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第2話
頭痛が収まった様子の楓は出番前のストレッチをしている。オレは彼にぶつからない様に移動してソファにゴロンと寝転がった。
楓がステージへ向かう背中を見送って、ぼんやりと天井を見つめる。
陽介先生と、もっと一緒に居たかったな…
あのムードに呑まれて、いくとこまで行ってみたい…そんな気持ちがムクムクと沸き起こって来るんだ。
「ビッチ…」
宙に向かってそう呟くと、手のひらを頭の上に伸ばしてヒラヒラと動かして遊ぶ。
桜二はビッチなんていないって言った…オレがエッチをしたがるのは甘えたいからだって言っていた…。オレは桜二にも依冬にも十分に甘えてる。それなのに、もっとと願うのは…ビッチ以外になんて言うんだよ。
三股か…悪くないよ?
違う!違う!そうじゃないんだ。陽介先生は今の所、健全なのんけなんだ。オレがその気にならなければ…彼の操を守れるんだよ?変な道に引きずり込む事なく、師弟関係を築いたって良いじゃないか…。そうだろ…?
「はぁ…陽介先生と、エッチしてみたいんだよ…」
宙にポツリと呟いて両手で顔を覆う。浮気したら桜二は怒るのかな…依冬は?
あぁ…でも、うぅ~ん…
「シロ~~~!」
頭の上で突然、大きな声で楓が叫んだ!
オレはソファから体を起こすと、カーテンからバタバタと体を動かして駆け寄って来る楓を抱きしめる。
「どうしたの?何があったの?」
楓の様子に慌てて顔を覗き込んで尋ねると、楓はカーテンを指さして言った。
「今日のお客さん!塩だよ!塩過ぎるよ!」
え…?さっきは普通だったよ?
オレは楓をソファに座らせると、こっそりとカーテンからお店の中を覗いて見た。
「あ…さっきと客層が全然違う。」
さっきまでは女性客が多かったのに、今は厳つい男がむさくるしくステージ前を埋め尽くしてる…
なぁんだ。一体何があった…?
「あ!」
オレはカーテンを開くと、ステージにズカズカと歩いて行く。そして、1人の男の前に立つと見下ろして言った。
「おい!こんな繁盛する時間に何の用だよ!ハニ!営業妨害か?」
新大久保の花形ストリッパー、ハニ様が厳つい取り巻きを連れてやって来たようだ。ハニはオレを見上げると鼻でフン!と笑って言った。
「あぁ…これはこれは…僕のおかげでYouTubeで話題になった…シロ君じゃないの。久しぶり!元気にしてた?ふふん!」
あぁ…それが気に入らないんだな…
ステージ前を埋め尽くす厳つい彼の取り巻き達に凄んで言う。
「お前ら厳つすぎ!女性客が怖がるから、必要最低限の人数を残して帰れ!ばか!」
オレはかなり譲歩したよ?
ハニの取り巻きを手で追い払うと、ハニとの別れを惜しむように悲しい顔をして、渋々帰って行く。
「酷いな…みんな僕と一緒に居たかっただけなのに…」
そう言ってワインを手に持つと、漫画みたいにクルンクルンと回してみせる。
階段の上から支配人がオレの様子を伺い見てる…。両手を合わせて…ん?お願いのポーズをしてる…?
…まったく!
「…何の用なの?」
ステージの上から仁王立ちしてハニを見下ろすと、彼は椅子の上に立ってテーブルに足を着いて偉そうに言った。
「この前のSM対決は僕にとって不利だった!だって、僕は天使ちゃんだからね?シロ。今日は天使対決をするよ?わざわざその為に、この魑魅魍魎の歌舞伎町に天使が舞い降りたんだよ?感謝して!」
ハ~ニ!ハ~ニ!ハ~ニ!ハ~ニ!
緩いハニコールが起きて、常連客達がドキドキと事の経過を眺めている…
これは…まるで道場破りだ。
「次のステージ…僕と対決しよう?それとも、臆病なシロは怖くて逃げちゃうかな?ふふ!」
ハニはそう言って両脇を抱えられながら椅子に座り直すと、ワインを一口飲んでオレを仰ぎ見た。
「…かかって来いよ。また、ぶっ潰してやるよ?輝きの足らない…ハニ様?」
ムッと目じりを上げるハニにそう言って、オレはカーテンの裏に戻った。
店内は異様な盛り上がりを見せて、控え室までハニコールが聞こえる…
「シロ…うまく回して、このハプニングをチャンスに変えるんだ!」
いつの間にか控え室に来ていた支配人は、そんな熱血ドラマみたいな事を言ってオレを抱きしめた。
以前、オレが支配人に無理やりお仕置きファックをされたと勘違いしている楓は気まずそうに視線を泳がして言った。
「あのこ、めちゃ怖いんだよ?僕…悲しかったぁ…」
「あいつはね、自分より目立つ奴が嫌いなんだよ。楓は飛び抜けて美人だから、意地悪されたんだ…。気にすんな、ひねくれたチビだ。」
支配人を体から引き剥がして控室から追い出すと“天使”の構想を練る。
髪の毛が天パでクルンクルンの陽介先生は、まるで天使みたいだった。プププ…!
天使…マジ天使…陽介先生はオレの事、そう言ったっけな…
なるほど。
オレは…大人の天使をコンセプトに踊ろうじゃないか…
ハニの衣装は白くてフワフワで、天使のイメージそのものだった。オレは逆を行く。そんな陳腐で偶像的じゃない。マジの天使で踊ってみよう。
メイクはなるべく素に近い薄化粧で、目元に赤いシャドウを乗せる。頬はピンクのチークを軽くのせて、唇にはグロスのピンクを塗ってヌード感を出した。
髪をわざとくしゃくしゃにしてスプレーで固めると、寝起きの様な跳ねを付ける様に指先で捩じってセットする。
絶対に負けない…!あんなに取り巻きを連れて来たって敵わないくらいの物を見せつけてやる!
