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第3話
カーテンの裏に戻って半そで半ズボンを着ると、再びカーテンから飛び出して店内に戻る。支配人にはバレてない…緊急事態なんだ!仕方が無いんだ!
急いで桜二の背中に戻ると、ギュッとしがみ付いて顔を埋める。
興奮したお客がオレにチップを巻き付けたり、ズボンの中に入れたりするけど、オレは桜二から離れないでジッとしてる。
桜二のテーブルにワサッと乗ったチップを、彼を小突いて回収させる。
「シロ!すごいエキサイティングだった!でも、アレはよくないよ…危ないよ?あんな無茶して、肩が外れたら一気に吹っ飛んでいくよ?もうしちゃダメだ。良いね?」
”美しの君“はそう言うと、オレの目の前に指を出してチッチッチ…と横に振った。
「フン!」
オレはそう言って顔を反らすと、桜二の背中に顔を乗せてスリスリする。
桜二は両手を後ろに回してオレを捕まえると、器用に横にずらして顔を覗き込んだ。困った様な、呆れたような顔をしながらオレに言う。
「シロ?ちゃんと紹介するから、誤解しないで話を聞いてくれよ…」
オレの体を持ち上げてステージの縁に座らせると、ウェイターにビールを注文して言った。
「この人たちは俺の昔からの知り合いだよ。今は2人とも海外で働いてるダンサーなんだ。シロの話をしたら、会いたいって言うから連れて来たんだよ。」
「よろしくね?」
女の人がそう言って顔を覗き込んで来るから、オレは視線をそらして軽く頷いた。
「なに…この子、ちっちゃい子みたいな反応するんだけど…クスクス」
悪かったな…!反応がガキみたいで…悪かったな!フンだ!
オレは口を尖らせて桜二の膝を足でグリグリする。
おもむろに“美しの君”が椅子から降りてこちらへ向かってくる…桜二の背中を撫でるその仕草にムカついて、オレは彼を睨みつけて言った。
「オレの男に触んな!ビッチ!」
オレの言葉に口端を上げて笑うと、オレの足の間に体を入れてそのままステージへと覆い被さりながら押し倒した。
オレの体を確認する様に撫でながら、半開きの目を輝かせて、囁く様に小さい声で言う。
「締まってるね…無駄のない体。綺麗な体。シロの体が見たいな…?ねぇ、俺とセックスしようよ…。良いでしょ?可愛すぎて勃起しちゃったから…ね?」
フン!勃起したらセックスして良いなんて世の中なら、警察なんていらねんだよ?
オレは頬を膨らませると、顔を背けて、足で彼の体を押し退けた。
「あはは…フラれちゃったよ?」
そう言って”美しの君”はオレの手を掴むと体を引っ張り起こした。
フワッと体が浮いて、不思議な感覚に戸惑う。
なんだ?この感覚…不思議だ。まるで一瞬、無重力になったみたいに、体に抵抗を感じる事なくふわりと引っ張り上げられた。
力の使い方が分かっているみたいに…簡単に、自然に、無駄のない動きをして、オレを引っ張り上げた。
「今の…どうやったの?」
オレは首を傾げて“美しの君”に聞いた。彼はオレを見ると、同じ様に首を傾げて口元を緩ませる。
「何?」
「ん…だから、今、どうやってオレを起こしたの?」
オレがそう言うと、肩をすくめて口をへの字にする。
「もう一回やって?」
ゴロンと仰向けに寝転がってそう言うと、手を伸ばして彼が引っ張るのを待った。
「ふふ…」
”美しの君”は小さく笑いながら、オレの手を掴むと、クイッと引っ張り起こした。
なんだ…この感覚…普通じゃない。
「もう一回!」
再びゴロンと寝転がると、今度は体を脱力させて手を伸ばした。
「可愛い…」
”美しの君“はそう言うと、クスクス笑ってオレの手を掴んだ。すぐにオレの脱力に気付くと、少し勢いを付けて同じように引っ張り起こす。
そのまま腰に腕を回してオレと見つめ合うと、うっとりと頬を撫でて言った。
「もうやらない…」
「ねえ、今のどうやってやったの?」
目の前の美しい男にさっきと同じ事を聞いた。
陶器の様に滑らかで、きめの細かい肌…半開きの分厚い二重の瞳。スッと通った鼻筋に丁度いい厚さの唇…キスしたら…気持ちよさそうな、唇。
「ふふ…シロは、ポールの上で誰かと一緒に踊った事はある?」
何を言っとるかね…?
