冬は王子様だな…野獣の王子様だ…。そうだ、そうしたら、オレは王様になろう…
「シロ!」
しょんぼりと背中を丸めて1人で飲んでいると、背中を優しくポンと叩かれた。下らない想像を慌てて消して顔を上げると、陽介先生がオレを見てにっこり笑った。
「あぁ!陽介先生。オレね、今日オーディションだったんだよ?」
そう言って隣に座る陽介先生の顔を覗き込む。
今日は珍しくニット帽をかぶっていない。
ツーブロックの髪にきつめにかけられた彼のパーマ。オレは結構好きなんだけど、陽介先生はいつもニット帽で隠しちゃうんだ。
オレの視線に気が付いたのか、陽介先生はオレに頭を向けて言った。
「これ…実は、天パなんだ。」
「あ~ははは!ははは!マジで?天使じゃないか!あ~はははは!!」
あまりの衝撃に大笑いすると、陽介先生がオレの髪を摘まんで撫でた。
「俺もこんな綺麗なストレートだったら良かったのになぁ~…」
そう言った声に妙な色気を感じて、慌てて話題を変える。
「先生?今日はね踊らなかった。ただアラベスクをしてターンしただけ!でもね、オレがバレエのバリエーションを踊れるって言ったら、見せてくれ~って言うから、それを踊ったの。拍子抜けしちゃったよ…こんなもんなの?オーディションって…」
両手で頬杖を付いて隣でビールを飲む陽介先生に話すと、彼は首を傾げて聞いて来る。
「シロはバレエも踊れるの?」
「ううん、昔一緒に働いていたバレリーナの子に教えて貰ったやつだけ踊れる。バレエは好きだよ?美しいからね…」
オレはそう言ってマスターを見ながら自分のビールを一口飲んだ。
「バレエって、白いタイツを穿いてモッコリを偽装するんだろ?ズルじゃん。ズルしてんじゃん。」
ふふ…
自分の股間に手をあててモッコリ、モッコリ、と手を動かす彼がおかしくてクスクス笑って見つめる。こうしてふざけてるのが一番しっくりくるよ。マスターも嬉しそうに陽気な陽介先生を見つめてる。きっと手元にクラッカーを忍ばせてるんだ…ふふ。
「オレはね、ちょっと変で、男性の踊りは興味無いんだ。女性のしなやかで力強い踊りが凄く好きなんだよね…。バレリーナの体は細いのに押しても倒れたりしない、強い体幹が備わってるんだ。それって、凄いと思わない?」
そう言って陽介先生を覗く様に顔を向けると、彼はオレを見つめていて目が合った。垂れ目とクルクルの髪が可愛い…。
陽介先生は目を細める様に笑うと、オレの頬を撫でて言った。
「良いね…」
え、なにが?
動揺を隠すように体を起こして陽介先生から物理的距離を取ると、オレはわざと桜二の名前を出して話した。
「ねぇ、陽介先生?桜二が今度オレのバレエを見たいって言うんだ。今度、先生のスタジオでやっても良い?」
「…良いよ?使いなよ。」
そう言って陽介先生はオレの方に体を向けると、意味深に首を傾げて言った。
「シロたん…どうしたの?いつもより、ちょっと…ドギマギしてるね…可愛い。」
おい!シロ!意識してんのバレてんぞ!
マスターもいつもと違う陽介先生に動揺を隠せないでいる…
そうだ。この人はギャップが凄いんだ…。陽気なお調子者だと思っていた彼は、実は結構なムードを持った人だったんだ!そしてキスが甘くて…ねっとりしてて…気持ちいい。
は!いけないよ?
「よ、よよ、陽介先生?キリンの鳴き声って知ってる?」
彼のムードに呑まれてしまいそうになる自分を奮い立たせるように、話題を変えて“動物の鳴き声当てクイズ”を出題した。オレが指を立ててチクタクチクタク時間を測ると、陽介先生はう~んと頭を抱えて悩み始める。…ふふ。可愛い。
「実は…よく、知ってるんだ。」
そう言ってオレを見ると口端を上げてニヤリと笑う。
ふふ…おっかしい!
オレは陽介先生の顔を覗き込んで聞いた。
「じゃあ…教えてよ?」
「キッリーーン!って鳴くんだよ?」
「はっ…嘘つき。がっかりだよ?」
オレはケラケラ笑う陽介先生の肩をポクッと殴って頬を膨らませた。
依冬の方が面白い鳴き声を創作してくれると言うのに…明らかに手抜きの鳴き声にがっかりする。
「シロ?この人だぁれ?お姉さんに紹介してよ?」
突然オレの背中に柔らかくて大きいおっぱいがあたって、常連のお姉さんが顔を覗き込ませてそう言った。陽介先生に色目を使って話しかけるお姉さんを見て、あぁ…彼がタイプなんだ…と、察しがついた。
「ん、オレ…もう行くから、お姉さんここに座んなよ?」
オレはそう言って立ち上がると、お姉さんと話し始める陽介先生を置いて控室へと戻った…何でだろう。モヤモヤするよ。
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