自前の黒のダメージジーンズと、楓が着て来た黒いだぼだぼのトレーナー、下着にピッタリサイズの白いブリーフを穿いて、楓にチェックしてもらう。
「見て?」
「うん…寝起き、部屋着、素…って感じ。」
深く頷いて楓がそう言うと、オレは最終準備をする為に店内へと一旦戻った。
「陽介先生?見て?」
オレはそう言って陽介先生の前でぶりっ子のポーズをすると、KPOPアイドルみたいに愛嬌を振りまいた。
指ハートを作って合体させると、大きなハートを作って陽介先生にエイッと投げる。
「はぁあん!もっと…もっと投げて…!」
そう言って悶える陽介先生にべったりくっついてチャージする。
「なぁに?シロ…良いの?良いの?」
そう言ってオレの首に顔を埋める陽介先生の体の熱を感じる…ドキドキ。良い匂いがする…香水の匂いだ…ドキドキ。
桜二じゃない、依冬でも無い。オレの腰をそっと支えてグッと抱き寄せる男の手…匂い…感触と声に…ビッチが疼く。
両手を陽介先生に回してクッタリ甘えると言った。
「陽介先生?オレはね、ビッチなんだ。だからオレなんてやめた方が良いよ?オレと居るとね、傷ついたり、嫌な思いをするんだ。だから、やめた方が良いよ?」
そっと顔を上げてトロけた垂れ目の彼を見つめると、鼻を合わせてそのまま頬ずりする。あぁ…良い。この感触…堪んない。
陽介先生の息がオレの耳に掛かって、熱くて速い鼓動が胸に伝わる。オレのモノがムクムクと反応し始めて、オレは陽介先生から物理的距離を取った。
「よし!」
「え…シロ、戻っておいでよ…」
そう言って手を伸ばす陽介先生を無視して、踵を返すと急いで控え室へと戻った。
あと10分…気持ちを更に盛り上げていく。
陽介先生…好き。抱かれてみたい。彼とエッチしたい。陽介先生の顔…目、口…キスした時の感触、触れられた指先の感触、オレを呼ぶ声…堪んない…あぁ、エッチしたい…
「シロ…そろそろ…」
支配人がカーテンの向こうから顔を覗かせてそう言った。オレは頷くとフワフワした気持ちを抱え込んでステージへと向かった。
「皆さん、こんばんは。金曜日の夜、当店にご来店いただきまして誠にありがとうございます。今日、この場に居合わせたお客様たちはラッキーだ。今夜は特別ステージをお送りします。我が新宿歌舞伎町、花形ストリップダンサー!シロと、新大久保の子悪魔ハニちゃんの“天使対決”をお送りしたいと思います。ご来店のお客様による拍手で勝敗を決めます。どうぞ、お楽しみください!」
熱の入った支配人のMCで店内がドッと盛り上がりを見せる。オレはぼんやりとDJを見ながら蓄えたエネルギーが放出しない様に気を散らした。
目の前に両手を組んだハニが来て、オレを見上げて聞いて来る。
「おい、どっちからやる?」
「オレ…オレから踊りたい…」
もう限界だ…我慢できないもん…。オレがそう言うと、ハニはフン!と顔を振って吐き捨てる様に言った。
「せいぜい頑張んな!」
白いフワフワの衣装を着た可愛い天使とは思えない良い様だな…ふふ。
あらかじめDJに渡した曲。これは、オレがオーディションで使うKPOPアイドルの曲。陽介先生と何回も聞いた…耳にタコが出来るくらい聞いた、思い出の曲。
オレは今から陽介先生に求愛ダンスを踊る。
この時だけ…今だけ…思いの丈をぶつけて、ビッチ全開で…彼を誘う。
ステージ中央に所謂お姉さん座りすると、気怠く足を緩める様に振った。
「先生は…どこ行ったかな…」
ふと顔を上げて探すと意外と近くにいた。目が合うと、オレは彼に手を伸ばしてもっと近くまで来させる。良いね…触ろうと思えば触れる距離だ…
音楽が流れ始めると、陽介先生の顔があっ!と驚いた顔になった。
ふふ…可愛い。
オレはお姉さん座りから四つん這いになると、膝立ちをして足を広げていく。ゆるゆると体を動かしながらトレーナーを胸まで捲り上げた。裾を口で咥えると、ライトが当たって白く光る自分の体に両手を這わせていやらしく指先で自分の乳首を撫でる。
公開オナニーだ。
先生の目を見つめて、口元を緩ませて、喘ぎ声を漏らしながら、彼を誘う。
ズボンの上から自分のモノを撫でながら、片手を床に着くと、伸びをする猫みたいに体をしならせる。ブカブカのトレーナーがオレの背中と腹を見せて、ギリギリ乳首が見える所で、ゆっくり腰を動かす。桜二や依冬に後ろからファックされてるみたいに、いやらしく腰を動かして先生を見る。
あ…陽介先生…ふふ、すごく、エッチな顔してるね…?
オレは体を起こして膝立ちすると、足を広げて腰を動かした。
陽介先生?…オレにファックしてよ…ほら…
うんと腰を動かして…オレの中に入って来てよ。オレの腰を掴んで、中を快感でいっぱいにしてよ…!
あなたに抱かれたくて…うずうずしてるんだ…
ポールに股間を擦り付けると、そのままクッタリと甘えるみたいに頬を付けてしなだれかかる。両手でポールの上を掴むと、勢いを付けて両足を上げる。膝の裏で固定すると、体を仰け反らせながら起こしていく。自然とブカブカのトレーナーが体から脱げていく。顔が出た所で思いきり体を起こしてトレーナーを脱いだ。
「シローーー!可愛い!」
露わになった胸に両手を這わせて、自分の乳首を優しくつねると腰がびくついて、足がポールから離れそうになる。
ふふ…やばい。やばい…
陽介先生のモノを想像しながら丁寧にポールを舐めて、唇でハムハムしてあげる。
「シローーー!エロいから!エロいから!」
我慢出来ないみたいに、ポールをハムハムしながら自分のズボンのチャックを下ろすと、お客が絶叫する。
「シローーー!シローーー!俺が相手してやるぞ!」
ふん!お断りだね!