そんな事をしたら、衝突事故を起こして墜落するだろう…ばかたれめ…。
「無いよ?」
オレはそう言うと、顔を撫でまわす彼の手を鬱陶しそうに手で抑えて止める。
「ふふっ!…ポールの上でバランスを取りながら人を掴んで回ったりすると、こういう力の使い方が必要になるんだ…体で覚えて、嫌でも染み付いて行くんだよ。…だから、俺も理論的に説明は出来ない。でも、お前にはそれが不思議に感じたんだね?面白いじゃないか…ふふっ」
「へぇ…」
目の前の美しい顔に見惚れて、気持ち良さそうな唇に目を奪われていると、彼の唇がにっこりと微笑んで、チュッとオレの唇にキスした。
「ふふ…」
柔らかくて…ぷにっと音がしそうなキスに、口端が上がっていく。合わせた唇から笑い声が漏れて、肩が揺れる。
”美しの君”はオレの唇を舐めると、口の中に舌を入れて、熱心にキスをする。
滑らかで小ぶりな舌に、きつく締めあげられて頭がクラクラしてくる。
彼はオレの腰を引き寄せると、自分の股間に押し付けていやらしく腰を揺らす。
あぁ…ははは…こりゃ参った。
動作の一つ一つが…手の動きの全てが…いちいち美しくて、見惚れてしまう。
キスを外されてトロけた瞳で彼を見つめる。
そんなオレを見てにっこりと微笑むと、“美しの君”はもう一度チュッとキスをした。そして、ギュッと強く抱きしめてブンブン揺らすと桜二に向かって言った。
「桜ちゃん?シロ、可愛い…ちょうだい?」
「ダメ…もう離して。」
桜二がそう言って”美しの君”からオレを救助する。
彼はケラケラ笑いながら席に戻ると、オレをじっと見つめてウインクする…変な人。
でも、オレは…この人、嫌いじゃないよ?…だって凄い力持ちだ。
あんなに何回もオレを引き起こしたのに、はじめと最後の力の入り具合が変わらないんだ…。この人の細い体には、依冬よりも役に立つ筋肉が備わってる。耐久力のある、インナーマッスルだ。ふふ…まぎれもない、ストリッパーの体だ。
オレは桜二の背中に抱きつきながら、2人の話を聞いた。
女の人は、パリでバックダンサーの養成や、バレエの個別レッスンをして生計を立ててるそうだ…
彼女の名前は…夏子(なつこ)さん。
長身でボディラインが強調される服を着た彼女は、まるでモデルさんの様に美しい体の曲線を描いて椅子に腰かける。長いストレートの髪をセンターに分けて、肩から流れる毛先を指でクルクルと弄る。魅力的な目元が印象的なエッチなお姉さんだ。
完璧なメイクは崩れる事を知らなくて、勝ち気で…男勝りな性格の様だ。
“美しの君”の名前は…勇吾(ゆうご)。
見た目からはかけ離れた勇ましい名前だけど、名前負けしてるとは思わなかった。
彼はロンドンで本職をこなしながら、夜はストリッパーとしてお店で踊ってるそうだ。でも、体力的にしんどくなってきたから、養成する側に回る準備をしているらしい。見た目の美しさとは違う、口の悪さと、態度の悪さ…そして、半開きの目の醸し出す気怠さ…。ふふ…意外にも彼は名前の通りの勇ましい男だった…
勇吾はオレを見つめると頬杖を付きながら首を傾げて聞いて来る。
「シロ?家においでよ。俺が衣食住、全部、面倒見てあげる。…ね?お前は凄い逸材だよ?」
「嫌だ…」
オレはそう答えて笑うと、ビールを一口飲んで桜二の膝に軽く腰かける。彼はオレの腰に腕を回すと、オレの髪にチュッとキスして顔を埋める。
ロンドンなんて…遠くの外国に行ける訳ないじゃん。オレは兄ちゃんが居ないとダメなんだから…
勇吾はクスクス笑うと、オレの顔を覗き込むように姿勢を屈めて言った。
「仕事の関係でもうしばらくこっちにいるんだ。だからまた会おうよ、シロ。…ね?うんって言って…?」
オレは伏し目がちに視線を流すと、桜二の体の中で小さく頷いて答えた。
オレの様子を見て、夏子さんが興奮しながら桜二に言った。
「この甘えん坊は本当にさっきこのステージで暴れまわってた奴なの?ギャップ萌えする!可愛すぎて、私もこういう子、欲しくなっちゃったぁ…!!」
そう言ってシャウトした彼女の声は、海外仕立ての飛び切りのシャウトだった…
店内の照明が暗くなって、対極的にステージの上が煌々と眩しく光る。
もうすぐ楓のステージが始まるんだ…!
今日はオレの構成した内容で踊るはず…きっと上手に踊って美しい楓を見せてくれるんだ!
オレは桜二に耳打ちして教えてあげる。
「桜二?楓はね、今日オレが考えた内容を踊ってくれるんだ…!あの子の長い手足が美しく見える様に考えたんだ。だから、はじめと最後は要チェックだよ?良い?」
念を押す様にそう言うと、桜二はにっこり笑ってオレのおでこにキスをした。ふふ…
しかし、楓は音楽が流れ始めてもステージへ現れなかった…
「あれ?おかしいな…」
ざわつくお客を横目に、オレはステージの上をトコトコ歩いて行くと、カーテンの中を覗き込んだ。
「シロ…これ…どうしよう…」
あ…
そこにはニットの衣装を引っかけて、解けた毛糸に絡まって動けなくなった楓が居た…ある意味、奇跡ともいえるハプニングだよ…漫画みたいだ。
さすが楓だ…
オレは首を傾げると、ハサミを彼に手渡した。
「切っちゃいなよ…」
そう言って踵を返すと、半そで半ズボンの裸足姿で彼の代わりにステージに立った。
「あれ、シロ~、楓は?」
常連客がそう言って尋ねてくるから、オレは肩をすくめて答えてあげる。
「毛糸が絡まって出て来られな~い!だからオレが代わりに踊るね?楓待ちのお客さん、ゴメンね~?彼は最後のステージに変更になったよ~!」
そう言って音楽に合わせてポールに飛び乗ると、膝の裏に絡めながら美しく回った。
まるで無重力の様に、抵抗も、重力も感じさせない体の動きを美しく魅せていく。それがたとえ、ラフな半そで半ズボンでもだ。ふふ…
最初のステージで飛ばし過ぎたせいか、まだ疲れが体に残ってる。意識しないと綺麗に伸ばしきらない手足を、美しく見える様に遠くへ伸ばしていく。
ポールを体の外に回して、背中と太ももで固定しながらクルクルと体勢を変えて回ると、音楽に合わせてねっとりとスローに回って体を反らす。
勇吾が階段の上で支配人に話しかけているのが見える…ん?何を話してんの?
