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ある夜の出来事 ―非常階段にて⑥
『周りからもあまり祝福されてない気がずっとしてるんだ。カズキさんは才能もあるし・・・なんで、相手が私なのって感じで・・・』
眞門は胸が詰まった。
愛美が兄として慕う自分にどうしてこんな話を打ち明けてきたのか?
愛美が何を求めているのか、答えがすぐに分かったからだ。
ついにこの時が来たのか、と、腹をくくる。
「・・・俺、言ってなかったか?」
『え?』
「まだ、言ってなかったか・・・」
眞門はようやく、今夜、失恋することを選んだ。
これが兄としての当然の役目なんだ、と、何度も何度も自分に言い聞かす。
「・・・結婚おめでとう。とってもお似合いのふたりだよ。カズキさんに幸せにしてもらえよ」
『・・・お兄ちゃん、ありがとう』
愛美はとても嬉しそうな声だった。
眞門はその愛美の声にまた胸が詰まった。
今度は違った涙が込み上げてくる。
「それじゃあ、俺、もう仕事に戻らないと」
『なんだか、おかしな話で大事な時間を使っちゃってごめんね。それじゃあ、頑張ってね』
眞門は自分の思いを悟られない内に急いで通話を終了させた。
眞門はあふれ出そうになる涙をグッと抑え込んだ。
俺は優秀なDomだ。
Domは強者。
優秀なDomに涙なんか縁はない。
涙を簡単に流すような弱いDomにSubは守れない。
小、中、高で学んだDomの教育だ。
眞門は通話が終わったスマホに向かって、「・・・さようなら」と、愛美の代わりにして、長かったこの恋に別れを告げた。
「・・・イヤだ」
胸の中にいた若い男がそれに反応するように声を出す。
「えっ・・・」
「イヤだ、そんなの・・・俺から離れないで」
「イヤ、今のはキミにじゃなくて・・・!」
若い男は慌てて両膝で立ち上がると、今度は眞門を自分の胸の中に抱きしめる。
「!」
「俺は離れないから・・・お願いだから、離さないで・・・」
「・・・・・」
突然のことでどう表現して良いか分からないが、裸の青年の胸に抱きしめられた眞門はとても気分が良くなった。
なんだ、これ・・・?
おかしいだろう、これ・・・?
Subに抱きしめられて、Domが慰められるなんて・・・。
普通は逆だろう・・・?
そんな戸惑いに襲われながらも、眞門は心が求めるままに若い男の背に腕を伸ばすと、強く抱き寄せて、若い男の胸の中に少しの間、自ら顔を埋めた。
そして、力ずくで抑え込んだはずの涙が自然とあふれ出てくると、若い男の胸の中で静かに泣いて、愛美への想いを全てここで流してしまうことにした。
「泣いてるの・・・?」
涙を感じ取ったのか、若いSubの男が聞いてきた。
「ああ。悪い・・・Dom失格だな・・・」
「俺のせい・・・?」
「いや」
「ごめんなさい」
「キミのせいじゃないよ」
泣き止んだ眞門は顔を上げると、若い男を見つめた。
「キミ、名前は?」
眞門の瞳がサーモンピンクに染まった。
とても優しいGlare の放出。
「・・・好き、その瞳」
「ありが・・・と・・・」
眞門が全てを言い終える前に、若い男は眞門に突然、口づけをしてきた。
青年の唇が放れると、眞門はまだサーモンピンク色の瞳のままで若い男に問いかけてやる。
「急にどうしたの?」
「ごめんなさい」
「怒ってないから答えなさい」
「だって・・・好き・・・」
「そっか・・・俺のこの瞳の色が好きか?」
「好き・・・すごい好き・・・優しい色・・・大好き・・・」
そう言うと、また若い男は眞門に口づけを始める。
眞門はそれをそのまま受け入れてやる。
そして、ゆっくり、唇が放れる。
「で、キミの名前を教えて」
「星斗」
「キラト?」
「渋谷星斗」
「星斗クンか。素敵な名前だね。俺は眞門知未。星斗クン、今夜はどうしたいの?」
「あなたと離れたくない。ずっと側に居たい。俺を離さないで」
「わかった」
眞門がそう答えてやると、星斗と名乗った若い男がまた眞門に熱烈な口づけを始めた。
これが星斗と眞門が出会った夜の出来事の始まりだった。
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