お尻までズボンを下げて、ふくらはぎで上手にズボンを脱いでいく。ポタ…と下に落とすと、膝の裏でポールを挟んで、もう片方の太ももで体を固定する。
そして、陽介先生を見つめて手招きする。
惚けた顔をキョトンとさせて、ステージに上って近づいて来るオレの獲物。
ふふ…
両手を彼の肩に置いて、少し引っ張り寄せると、上から彼にキスをする。
「シローー!天使だぁーーー!天使が降臨したーーー!」
あはは、そう見える?オレも天使が見えるよ。
目の前で惚けた表情のクルクル髪の天使がね。んふふ…
彼を解放すると、勢いを付けてポールを回って降りる。それはトロけた物じゃない。ハードな降り方だ。
フェッテターンして勢いを付けて回ると、クルクルッと回りながらしゃがんで、最後にお客の方に背中を向けて座り込んだ。
初めと同じ…ステージの中央に座り込んで、チラッとお客の方に顔を向けてフィニッシュだ。
音楽とピッタリに終わった快感に背筋がゾクゾクする。オレもなかなか、大したもんだ。と心の中で自画自賛した。
ワァァァ!とお客が沸いて、オレは勝利を確信した。
カーテンの裏に退けて控室に戻ると楓が言った。
「シロ…マジ天使!」
「あははは!そうだろ?そうだろ?うんうん。オレもね、なかなか発散出来たよ?」
そう、陽介先生への思いを自分勝手に発散させて、1人でスッキリしたんだ。ふふ…
半そで半ズボンを着ると、カーテンの向こうで踊り始めたであろうハニを見に急いで階段を駆けあがる。
無人のエントランスにウェイターが突っ立ってる…それを横目に見て、店内に戻ると、支配人が階段の上からは二のステージを見ていた。
「ふふ…どう?どう?」
オレはそう言って支配人の隣に並んで立つと、手すりに腕を乗せてハニを眺める。
「パンチの利いたお前の後だと、ハニちゃんはダメだな。」
オレの背中に覆い被さる様にして手すりを掴むと、支配人がそう言って笑った。
可愛い音楽に、可愛い衣装、可愛いポーズで…天使か。…陳腐で安っぽいよ。
「ふふ…オレの勝ちだ。そうだろ?」
背中でクスクス笑う支配人にそう聞くと、オレの腰を掴んでヘコヘコし始める…本当に、この年代のジジイは懲りないんだ。
「ねぇ、知ってる?楓はオレが支配人に強制ファックされたと思ってるんだ。」
オレがそう言って顔を上げると、支配人はクスクス笑ってオレの頬にキスをした。
「しても良いの?」
「介護はごめんだよ…別の人にお願いするんだね。」
支配人の腕の間をくぐり抜けると、リズミカルに階段を降りて控室に戻った。
「楓?オレが絶対勝ちだよ?ふふん!」
楓の細い背中にくっ付いてスリスリしながらそう言うと、楓はガッツポーズを取って言った。
「あの子、嫌いだからやっつけて!」
もう勝負は決まったよ…?はは、ざまあみろだ。
店内に流れる大音量の音楽が終わると、まばらな拍手が聞こえた。ハニの負けだ。
オレはカーテンをくぐるとステージへ堂々と歩いて向かう。
ハニの隣に並んで、お客さんにニッコリと微笑んで手を振る。支配人がマイクを持って、ニコニコ笑顔を向けながら結果発表をする。
「どうやら結果が出たようですね!今回の勝者も、私の店の花形ストリップダンサー!シロ~~!」
あぁ…快感だ!
支配人の音割れした絶叫に耳が痛い。お客に丁寧にお辞儀をしてカーテンに退けようと体を返すと、思いきりハニに引っ叩かれた。
「なぁんで!なぁんでお前ばっかり!ふざけんな!こんなのズルい!ズルい!」
ハニの醜態にお客が静まる中、オレは彼を無視してカーテンの奥へと退けた。
ズルくない。場を読んで、空気を読んで、自分の魅せたいコンセプトを決めて演出した。これは偶然じゃない…れっきとした作戦勝ちだ。ばかやろ。
「陽介先生~?どうだった?オレ、天使に見えたでしょ~?んふふ!」
帰りの支度を済ませると、カウンターに座る陽介先生に声を掛けて、彼の隣に座った。無言のまま手元のビールを見つめて反応のない彼の顔を、首を傾げながらそっと覗き込んだ。
陽介先生はオレを横目に見ると、ニヤリと笑って両手を大きく広げた。思いきりギュッと抱きしめると、オレの体を持ち上げて言った。
「よぉし、今日はこのまま、天使を連れて帰ろ~う!」
マスターが同じタイミングでクラッカーを鳴らして、達成感を感じてる…
「あはは。ダメだよ。依冬が迎えに来るもん!」
オレはそう言って陽介先生のお腹を撫でる。
オレだってお持ち帰りして貰いたいけど…ダメなんだ。先生とは一線は超えちゃダメだって…本能が言ってる。ふふ…嘘だけどね。
「なぁんで…なぁんで…嫌だぁ…」
そう言ってごねる陽介先生をギュッと抱きしめてあげる。
「ダメなのぉ…陽介先生は、オレのダンスの先生だから、ダメなのぉ…!」
本当は大好きだよ?でも、これ以上深く関わらない方が良いんだ。
オレは普通じゃないから…
「シロ…終わった?」
不機嫌そうな依冬の声を背中に聞いて、クスクスと笑う。
「陽介先生、またね?」
陽介先生の頬にチュッとキスをして、振り返ると依冬に抱きついて抱っこしてもらう。そのまま入れ違う様に常連のお姉さんが彼の元に行くのを横目に見た。
「シロはあの先生を煽りすぎだよ?もう、その気になったらどうするんだよ?」
依冬がそう言いながらオレを抱っこしたまま階段を上っていく。
依冬の肩に頬を付けて、カウンター席でお姉さんと楽しそうに話す陽介先生を見つめる。
良いな…オレも彼と話したいよ…
オレが兄ちゃんを手放したら…狂う事を止めたら…あの人とも付き合えるのかな。
いや…オレは死ぬまで兄ちゃんのシロだよ。
変な事考えた…
ごめんね。兄ちゃん…
ごめん…
「はい。はい…あ、分かりました。ありがとうございます。はい。分かりました。よろしくお願いします。」
オーディションの一次審査の連絡が来た。
…合格
電話の通話を切ると、腰かけたベッドから立ち上がってリビングへ向かった。ソファに座る桜二のお腹に顔を埋めて、ゴロゴロして甘ったれると、ぼんやりとテレビを眺めてオレの頭をナデナデする桜二に報告した。
「桜二?オレ、一次審査、通ったよ?」
「え?」
桜二の腹筋に力が入って、オレの頭を圧し潰す様に体を起こした。両手でオレの頬を掴むと満面の笑顔をオレに向けて言った。
「凄いね!シロ、アイドルになれるね!」
間違ってるよ…オレが応募したのはアイドルの後ろのバックダンサーだよ?