そいつはスケベジジイだから…美人は掘られちゃうよ?ふふ…
「シローーー!俺の天使ーーー!」
階段の上をよそ見をしていると、ステージの縁から陽介先生がそう言って歓声を上げてる。
ふふ!全く…
女と寝た癖に…何が“俺の天使”だ!
オレはクルクルとポールを滑り降りると、陽介先生に投げキッスをした。
「ズキュン!」
陽介先生はそう言って胸を押さえると、後ろに倒れるジェスチャーをする。
んふふ…本当にこの人は、おっかしいんだ。
陽介先生を横目に見る桜二の目の前に行くと、四つん這いになって、猫みたいに腰を突き上げる。そのまま伸びをするみたいに彼の方へ体を伸ばすと、チュッと投げキッスする。
「ふふ…かわい…」
そう言って満足げに微笑む桜二の頬を撫でると、美しくターンしてステージの中央へ戻った。体をうねらせながら短パンに両手を突っ込むとゆっくりとお尻を出していく。
「シローーー!可愛い!ぷりぷり!」
最低だ…最低な掛け声だよ?ふふ…
オレは普段着の下着を身にまとったぷりぷりのお尻を出すと、短パンを一気に下げてステージの袖へと放り投げた。
「ん?」
シャツを腕まくりして、オレの練習用のスパッツを着た勇吾がステージに上がって、オレの後ろを通って行く…それはとても普通に…そして自然に…
頭が真っ白になったオレは、彼の行く先のポールを見つめて呆然と立ち尽くす。
両手でポールに掴まると、勇吾は容易く体を持ち上げて高くまで登っていく。
上手だ…そして、美しい…
「シロ!おいで?」
膝の裏にポールを掴んで足を組んで固定すると、勇吾が体を仰け反らせてオレに両手を伸ばした。
無理だろ…オレが掴まったらどんなに上手でも落ちてしまうだろ…
オレは勇吾を見上げると首を傾げる。
「落ちちゃうよ?」
「落ちない。俺を信じろよ。」
会ったばかりの人を信じちゃいけないって…兄ちゃんが言っていた。
でも……楽しそうじゃないか…?
オレは勇吾の回転を見極める様に少しだけ後退した。そしてタイミングを合わせて踏み込むと、彼の両手に飛びついた。
「ワァァァ!」
店内のお客が大盛り上がりして歓声を上げる!
落ちない…
落ちないどころか…しっかりと固定された彼の足はズレる事さえなく、オレを掴んでも尚、優雅に回転していく。
「あ~ははは!」
楽しくなって大笑いすると、オレに顔を向けた勇吾がにっこりと笑った。
オレはそれを何かの合図だと感じて、彼のリードの元、ポールを膝裏で掴んでいく。そのまま体をポールに沿わして回転を続けると、頭の上から勇吾が下りて来る。
「ふふ…!」
向かい合う様にポールに掴まって、一緒に回る。オレが片足を伸ばすと、彼も肩足を伸ばして、オレが体を仰け反らせると、彼も体を仰け反らせていく…
綺麗だ…
「降ろしてあげよう…」
勇吾がそう言って片手を下に伸ばすから、オレは彼より少しだけ下に降りてその手を握る。
腕と腕を掴み合って、彼の合図と共に両足をポールから離していく。
信じられない!!
まるで屈強な依冬の様に、彼はぶら下がったオレを片手で支える。
「すご~~~~い!!」
オレは大笑いしながら大絶叫すると、彼と一緒に回って降りる。そして、床に足を付けると美しくポールから離れる彼を見つめる。
2人で華麗にポーズを取ると、お客が一斉にスタンディングオベーションをする。
勇吾と手を繋いだ感動で背中に鳥肌が立って、足が震える。
一緒にカーテンの奥に退けると、楓が毛糸に絡まる中、オレは勇吾に抱きついて興奮を抑えきれずに言った。
「凄い…!凄かった…!あんな事、普通は出来ない…!」
「凄いのはシロだよ?普通は怖くて出来ないよ…?ふふ、無鉄砲なのか…バカなのか…思いきりが良いのか…勘が良いのか…。驚いたよ…。どうする?俺、シロの事が大好きになっちゃった…」
抱き合って顔を見合わせながらクスクス笑う。
凄い人がいる…凄い魅せ方がある…
これは…エロいとか、ストリップとかの次元じゃない…もはや、アートだ。
「楽しかった。勇吾またやろう?」
オレのスパッツを脱いで自分のズボンに着替える彼にそう言っておねだりする。勇吾はオレを見ると半開きの瞳で言った。
「ふふ…良いよ?」
やった。やった~!
「オレはね、この子の毛糸を解いてあげるから…勇吾は先に戻ってて良いよ?」
そう言って“美しの君”を控室から解放してあげる。
「何があったの?」
首を傾げて尋ねて来る楓に教えてあげる。
「凄い事!凄い事があったの!んふふ!」
オレはそう言って楓に絡まった毛糸をハサミでちょん切っていく。楓は首を傾げすぎてよじれそうになってる…ふふ。
何で…?オレと体格だって変わらないのに、何であんな事が出来るの?
腕が筋肉質な訳でも無い。下半身が筋肉質な訳でも無い…凄いじゃないか…
彼のインナーマッスルはガチムチだ。ガチムチなんだ!あはは!
「ぷっぷぷぷぷ!」
思わず吹き出して笑うと、楓が訝しげな顔をしてオレを見つめる。彼の毛糸を全て除去すると、自分の服に着替えて帰り支度をする。
「最後のステージよろしくね~。おっ先~!」
そう言って控室を出ると、階段を上がってエントランスに向かう。
「シロ~~!良かったじゃないか!さっきのステージは最高にクールだった!」
支配人がそう言って受付の中で暴れる。ふふ…オレもそう思うよ?
最高だった!