桜二はウキウキしながらソファから立ち上がると、ソワソワと歩いて、またソファに座り直して言った。
「シロ!依冬にも教えてあげて?」
ふふ…可愛い。
こんなに喜ぶとは思わなかったし、こんなに喜んだ所も、見た事が無かった。
「どれどれ…」
オレはそう言って桜二のお腹に顔を乗せ直すと、依冬に電話をかけた。
「もしもし?依冬?あのね、一次審査、通ったよ~?」
「え?!わ~~っ!凄いじゃないか!シロ、やったね!さすがだ!さすがだよ!」
電話口の彼はオレの耳が痛くなる程大きな声で喜んでいる…
「依冬…外に居るんでしょ?そんな大きな声を出すと警察が来るよ?それに、次からが本番みたいなものなんだから…あんまり喜ぶものじゃないよ?」
興奮した依冬の声が胸にこしょぐったい…周りがオーバーに喜ぶからプレッシャーが強くなるよ…全く。
依冬との会話を早めに切り上げて電話を切ると、陽介先生の連絡先を探して電話をかけた。
だって、オレの先生だもん。報告するのが筋ってものだろ?それ以外の感情なんて無いよ?
携帯を耳にあてて、呼び出し音を聞きながら桜二を見つめて彼の胸を撫でる。
桜二はオレの顔を見ながら眉間にしわを寄せていく。
「もしもし?陽介先生?今、大丈夫?」
電話口の彼は息が上がった様子で、筋トレか、ダンスの途中かと思った。
「オレね、一次審査通ったよ~?」
オレがそう言うと、陽介先生は嬉しそうに声を弾ませた。
んふふ…喜んでる…可愛い!自然と口端が上がって笑顔になる…
「ちょっと…!ん、もう…!」
そんな知らない人の声が聞こえて…オレは事の最中に電話をしてしまったんだと気が付いた…
なんだ……ふぅん。
オレは少しだけ意地悪に眉を上げると電話口の彼に言った。
「ふふ…陽介先生ったら、今、朝の10時なのに…一体、誰とエッチしてるの?女の子?男の子?」
オレがそう言うと、桜二がオレの頭を小突いた。でも、オレはんふんふ言いながら、電話口でしどろもどろになる陽介先生に追い打ちをかけていく。
「気持ち良いの邪魔してゴメンね…?続けて良いよ?それとも、オレとテレホンセックスしてみる?ふふ…」
「シロ…!」
桜二がオレから携帯を取り上げて、勝手に切った。
「なぁんだ…!」
オレがそう言って桜二の胸を叩くと、彼はオレに覆い被さって言った。
「シロ?先生の事、煽りすぎだよ…嫉妬する。お前が煽る相手は俺だろ?」
違うもん。オレは誰の事も煽ったりしないもん。
オレは桜二の胸に顔を付けると、グズグズに甘えて言った。
「桜二?陽介先生は最近エッチなんだよ?でもね、オレは踏みとどまったよ?偉いだろ?褒められるべきで、怒られるべきじゃないと思うんだ。そうだろ?」
彼の顔を見上げながらそう言うと、桜二はオレの頬を撫でて聞いて来る。
「他の人としたくなったの?それとも、先生としたいの?」
違うよ…違う。オレは踏みとどまったんだ。
オレは桜二の顔を見つめながら言った。
「陽介先生が、オレの事、好きだって言った。でも、断った。諦めるからって…一回だけキスをした。それ以上なんてしてないよ。」
桜二はオレの首筋を優しく撫でると、優しく頬にキスして言った。
「で…シロはそれを信じて、キスさせたんだね。その後も、先生はお前に色目を使ってくると…そう言う事か?」
ん?雲行きが怪しいね…
桜二の膝に跨って座ると、彼の顔を見下ろして聞いた。
「桜二?もしかして…怒ってるの?」
そんなオレの問いかけを無視して、眉間にしわを寄せると、オレの体をギュッと抱きしめて桜二が言った。
「ふふ…何それ。諦めて無いじゃん…シロもその気になってるじゃん…。だったら、断らないであいつとセックスすれば良かったね…?」
桜二が怒った…ひねくれた…へそを曲げた…
オレは彼の体に抱きつくと、クッタリと顔を頭にもたれさせる。
オレの気が他所に向いただけで…こんなに感情的に怒るんだ。
あの冷たい男が…こんなに露骨にへそを曲げるんだ。
…それは、意外で可愛い一面だね。
兄ちゃんだったら…?
兄ちゃんも…同じように拗ねるのかな。
「ふふ…!」
オレが吹き出して笑うと、腕の中の桜二がオレを見上げてムッとする。
「や~き~も~ち~!妬いてるの?」
ケラケラ笑って桜二にチュッとキスすると、何度も髪を撫でて教えてあげる。
「桜二?それは誤解だよ?オレは陽介先生にその気になんてなっていない。もし、オレがその気になっていたら、彼は今頃、この部屋に連れ込まれている筈だ。そうだろ?」
オレはそう言って桜二君の顎を撫でると、気持ちを落ち着かせてあげる。
「それに、オレは既に病院でゲイ先生に何度も抜かれた。それは怒らないのに、陽介先生に怒るのはおかしいだろ?同じ事じゃないか!怒ることなんて無いんだよ?」
オレがそう言って満面の笑顔で桜二を見下ろすと、彼はジト目でオレを見上げて言った。
「それとこれとは種類が違うんだよ…。シロ?こんな事して…先生を焦らして遊んでいるのはどこの誰なの?」
桜二が得意のタブレットを取り出して、YouTubeを開いて見せる。
見た事のある場所で、とっても可愛い男の子がステージでエッチによがってる…それは官能的で、魅惑的で、最高に痺れる…そんな動画を見せられる。
あ、これ、オレだ!