そのまま店内へ戻るとボッチになった桜二の元へ向かう。彼の背中を撫でながら顔を覗き込んで尋ねる。
「勇吾は?」
「予定があるから2人とも帰ったよ。凄い上手だって…珍しく他人を褒めてたよ。ふふ…やっぱり俺のシロは凄い子なんだ…ふふ。うふふ。」
そう言ってオレを熱く抱擁する桜二の頭をナデナデする。
なんだ…帰っちゃったのか…つまんない。
もっと、話したかったのに…
「シロの彼氏さん、ちぃーっス!」
絶妙なタイミングで陽介先生が桜二に声を掛ける。桜二は少し眉間にしわを寄せると、ジト目で陽介先生を見つめた。そんな事もお構いなしに陽介先生はオレの腰を持つとスッと自分の方へと引き寄せて言った。
「あの人、誰?凄かったね…?びっくりしちゃったよ?」
「そうなんだ!凄いだろ?オレもびっくりしちゃった!今日初めて会ったんだけど、彼のインナーマッスルは…ガチムチなんだ!あははは!」
オレはすっかり勇吾の話題に夢中になって、陽介先生と語り合う。
「だっておれ58キロはあるんだよ?なのに、あんな不安定な場所で、足だけで掴んで回るんだもん。凄い…以外の言葉が思い浮かばないよ?」
「初めて会ったとは思えないくらいの息の合い方だったね~。…本当は2人で一生懸命練習したんだろ?」
陽介先生がそう言って疑ってかかるから、オレは胸を張って言ってやった。
「違う!息が合ってる様に見えたのは、全て彼の力量だよ?凄いと思わない?」
オレはすっかり勇吾に夢中だ…あんな凄いストリッパー、見た事無いよ?
オレが胸に手をあててうっとりと天井を見上げると、陽介先生が覗き込むように見て笑いかけて来る。
…子供っぽいと思ってるんだろ?知ってるよ?
でも、また彼に会いたい!彼のストリップが見て見たい!胸がドキドキするんだ!
「陽介…」
常連のお姉さんが陽介先生を名前で呼ぶと、オレに向けてどや顔して腕を組んだ。
ふぅん…そう言う事か…
「シロ、またね?」
そう言ってオレの頬にキスすると、陽介先生はお姉さんと行ってしまった…
どうやら陽介先生はあのお姉さんに食べられちゃったみたいだ。
「趣味、悪っ!」
オレはそう言って桜二に抱きつくと彼を引っ張って店を出る。
桜二の車で彼の部屋まで帰ると、急いでベッドの下の“宝箱”を取り出す。寝室のベッドサイドにKPOPアイドルのポスターを貼って、兄ちゃんの腕時計を撫でる。
「誰…それ…」
寝室の入り口から桜二が聞いて来るから、オレはにっこりと笑って教えてあげる。
「これは韓国のアイドルグループの○○くんだよ?彼はね今18歳で、ダンスがとっても上手なんだ。甘いものが好きで、日本に来た時は必ず午後の紅茶を買うんだよ?そして、この前、ぷぷぷ…カムバの時にね?アハハ…あのね、振付を間違えちゃってね…プププ!可愛いんだよ?」
オレは桜二に彼の事を沢山教えてあげる。でも、彼はポスターをジロジロ見るとフン!と鼻で笑って行ってしまった…。
なんなの?
兄ちゃんの腕時計を“宝箱”に戻して、ベッドの下にしまうと桜二にせかされる前にシャワーを浴びた。
「桜二?あの人とどこで会ったの?どうして“桜ちゃん”って呼ぶの?何であんなに綺麗なの?何歳なの?」
ベッドに入って眠そうな桜二に抱きつきながら話しかける。
「中学校の時の同級生だよ…あだ名で、そう呼んでる…。綺麗かどうかは知らない。俺と同い年の32歳だ…。」
「じゃあ…あと8年で40歳だね?」
オレはそう言って桜二の頬をグニグニと撫でまわす。彼は目を瞑ってふふッと笑いながら言った。
「シロ…勇吾を気に入ったの?」
「うん!あの人は凄いよ?」
オレがそう言うと、うっすらと細い目を開いて言う。
「エッチしたいの?」
「違う。そう言うんじゃない…!ただ、あの人、凄いんだ…中がガチムチなんだ。例えば、依冬と比較してみよう。あの子が重たい鎧を着た戦士だとすると、彼は肉体を鍛える武闘家だ。戦闘力は変わらないけど、身軽さが違う。」
「鎧を着ないなら一刺しで死んじゃうね?」
こうやって桜二はいつも要らない事を言うんだ!
オレは桜二の口をキスで塞いで黙らせると、彼に抱きしめて貰いながら目を瞑る。
まだ胸がドキドキする…なんてすごい人に会ったんだろう。
もっと色々聞いて見たい。
「ねぇ?桜二?」
背中を温める桜二に声を掛ける。でも、もう彼は寝てしまったみたいだ…
彼の寝息を聴きながら、彼の手を自分の胸にあてる。そして、目を瞑るとそのまま一緒に眠った。
「シロ?朝だよ?」
いつも思うんだ…桜二は爺さんみたいに早起きをするって…怪我が治るまで仕事がお休みで、やる事が無いのも分かるけど…早起きしたいなら1人でやったら良いんだ。
オレが薄目を開いて桜二を見つめると、彼はオレを見下ろしてにっこりと笑った。
オレに覆い被さる彼の首に両手を置いて、そのまま自分の方へ引っ張った。
でも、頑丈な桜二はピクリとも動かないで、逆にオレの体が浮いた…
思ってたんと違う…引き寄せようと思ってたんだ!
「桜二?オレはね…夜型の人間なんだ…だから7:00には起きない。」
諦めて両手を離すと、そう言って布団の中に潜り込んだ。そして、ダンゴムシの様にがっちりと丸まって硬くなると、再び目を閉じた。
「シロ…」
桜二は布団の上からオレを撫でると、ベッドから降りて寝室から出て行った。
…おほほ!諦めたのか?やった!
気持ち良い彼の高級羽毛布団に顔を埋めて二度寝を試みる。
再び足音が寝室に近づいて来て…部屋の中に入って来る。懲りずにベッドに乗ってきて…ダンゴムシになったオレを布団の上から抱きしめる。
「シロ~?」
なぁんだ…随分朗らかになって…やっと自分が爺さんみたいだって気が付いたんだな?反省して、オレと二度寝しに来たんだ…うふふ。可愛い奴め!
布団の中に入ろうとして来るから、オレはダンゴムシを止めて彼を迎え入れた。
「桜二~?7:00なんて早朝に起きるのは、お爺ちゃんだけだよ?オレと一緒に寝よう?んふふ。チュウしてあげる。お利口な桜二様にチュウしてあげる~!」
開かない目をそのままに、両手で布団に戻ってくる彼を抱きしめると、スリスリと顔に頬ずりする。
そのままチュッチュッと頬にキスしてクッタリと彼の体に顔を乗せて眠る…
ん?
桜二と違う匂い…桜二よりも小柄な体…桜二よりも細い腕…
「だれ?」
オレは目を開いて自分が抱きしめた相手を確認した。
あぁ、なんだ…
一瞥するとクッタリと体を戻して、そのまま目を瞑って二度寝を始める。顔を乗せた彼の胸が笑い声と一緒に揺れて、オレの頬を揺する。
「何だ…シロは俺なら甘えても良いって思ってるの?」
「いいや…でも、別に…何とも思わない…」
オレはそう言うと、彼のほのかに香る程度の…花みたいな香りと共に、二度寝をする。
まるで真夏の花園に居るみたいだ…
彼はオレの髪にキスすると、悪戯っぽく声色を作って言った。
「…寝坊助のシロ、可愛い奴め…。起きないと、悪戯しちゃうぞ?」
体格はそんなに変わらない。お前なんて…オレが逆に抱いてやるよ?
ガバッと体を起こすと、彼の上に覆い被さって、体の下の彼をぼんやりと寝ぼけ眼で見つめる。陶器のように美しい肌と、半開きの瞳がオレを見て微笑む。
あぁ、綺麗な人だな…
オレは彼の髪を優しく撫でながら首を傾げて聞いてみた。
「勇吾?オレに抱かれたくなっちゃったの?」
オレがそう言うと、彼は半開きの目を大きく開けて驚いた顔をする。そして、口端を上げるとにっこり笑って言った。
「ふふ…可愛いね?」
そう言って口元を緩めて笑う彼がとっても綺麗で…オレは寝ぼけたまま彼にキスをした。
軽めのキスが、どんどん熱を帯びて、彼に掴まれた肩が落ちて、体を抱え込まれる。
熱い吐息が口の端から漏れて、絡めた舌が痺れると頭の中がジンジンしてくる。
いつの間にかオレの上に覆い被さった彼の肩を撫でる。そのまま腕を通って手首まで撫でると、首を傾げる。
「どうして…こんなに華奢なのに…あんなに力持ちなんだ…」
そんなオレの言葉を無視して、勇吾はオレにキスすると優しい声で言った。
「可愛い…パジャマを、着ているね…ぷぷ」
猫柄のパジャマを笑われた。
彼はそのままオレのパジャマの下に手を滑らせると、素肌を手のひらでなぞりながらパジャマを捲り上げていく。
露出したオレの胸にキスして、舌を這わせると、ねっとりと乳首を舐めまわす。
「あっああ…だめだぁ…勇吾、ヤダぁ…」
彼の柔らかい髪を掴んで引っ張り上げると怒って言った。
「勇吾、桜二にボコボコにされるぞ?あいつは焼きもち焼きで怖いんだぞ?」
「シロ?俺に挿れたいんだろ?」
唐突に勇吾はそう言うと、オレの答えを待つように動きを止めた。半開きの瞳で真っ直ぐにオレを見下ろしてくる…
うん。挿れてみたいよ?
いつも誰かに挿れたいって…思ってるよ?
オレは勇吾の顔を見つめて眉を下げると、コクリと頷いた。
「じゃあ…ちょっとだけ愛撫させてくれたって良いだろ?…ね?挿れさせてあげるから…ね?」
わぁ…!ほんと?良いんだ!
桜二にも、依冬にも断られて…オレは行き場を無くしてたんだ。ここ最近、男性ホルモンが活発になってるオレは、勇吾の言葉を鵜呑みにして彼に体を好きにさせた。
「あっああ…勇吾、ダメ、気持ちい…んんっ…はぁはぁ…あっあん…」
しかし、彼の愛撫は留まる事を知らなかった…
オレのモノをパジャマの上から撫でると優しく握って扱き始める。腰が浮いて、ゆるゆると動き始めると、勇吾は楽しそうに笑いながらオレの乳首を口の中に入れる。
「んん…、だめ…だめイッちゃう…勇吾、挿れるの…挿れるのぉ…!」
彼の肩を叩いてそう言うと、勇吾はオレの足の間に体を入れて腰を擦り付けて来る。
ん?なんかおかしいぞ?
「ちがう!オレがするんだろ?」
オレはそう言って勇吾の肩をぽくぽく殴りつける。
「あはは…ダメだよ。シロ?こういうのはね、上に来た者が勝ちなんだ…。」
なんだと!?
オレはいつも桜二の上に居るけど、勝った試しがないよ?