「あ~!また勝手にのってる!」
それは昨日やりたてほやほやの“ハニとの天使対決”の動画…オレが陽介先生をおかずにステージの上でオナニーした所が再生されて、目が泳ぐ。
「他の人が見たら、ただのやり過ぎたストリップに見えるかもしれないけど、俺の目にはお前が先生をおかずにオナニーしてる様にしか見えないよ…」
凄い洞察力と、観察力…そして、オレの事をよく分かってらっしゃる…。
桜二はそう言って眉間にしわを寄せると、オレの顔を包み込んで視線を上げさせる。
「う…うう…」
「シロ…もう先生を煽らないでよ。お前が遊びで誰と寝ようとかまわないよ…でも、あの人はダメだ。本気になって、俺を捨てるだろ?だから、ダメだ。」
桜二はそう言うと、ねっとりと優しいキスをくれる。
…捨てる?
桜二を…兄ちゃんを…捨てる?
「嫌だ…そんな事しない…しない…!」
オレは必死に桜二に抱きついて彼の体に埋まっていく。
嫌だ…嫌だ…嫌だ…兄ちゃん、オレの傍に居て…居なくならないでよ…
「もうしない…もうしないよ…だからそんな事思わないで…兄ちゃん…兄ちゃん…」
目からポロポロと涙があふれて、兄ちゃんの肩を濡らしていく。
違う…違うんだ…
やっと、兄ちゃんと一緒になれたのに…
やっと、平和になったのに…
「シロ…いつも兄ちゃんとしてるの、見せてあげて…?」
”宝箱”の赤い首輪のウサギと同じ目をした兄ちゃんが…オレに口だけ微笑む。
胸が苦しい…息が浅くなっていく。
「シロ…?大丈夫?」
桜二の膝の上で胸を押さえたまま、ぐったりと体の力が抜けて気絶する。
オレは死ぬまで…兄ちゃんから離れてなんて、生きていけない。
「桜二がシロを虐めた…」
依冬の声が聞こえて、重たい瞼を持ち上げる。
ソファに横に寝かせられて、枕元にお気に入りの毛布を置かれている。
桜二は優しいな…
でも、頭が…すごく痛い。
久しぶりに起こしたトラウマの発作は、思った以上に強くオレの体にダメージを残した…目の前がチカチカとして、グルグルのらせん状の模様が目の前を回る…
万華鏡みたいで…綺麗だ…
「…そんなつもりじゃなかったんだ。シロ…可哀想だ。」
泣き出しそうな桜二の声が聞こえて、オレはむくりと体を起こした。
「シロ…ごめんね。ごめんね…」
そう言ってオレを抱きしめる桜二の胸に顔を埋めると、両手で優しく背中を撫でる。
「頭が痛いんだ…」
彼の胸にぐったりと体を沈めて、溶けてしまった様に体の力を抜く。
「シロ…可哀想…俺の所においで?」
ガンガンと頭を鳴らす頭痛に身もだえしてるオレの体を掴むと、依冬は強引に桜二から引き剥がしてよいしょと抱っこした。
「んんっ!もう!」
オレは眉間にしわを寄せて痛みをこらえると、依冬の胸を叩いて怒る。
そんな事お構い無しに…依冬はそのままソファに座ると、オレの頭を優しくナデナデしてチュッとキスをした。
目の奥が…痛い…
心配そうにオレを見つめる桜二の頬を撫でる。
彼のせいじゃない…彼のせいで、発作が起きた訳じゃない。
いつも、自分で記憶を追いかけて自滅してるだけなんだ…
「桜二のせいじゃない…だから、謝らなくて良い…謝らないで…」
依冬の体があったかくて、頑丈な彼に守られてすっかり安心する…オレはそのまま目を瞑って、頭痛が治まるのを待った。
どうして発作が起きるのか…何がきっかけなのか…自分でも分からない。
兄ちゃんを思い出して、平気な時もあるのに…こうなってしまう時もある。
一度発作が起きて倒れた後は、ただ、頭が割れそうなこの頭痛が治まるのを、じっと待つしかない。
手のひらを眺めてそっと桜二に差し出すと、彼は悲しそうに眉を下げて握り返してくれる。温かくて優しい手付きにふっと笑顔になる。
「…どうして、こうなっちゃうのかな。」
ポツリと呟いたオレの言葉だけ、静かな部屋に響いて消える。
誰も予見できない。誰も理由が分からない。突然起こるこの発作を…どうすることも出来ない。
こんな風に不安定で不確かなオレが、陽介先生とどうにかなれる訳が無いんだ。
両手を伸ばして桜二の体に抱きついて、彼の首元に顔を埋めると、彼は優しく強く抱きしめてくれる。
「兄ちゃん…兄ちゃん…」
そう言って縋る様にすすり泣く、甘ったれで、狂ってるオレなんて、普通の人と付き合える訳がない。
きっと嫌になって離れて行ってしまうだろう…
桜二が居ないとダメなんだ…彼がいないと、兄ちゃんがいないと、ダメなんだ。
涙越しにオレを見つめる依冬と目が合う。初めこそ桜二と張り合った彼も、今では桜二と仲良くとまではいかなくても普通に話も出来るようになった。
でも、妬いたりするのかな…嫌な気持ちに、なってるのかな…?
「依冬…ごめんね。オレ、兄ちゃんがいないとダメなの…」
そう言ってポロリと涙を落とすと、オレの髪にキスして言った。
「俺はね、酷いブラコンの子と付き合ってるって覚悟してるから…良いんだ。」
その言葉に…桜二が吹き出して笑って、オレも一緒につられて笑った。
酷いブラコン…おっかしいね、その通りだ。
「あはは!もっと高く上げて?」
「危ないよ…!」
「危なくない!オレを信じて?」
オレはそう言って、寝転がった依冬の足の上に乗って繋いだ両手を離す。
「あ~…」
桜二が慌てて駆け寄っても、オレの体幹はブレたりしないよ?
綺麗にバランスを取って、依冬の足の上で両手を伸ばしてパッセする。
「見て?まるでリフトしてるみたいだ!」
依冬の足がプルプルして限界を知らせる。オレは彼を見下ろして言った。
「依冬!起き上がりながらオレを遠くまで放り投げて?」
「死んじゃうだろ?馬鹿なの?」
ふふ…!
「じゃあ…」
オレはそう言って依冬の胸に両手を着くと、そのまま彼の足から体を反らして退かす。
「あ~~!」
桜二が悲鳴を上げて慌てても、オレの体幹はぶれないよ?