「ん~~!嘘つき!」
オレがそう言って枕を彼にぶつけると、勇吾は大笑いしながらオレに腰を振った。
「何してんだよ…」
桜二がそう言って勇吾を見下ろす。それはまだ余裕のある般若面だ。
「桜二!勇吾が…挿れさせてくれるって…!嘘ついたんだ!!」
オレはそう言って勇吾を蹴飛ばすと、桜二の体にしがみ付いてシクシクとウソ泣きをした。
「…全く!」
桜二はそう呟くと、オレを抱っこしてリビングへと向かう。抱っこされた彼の肩越しに勇吾に中指を立てると、オレは桜二の頬にスリスリと頬ずりして言った。
「挿れさせてくれるって…言ったんだよぉ?」
「はいはい…」
桜二はそう言って眉を上げると、適当に相槌を打つ。
塩対応だ。
そして、リビングのソファにオレを降ろすと、キッチンへ行って朝ご飯の支度を始める。
「…シロは毎日、桜二に朝ご飯を作ってもらうの?」
「ん…?」
オレがチョコンとソファに座ると、新聞を読んでいた夏子さんがそう言って顔を向けた。
昨日よりも落ち着いたファッション。落ち着いたメイクに、一つにまとめられた長い髪の毛…メガネまでしているからガラリと印象が違うけど、豊満な胸のサイズは同じだった。
「…なんで、こんな朝早くに居るんだよ…。」
オレはそう言ってあぐらをかくと、ポリポリとお腹を掻いて桜二に言った。
「桜二!何で?何で?」
「あのやさぐれた桜二が…こんな風に台所に立って誰かのために朝食を作るなんて…ありえない。ありえないよね…。これは笑い事じゃないよ…?事件よ…」
夏子さんはそう言って両手を目の前でわななかせると、オレに見せつける。
「シロ、可愛い!シロ、欲しい!桜ちゃん、シロちょうだい!ね?あんなに可愛いんだ、良いだろ?独り占めするな!」
そう言って寝室から勇吾が走って来る…
一気にわちゃわちゃした桜二の部屋で…オレは動揺する美人と、子供の様に桜二に“シロが欲しい”と駄々をこねる美系を眺めながら痒くもないお腹を掻く。
一体なんだ…何が起こってるんだ?
寝ぼけた頭でぼんやりと桜二を見つめると、ごねる勇吾が甘えてる様に見えて、ムカムカして来た…
ソファから立つと勇吾の目の前を通り過ぎて、桜二の背中に抱きついて甘える。そして、オレを見て半笑いする勇吾を睨んで、威嚇する様に怒って言ってやった。
「ん、もう!オレの男に近付かないで?」
そんなオレの様子にみんなで大笑いする。
なんにもおかしくない!凄い美系が桜二に甘えてるんだ。
ダメに決まってる!
勇吾はキッチンのカウンターに頬杖を付くと、首を傾げながら言う。
「シロ?俺はね、桜ちゃんとそんな風に…ぷぷ…なって事なんて無いよ?こういうの…タイプじゃないんだよね。怖いし、不愛想だし、冷たいし、クズだし…あはは!」
ダメだ!
そんな事を言っても…こいつが超絶美系なのは変わらないし、桜二がオレの兄ちゃんなのも変わらない。兄ちゃんが変な気を起こさない様に…オレはこうしてしがみ付いてるんだ!
「あっち行って!」
勇吾にそう言って手で払うと、オレの手を掴んで甲にキスをする。
「シロ、可愛い…」
うっとりとそう言って首を傾げる…
この美系は危険だ。
どっちにでも転べる…そんな無限の可能性を秘めてる。
桜二の隣にピッタリと座って、彼の用意した朝ご飯を一緒に食べる。腕まくりしたシャツの袖を直してあげながら、彼を見上げて尋ねる。
「桜二?卵焼きは全部オレのだよね?」
「…食べたかったら食べて良いよ?」
食べたいに決まってる!
自分の目の前に卵焼きを持って来て、意地汚く全部食べる。
「んふ~、美味しい…桜二の卵焼き、好き~。」
そう言って桜二の胸に甘えてしなだれる。
そんな様子をリビングのソファからジッと見つめられ続ける。
刺すような2人分の視線を…オレは気にしないよ?
「桜二?どうして2人がここに居るの?」
桜二の顔を見上げて尋ねると、彼はたくあんをポリポリと食べながら言った。
「時差ボケで…寝れなかったんだって。それで、朝の5:00からずっとここに居る。」
マジか…知らなかった…
「迷惑だね?」
オレは小さい声でそう言って、お味噌汁を飲むとごちそう様をした。
お茶碗を洗う桜二の背中にくっ付いて、ダラダラと甘ったれる。
これはオレの毎日のルーティンだ。
まるで、兄ちゃんが居るみたいで…安心するんだ。
「あ~ははは!シロ、可愛いね?私もこんな甘ったれ欲しい!あ~ははは!」
そんな心穏やかな時間も…夏子さんと勇吾に大笑いされてバカにされる…でも、オレは気にしないよ?
「俺もシロに甘ったれて欲しいな…」
ポツリと呟く勇吾を横目に、桜二にグリグリと顔を押し付けて甘ったれる。
「卵焼きもっと食べたかったぁ!」
「ふふ…あんまり食べると、太っちゃうよ?」
「ん、やぁだぁ!」
「太っちゃうよぉ~?」
「太らない~!」
「豚ちゃんになっちゃうよ?」
「ならない!ならない!ならないも~ん!」
ふとリビングのソファに腰かけていた夏子さんが立ち上がってこちらを向いて言った。
「もう…お腹いっぱいだわ…」
その言葉にオレ以外の大人が大笑いする。
なんだよ…!フン!…でもオレは気にしないもんね!
「桜二?ファンクラブの会報が来ないんだ…どうしてだろう…どうしてだと思う?」
ソファに腰かけてテレビを見始める桜二の背中にくっ付いて甘ったれると、夏子さんと勇吾はダイニングテーブルに移動してオレのパジャマの柄について話し始める。でも、オレは気にしないよ?聞き耳を立てつつ、桜二に甘ったれ続ける。
「問い合わせてみたら良いだろ…?」
桜二が揺れながらそう言って、オレのお尻をポンポン叩く。
「ん、やぁだ、桜二がして?会員番号1808748だよ?ファンクラブに問い合わせてみてよ…ねぇ、桜二…桜二…」
「あの猫の柄はやばいよ…ハッキリ言って可愛くない。全然いけてないよ…」
「好きなんでしょ?ああいうのが…笑っちゃうけどね…ぷぷ」
聞き捨てならないな!
オレは桜二から離れると、2人の目の前に立って抗議する!
「このパジャマ、気に入ってるんだ!ずっと着てるやつなの。新しいのが出たら、すぐ買っちゃうくらい気に入ってるの。これ…見て?ブランドなんだよ?ほら、ほら…」
オレがパジャマのタグを見せると、2人はプッと吹き出して笑う。
オレは唖然としながら笑い転げる2人を見つめ続ける。
だって…ブランドだよ?
そんなオレの背中を撫でると、桜二が顔を覗き込んで言った。
「シロ?会報の問い合わせ…してあげるから、どこに掛けたら良いのか教えてよ…」
オレは慌ててファンクラブのしおりをリュックから取り出すと桜二に渡した。
「ここ…ここに掛けて?もう他の人は貰ってるんだよ?オレだけ来ないの…」
オレの入っているKPOPアイドルのファンクラブで、年に2回出される会報。
今回の会報には日本語で書かれた直筆のメッセージが載ってるんだ…。ツイッターで調べたら、他のファンの人には既に届いてるのに…オレにだけまだ来ていないんだ…こんなの、こんなの許せないよ!
桜二がファンクラブに問い合わせする中、オレは解せない表情のまま夏子さんと勇吾に近付いて、彼らをまじまじと見つめる。
オレのブランド物のパジャマを笑った…桜二に甘ったれるオレを見て笑った…笑いに飢えた…異国の労働者たち。
解せない…
「シロ、1番!」
夏子さんが突然そう言って手を叩いた。
「え…1番…?」
オレは咄嗟にバレエの1番のポーズをとる。
「なぁんだ、シロはバレエをするのか…!」
勇吾がそう言って笑うと、夏子さんがオレを見て言った。
「立ち姿…首の伸ばし方、足の付き方…姿勢の保ち方…手の伸ばし方を見たら、ピンときた。こいつはバレエをやってるって、ピンと来たのよねぇ~。」
ウンウン頷いて両手を組むと、夏子さんは立ち上がって厳しい表情で言った。
「シロ、2番!」
ヒィ!
オレが2番のポーズを取ると、夏子さんが手をオレの顎にぶつけて言った。
「もっと、首を伸ばす…」
ヒィ!…なんなのコレ!
夏子さんはオレの正面に来ると、首を傾げて言った。
「シロ、そのままの首の高さでピルエット!」
言われるままに回転してポーズを取ると、夏子さんが近づいてオレの手を叩く。
「この手の指先から、水滴が落ちていく…それをイメージしてもう一回!」
オレは素直に頷くと、もう一度ピルエットをまわってポーズを取った。
「可愛いな…!おい!」
そう言ってオレを抱きしめて頬ずりする、この人のテンションに付いて行けない…
「シロは素直で良い子だね?フン!ってもう言わないの?言わないの?お利口さんだね?変な柄のパジャマを着ていても、お姉さんは感動したよ?上手なピルエットだった。」
やった!プロに褒められた!
少し変わってるけど、この人たちはダンスのプロだ。こうやって指導を受けるのだって、陽介先生同様、タダじゃないんだよ?
それをタダで受けられるんだ…これは儲けもんだぞ?うしし。
「よし、じゃあ次は俺が良い事を教えてあげよう…」
そう言って勇吾が立ち上がった。
彼からの指導を受けれるなんて、それは素晴らしい!
昨日、一緒に踊って痛いほど痛感した、彼はオレなんかよりも断然上手で、断然いろいろな技術を持っている。そんな人が教えてくれるんだ…きっと凄い事に違いない。
オレはコクリと頷くと、真剣な目で勇吾を見つめた。彼は半開きの瞳をオレに向けて、にやりと笑って話し始める。
「手をグーにして…顔の前に持って来て?ここでポイントなのは、両手の高さを少しだけ変える事だ…重要だよ?」
ほうほう…
オレは言われるままに両手をグーにして顔の前に持って行く。
「手首のスナップが大事だ…良い?こういう感じで動かすの…出来るかな?」
ほうほう…
オレは真剣に勇吾の話を頷いて聞いた。
「はい!じゃあ…一緒に動かしてみて?」
言われた通りに顔の前で、グーにした手をスナップを聞かせて動かすと、勇吾が言った。
「にゃん、にゃん!あ~はははは!!」
屈辱的だな…
オレはすぐに問い合わせ中の桜二の背中に抱きつくとシクシクと泣いた…
「勇吾は意地悪だ!大嫌いだ…ウエ~ン…ウエ~ン…」
「あんまりおちょくらないでよ…可哀想じゃないか…!」
桜二がそう言って怒ってくれる。
そうだ…可哀想なんだ!オレを虐めると…兄ちゃんが怒るかんな!
ファンクラブの問い合わせの電話を終えると、桜二がオレの顔を覗き込んで言った。
「シロ?会報は随時発送してるって…だからもうすぐシロの所にも届くはずだって言っていたよ?」
「嘘だぁ…嘘だぁ!」
そう言って両手を振り回して暴れると、夏子さんと勇吾が爆笑する。
ん~~!