依冬の肩の上で逆立ちして、彼のおでこにチュッとキスをすると、そのまま足を依冬の頭の向こうに落として、美しく華麗にポーズをとる。
「んふ、楽しい…もっとやろう?」
オレはそう言って依冬に向かい合う様に座ると、彼の頬に頬ずりする。
「ダメだよ…そろそろ仕事に戻る。シロも一回部屋に戻るんだろ?送っていくから着替えて…ほら、ほら!」
そっか…
オレはKPOPアイドルのポスターを取りに家に戻るんだった。
急いで支度をすると、仕事の道具を入れて、依冬の背中に飛び乗る。
「行け!超人!」
ぐらりとも揺れない確かな体幹を感じて、彼の背中の上で大暴れして笑う。
「シロ…危ないから暴れないで…」
桜二がそう言ってオレにキスすると、オレは超人に乗って彼の部屋を後にした。
「ね?このまま泳げる?」
エレベーターの中でおんぶされたまま依冬の耳に囁くと、彼は首を傾げて言った。
「…多分。」
凄いな…
「依冬大好き~!」
オレがそう言ってチュッチュッチュとキスをすると、依冬はオレのお尻を触りながら桃の話をし始めた。
「シロ?フルーツパーラーでは桃のパフェが流行っているらしいよ?今度横浜まで行って一緒に食べようよ。きっと美味しいよ?」
え…また桃…
依冬の髪をクンクンしながら彼に教えてあげた。
「オレはね、桃よりも梨の方が好きだよ?サクサクして美味しいからね?」
そうすると、彼は少しだけ顔をこちらへ向けて言い放った。
「そう?俺は桃が好きなんだ…」
セクハラおやじってこんな感じなんだろうか…絶句しちゃうよ。
ボロアパートに車で送ってもらい、手を振って桃好きの彼を見送る。
「うわ…きったないな…」
ついこの前まで何とも思わなかった外観にたじろぐ。
こんなに汚かったっけ…?お化け屋敷みたいだな…
玄関のドアを開くと、部屋の狭さに驚きながら、久しぶりに見たKPOPアイドルの写真に突撃する。
「あ~~~!ごめんね?ひとりぼっちで寂しかったでしょ?お兄さんはね、ちょっとお友達のお家に行っていたんだよ?彼氏?違うよ…お友達だよ?ふふ…」
1人ベッドの上に寝転がってポスターの彼と談笑する。足をユラユラ揺らして、頬杖を付きながら、目の前で微笑む可愛いこの子とおしゃべりする。
「お兄さんはね、ブラコンなんだ…お兄さんのお兄ちゃんがね、大好き過ぎて、おかしくなってるんだ。だから、普通の人とは付き合えない。依冬みたいに理解が無いとお兄さんとは一緒に居られないんだよ?」
そう話しかけると、ポスターの彼は何も言わないで優しく微笑みかけてくれる。
年下なのに…すっごい、包容力があるんだな…
ポスターを壁から外してクルクルと巻くと、丁寧にリュックに詰め込んだ。
仕事の時間までゆっくりとひとりぼっちでアイドル情報をチェックする。
既に日課になったこの時間。オレは1人でムフムフしながらKPOPアイドルの動向をチェックしてる。カムバの時期や、曲の考察、コンテンツのチェックなど、それはオタ活と言って良いほどに熱心にそして何度も何度も執拗に見続けるんだ。
桜二の前でやると、一緒に画面を見ながら後ろの方で鼻で笑う様な声が聞こえてくるから嫌なんだ。
依冬の前だと、邪魔する様に甘えてくるから、こちらも集中して動画をチェックすることが出来なくて嫌なんだ。
「あふふ…ほんと、この子は可愛いんだから…ふふ…」
そんな甘い声を出して、1人でムフムフと動画を見て、充実した時間を送る。
この部屋をポスターで埋め尽くしてオタ活用の部屋にしても良いな…邪魔が入らないから、1人で没頭できる。
「あ~ん、可愛い!可愛い!なぁんで、こんなに可愛い愛嬌が出来るの?」
足をジタバタさせて思う存分のめり込む。
こういう時間も大事だよね…?ふふ…
18:00 三叉路の店にやって来た。
久しぶりに充実した一人の時間を過ごして、オレは絶好調だ。
エントランスに入ると支配人がニコニコの笑顔でオレに声を掛けて来た。
「シロ~!お前の動画が話題になってるぞ?俺の思った通りだ!こりゃ、お客がわんさか来るぞ!忙しくなるぞ~~!」
へぇ…
「オレはあれが原因で彼女が怒っちゃったんだけど?!それに、肖像権の侵害だよ?」
頬を膨らませてオレがそう言うと、ケラケラ笑って支配人が言った。
「そりゃ、“彼氏”の間違いだろ?それに、お前はこの店の従業員なんだ…。動画の事は店の宣伝に貢献したって思えば良いだろ?ん?ちょっとだけお給料増し増しにしてあげるから?ね?シロたん?」
なんだよ…それ!
オレは呆れた顔をしながら階段を降りて控室へ向かった。
「シロ、おはよ~?」
鏡の前で楓が既にメイクを始めてる。オレは楓の背中にくっ付くと、チュッと頬にキスして挨拶する。そして、鏡越しに彼と目を合わせてにっこりと微笑むと言った。
「楓、おはよう。桜二はね、オレの彼女なんだよ?」
プッと吹き出し笑いをして、ケラケラ笑いながら楓が言った。
「“彼氏”の間違いでしょ?あの人が…シロの彼女だなんて…ププ!プププ!」
なぁんだよ!
みんな桜二の女子力が高い事を知らないんだ。だから、彼の見た目だけでそう言ってるんだね。
オレしか知らない…彼の乙女な一面なんだ。
「ププ…」
鏡の前に座って1人で吹き出し笑いすると、楓がオレを見て首を傾げる。
19:00 店内へ向かう途中、お客さんの相手をする支配人に呼び止められる。
「シロ!シロ!ほら…芸能人がお前を見に来たぞ?」
そう言って紹介されたのは、テレビで見た事がある人。画面で見るより身長が低く見えて、吹き出して笑うと、手を振って店内へ向かった。
階段の上からカウンターを見ると、桜二はまだ来ていないみたいだ…
ちゃんと定時に来いよ…全く、遅刻だね?