オレは桜二にグダグダに甘ったれたいのに…!!この2人がいちいち笑うから、恥ずかしくなってくるじゃないか!!
オレはソファに突っ伏して甘えることを止めた…
笑われると、徐々に自尊心が傷付いて行くって知った。
下らない朝のワイドショーを夏子さんと、勇吾と、3人でぼんやりと眺める…突っ伏してソファに乗せた頭を、まるで猫を撫でるみたいに夏子さんが撫でる。
「シロ?今日、先生の所に行くんだろ?送って行くから支度して…?」
桜二がそう言ってオレの背中を優しく撫でてくれる。
兄ちゃん…!
「兄ちゃぁん!意地悪されたの…シロ、意地悪されたの!」
オレがそう言って桜二に抱きつくと、彼は笑いだす2人から引き離して寝室に連れて行ってくれる。
「大丈夫…大丈夫…ちょっと悪乗りする人たちだけど、大丈夫だよ?ごめんね…」
兄ちゃんはそう言ってオレの背中を撫でる。
悪乗り…悪乗りで…あんな事をさせるの?オレは兄ちゃんのシロだけど…嫌だよ。
「も、もうやだぁ…あんな事したくない…兄ちゃんだけが良いの…」
オレはそう言って桜二の肩に縋って泣き始める。
どうして泣いているのか…何の記憶なのか…いつの気持ちなのか分からないまま、桜二の肩に縋って悲しい涙を出して泣く。
現実と記憶がごっちゃになって…団地の部屋が目の前に映る。
「…ごめんね。ごめんね。もうしないよ…シロ…ごめんね…。」
そう言ってオレの背中を撫でる兄ちゃんは…いつもの兄ちゃんなのに。
あの時の兄ちゃんは…”宝箱“の赤い首輪のウサギと同じ目をしてる…
兄ちゃん…
そのままクッタリと桜二に抱っこされたまま気絶する。
「シロ…可哀想に…」
そう言った桜二の声が耳の奥に届いた。
「二度寝なんてするから頭が痛くなるんだ。シロは本当に寝るのが好きなんだな!」
勇吾がそう言って頭痛に顔を歪めるオレを覗き込む。
発作を起こして、すぐに気絶から目覚めたオレは、桜二と向かい合う様にソファに座って彼の肩にもたれて頭痛が去るのを待ってる…
「やめて…?出禁にするぞ?」
桜二がすぐに勇吾を止めて、オレの着替えを手伝ってくれる。
なんであんなタイミングで発作が起きるんだよ…まったく!嫌になる…!
これから出かける支度をしなくちゃいけないのに…これじゃ拷問だ。グラングランする頭痛の中、桜二が構えて待つズボンに足を入れる。
赤ちゃんみたいじゃない!時間が差し迫ってるんだ。だから仕方が無くヨロヨロしながら彼に手伝ってもらいながら、支度をしてるんだ。
「桜二?エスメラルダのバリエーション…見たいって言ってただろ?一緒に来て?ちょっとだけ時間を借りて踊って見せてあげる。」
オレはそう言うと、目の前をクラクラさせながら桜二の後ろに流れる髪を指で解かした。キラキラした渦が目の前に張り付いて、桜二の顔が見えない。
「何それ…私も見たい!」
夏子さんがそう言って、オレのすぐ傍で大きな声を出す。
頭にキーンと音が響いて、目の奥が痛くなってくる。
「ヤダ…ダメ…絶対…」
目を瞑って桜二にしなだれかかると、夏子さんが言った。
「エスメラルダのバリエーションはタンバリンを使って踊る普通のバレエのバリエーションとは少し違う物。それは彼女がジプシーだと言うれっきとした証でもあるのよね?」
そうだ。彼女はジプシー。お姫様でも、気立ての良い娘でも無い。異色の者として見られる、ジプシーだ。彼女の力強い踊りと、タンバリンの音、鋭い視線に、自分を重ねて踊ると…彼女の強さを分けて貰える気がする…だから、好きなんだ。
「ふふ…そうだね。彼女は特殊で、特別なんだ。」
オレはそう言うとにっこりと口だけ笑って夏子さんの同行を許した。
「俺も行っても良いだろ?もう笑わないよ?」
ふふ…
予想外にしおらしい声を出す勇吾に、わらけて来る…
「良いよ。勇吾もおいで?」
オレはそう言って勇吾に笑いかけると、心配そうに見つめる桜二を見上げる。彼の首に顔を埋めて、彼の匂いを嗅ぐ。
別に笑われるのが嫌な訳じゃない。笑われたから発作が起きた訳じゃない…
自尊心が少しだけ傷付いて、桜二が優しく撫でたあの手がきっかけになって…オレは兄ちゃんの記憶を断片的に思い出した。
それはオレが覚えていない記憶…
あの団地の部屋で、中学生くらいのオレが…知らない男達にまわされていた。男の体越しに見えた光景の中に…あのウサギと同じ目をした兄ちゃんが、口元を歪めて笑っていた…
男たちが居なくなった後、兄ちゃんはオレの体を抱き寄せて、泣きながら謝った。
まるで幼い頃…母親の客の相手をした後の、オレを慰めた時の様に…優しく体を包み込んで、オレに謝っていた…
頭から消し去る様に首を振って、ストレッチをする。
今回の頭痛は思い出した記憶と反比例する様に軽い…ふふ。
「もう良くなった!」
オレはそう言って桜二に抱きつくと彼の優しい手に撫でて貰う。
この記憶は…オレの物じゃない。きっと、勝手に作られた物だ…
そうだろ?兄ちゃん…
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