常連客にご挨拶をしながらカウンターの席へ向かう。マスターにビールを注文して、腕をカウンターに乗せて前のめりに携帯を覗き込む。
「何見てんの?」
一緒に覗き込んで来るマスターにクスクス笑って教えてあげる。
「オレの好きな子がカムバで振り付けを間違えちゃったんだ…その時の顔が可愛くて…何回も見てるの…」
オレがそう言ってはしゃいで話すと、マスターはジト目をしてオレから離れて行った…
そうかい、そうかい…フンだ。
背中に女性客の高い声や、ノリで来ちゃったのんけのグループの動揺する声を聞きながら、目の前のゲイのカップルのイチャイチャを見つつ、桜二が来るのを待ってる。
今日は少しだけ、待たせるじゃないか…
エントランスから店内に入る高身長のイケメンを発見して、オレは椅子に膝立ちしてアピールする。
「桜二、来た!」
そう言って椅子から降りようとすると、彼の隣に誰かが一緒に居る事に気が付いて動きを止めた。
長身の…長い髪の、綺麗な女の人…
エスコートするでも無く一緒に歩いてステージの前の席に座ると、楽しそうにおしゃべりしてる…
「ん、誰だよ…」
一気にムッとして、頭に血が上る。
オレは不貞腐れながら桜二に近付くと、彼の腰に手をあててそっと顔を覗き込んだ。
「桜二…?」
何でカウンターに座らないの?何で女の人と一緒に居るの?何でそんな余所行きの顔してんの?
「シロ…紹介するよ…」
オレに女性を紹介してるみたいだけど、オレはお前の余所行きの顔の方が気になるんだ。焼きもち焼きの乙女の癖に、大人な男を演じてるんだもん。不思議だよ?
首を傾げて口を尖らせると、何も話さないで彼から離れた。
カウンター席に戻るとマスターが肩を震わせて笑いをこらえてる。
「シロ…ふふ、ふっ…振られちゃったね…ぐふふ!」
まさか!
オレは口を尖らせながら眉毛を上げると、マスターに目を見開いて抗議する。
「何で何も話さないんだよ…プププ…彼女、とっても美人さんだね?彼によく似合ってる。シロ…振られちゃったね?プププ!」
確かに…彼女はしなやかで艶っぽい。
でも焼きもち焼きの桜二はオレにぞっこんだよ?それは確かだ。
この前、確認したもんね。
じゃあ…あの2人はどういう関係なんだろう…
ビールを片手に桜二達の後ろを行ったり来たりしながら様子を伺う。桜二に余所行きの笑顔でおいでおいでされても、知らない振りをして、じっと様子を伺う。
DJブースの中から彼らをじっと監視する。
「ここはライフセーバーの待機所じゃねぇぞ?」
DJに文句を言われても、オレは今、全神経を目の前の2人に注いでるんだ。聴こえないね!
ふと桜二が階段の上を見上げて笑顔で手を振った。
オレは一緒に階段の上を見上げる。
桜二に応える様に手を振って、階段の上から降りて来る、1人の男性に目が釘付けになった…
「なんて…綺麗な人なんだ…」
それは楓よりももっと透明感のある、汚れていない、完璧な美しさ…パっと見でも分かるスタイルの良さと、長い手足のバランスの良さ、流れる髪はふんわりと柔らかそう…
DJの後ろに隠れて、こっそりと目で追いかける…
桜二のテーブルに腰かけて、気怠そうに髪をかき上げると飲み物を注文した。
女よりも、こっちの方がショックだ!!
誰だよ!そいつは…!!キーーーッ!!
オレはDJブースから飛び出すと桜二の背中に飛びついて“美しの君”を確認した。
「シロ…さっきからどうしたんだよ。ほら、座ったら良いじゃん…」
「誰?」
オレは目の前の“美しの君”を指さして聞いた。
桜二はオレの指を手のひらで包むと下に下げて注意する。
「失礼だよ?やめて。この人達は俺の知り合いだよ。失礼しないで。」
ふぅん…ふぅん…ふぅん…
桜二の背中に飛びついたままオレを見つめる“美しの君”を見つめ続ける。桜二はオレをそのままにして、飲み物を飲んだ。
気怠そうに目を半開きにしたままオレから目を逸らさない…こいつ、オレとやる気だな!怒ったぞ!
「可愛いね。何て言うの?」
女の人がそう言ってオレの前髪をそっと撫でる。
フイッと顔を背けて桜二の肩に顔を埋めると、彼の肩を甘噛みして痛めつける。
「イテテ…」
フンだ…話さないもんね!知らない人と話したらダメだもんね!
オレの反応に桜二と女の人がケラケラ笑う。なんだ!桜二!怒るぞ!?
「俺は…この子、好きだよ。桜ちゃんは変わらないね。いつも可愛い顔の子が好きなんだよね…」
桜ちゃん?
何?この会話…とてもムカつく。“いつも”って何?桜二の恋愛遍歴を知ってるって…マウントを取ってるの?それは…上等じゃないか…?
「ふん…オレは、あんたが嫌いだ。」
桜二の背中でポツリと呟いてやった。両手を彼の体に巻き付けて、ギュッと抱きしめる。お前はオレの彼女だろ?こんな美形になびくんじゃない…エロくて可愛いオレの方が、柔軟性も機動力も、反応だって良いはずだよ?そうだろ?桜二?
オレの言葉に桜二と見知らぬ男女が大笑いして、子ども扱いされる…
仲が良さそうに目の前の知らない人と会話をする彼の声を、背中から聞く。
のけ者にされた気になって…悲しいけど、離れない。
…桜二が、兄ちゃんが…知らない人と話していても…オレはこうして、兄ちゃんが1人になるまで…ずっとしがみ付いてる。
「シロ、そろそろ…」
そんなオレに支配人が背中を叩いて催促しても、無視して、桜二に引っ付く。
オレは今、離れられない。離れたらこの人たちと遊びに行っちゃうだろ…ダメなんだ。兄ちゃんはオレのだから、置いて行ったら…ダメなんだ!
「シロ…行っておいで?」
彼に回した腕をポンポンと叩かれて促される…
「やぁだ。やぁだ。桜二…やぁだ…」
グズグズに甘えて桜二から離れない。こんなオレが目の前の知らない人たちの大爆笑を誘っていたとしても、離れない。
「おい!シロ、いい加減にしろよ!」
支配人に後ろから蹴飛ばされて、ムッとして桜二から離れる。ギッと睨みつけると、上から押し込むように睨みつけて来る。
このジジイは、本当に暴力的なんだ!
「フン!」
オレはそう言って、DJブースに立ち寄ると今日の使用する曲を変更した。
エントランスへ向かう階段を上りながら、後ろを振り返って桜二を見つめる。彼もオレを見つめて、そっと手を振った。オレは寂しそうに口を尖らせると、フンと顔を背けた。
ムカつく…
半開きの目の…“美しの君”得体の知れないオーラを放って、オレを圧倒した。
「シロの彼氏と一緒に居る人…めっちゃ綺麗だね?女よりも、男の方がヤバイ…整い過ぎてる…あれは天使だよ?」
違うもん…天使はオレだもん…昨日、そう決まったんだもん!
陽介先生にフラッと行きそうなオレへの当てつけなの…?
桜二のばか…
カーテンの前に立って手首と足首を回すと、首をぐるっとゆっくり回す。
今日はしっとりと踊ろうと思っていたんだよ。だけど、やめた。
こんなにムカつくんだもん…この思いを乗せない訳にはいかないだろ?
カーテンの向こうから大音量の音楽が流れ始める。
うるさい位の…ハードロックだ!
カーテンを自分で開いて、ステージに歩いて向かう。目の前の桜二に見下すような目を向けて、思いきり舌を出すと、両手で中指を立ててファックする。
「シロ!」
桜二がそう言って怒っても知らない!
走ってポールに向かうと踏み込みを浅くジャンプして、低めの位置にギリギリに飛びついた。そのままの勢いで足を高く上げて、上に絡めていく。
両手でポールを掴み直すと、体を起こして頭を揺らしながらスピンさせる。
あぁ…ムカつく…
片手にポールを掴むと滑らかに体を反らしていく。
…白いシャツのボタンを引き千切って脱ぐと、ボタンがパラパラと下に落ちていく。
今…この手を離したら…オレもボタンと同じように下に落ちるんだ…最高だろ?
腕を掴み替えると両足を更に上に持ち上げて天井まで登りきる。
「シローーー!降りてこいーーー!」
ふふ…面白いこと言うね?
もちろん、降りるよ?でもね、今日は派手に降りて行こうと思ってる。
それは度肝を抜いちゃうくらいに、危ない事をしてやろうと思ってるんだ。
オレは逆立ちしながら天井に足を付けて、思いきり踏ん張って走り出した。
命を賭した必殺技!天地逆転の術だ!
「あ~はっはっは!」
動揺するお客を見て大笑いすると、思いきり足を放り投げてポールを回って降りる。
あまりの反動にポールがガンガンと凄い音を立てて揺れる。
緩急をつける様に膝の裏でポールを挟んで、ゆったりとお客の顔を見ながら回ってやる。
どうだ?凄いだろ…?怖いだろ~?
”美しの君”がオレを見て口をあんぐりと開いて固まってる。
ははっ!お前、目が全開になってるじゃないか!
ビックリしたの?…ウケる。
盛り上がる音楽に合わせて思いきり体をスピンさせると、腕の位置を変えて、上に登ったり、足を伸ばしたり…七変化して高速回転する。
「すごいぞ~~!シロ~~!」
派手な技の連続に、お客が盛り上がる。
音楽と動きの融合…これはファンタジア効果だ…!あはは!
最後はポールを膝裏で固定しながら体を反らして降りていく。
最後の最後で高速スピンさせて、そのままの勢いでステージに戻ると、寝転がって待ち構えるお客たちの間を跨いで走り抜ける。
「シローーー!怖いだろーーー!」
「あ~ははは!」
口では笑い声を出して、目の前の桜二を睨みつける。そのままズボンのチャックを下げて、膝まで降ろすと膝まづいて四つん這いになる。
桜二を見つめたまま腰を揺らすと、いやらしく舌を出して、喘いでやる。
ムカつくぜ…桜二…お前、オレに何を見せつけてんだよ?
「シローーー!」
膝立ちして体に両手を添わせると、胸をうねらせながら這わせて下ろす。
こっそり足首までズボンを落として、準備をする事も忘れないよ?ふふ…
勢いを付けて回転しながら立ち上がると、ズボンをステージの袖に放り投げて脱ぐ。
「シローー!いいぞーー!」
そうだ…オレは良いんだ。オレが一番良いんだ。そうだろ?桜二?
チラチラと桜二を見ながら感情のままに踊る。
…桜二が”美しの君”の口にチップを挟んだ。
は?
「チッ!オレの男に手ェ出してんじゃねぇよ…」
口を歪めてそう言うと、寝転がって待機する“美しの君”の体を跨いで立って、オレを見上げて微笑む桜二に仁王立ちして言った。
「お前…こいつに鼻の下、伸ばしたろ?」
大音量にかき消されたオレの声を、聞き耳を立てて“何?”と聞いて来る…
その…他所行きの笑顔…見たくねぇんだよ…!!
”美しの君“の体の上で四つん這いになると、目の前の桜二に体を伸ばして近付いて行く。首を屈めて上目遣いに睨みつけると、唸る様に低い声で言った。
「お前がよこせよ…」
目の奥をギラリと光らせると、桜二はチップを口に咥えてオレに顔を寄せる。オレはそれを待たずに、桜二の後ろ髪を掴んで引き寄せると、乱暴に口から奪い取った。
「シローーー!ファァーーーッ!!」
オレの暴君ぶりにお客が沸いて、奇声を上げる。
オレは無様に跨いでやった”美しの君“を見下ろして、腰を後ろに引きながら、両手で体を撫でて行く。
引き締まった体…柔らかい肌触り…細いのにバランスの取れた筋肉。
腰を上に上げて、前屈の態勢へと向かいながらこの男の体を触る。
腹筋…胸筋…無駄な肉が全くない…マネキンの様な完璧な体…
彼に顔を近づけてオレは言った。
「あんた…ストリッパー?」
オレの言葉に、“美しの君”は目を輝かせて微笑んだ。
「早く取りなよ…俺の口から…」
うっとりと色っぽい声を出してそう言うと、オレの頭を撫でる様に触った。
ふぅん…
オレは舌で彼の唇を舐めながらチップを咥えて取った。
そのまま立ち上がると、左足を思い切り後ろに振って彼の体の上でバク宙してやった。頭の横に手を着いて美しく立ち上がると、首を傾げてドヤる。
「シローー!カッコいい!シローーー!」
これでフィニッシュだ…
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