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拓未と青司

五階建てのビルの最上階のワンフロアを住居用に改装し、そこを別宅として生活している眞門の父、拓未が今朝もキッチンでコーヒーをカップに注いだ。 スマホが着信を知らせた。 相手は息子の知未と表示されてある。 通話に出ようと試みるが、背後に人影を感じた。 「行儀が悪いぞ」 何者か分かったのか、背後に感じた人影に向かってそう注意すると、拓未はスマホの着信音を消音した。 拓未は振り返ると、「誰が入って良いと許可した」と、更に注意を重ねる。 そこには悲壮な顔をした青司が立っていた。 「どういうことですか? 私とはもう二度と会わないって」 青司はそう言うと、納得がいかないとばかりに拓未を睨み付ける。 話が長くなりそうだと感じたのか、拓未はコーヒーカップを持つと、リビングにあるソファに移動をし、腰を下ろした。 「今日の日付を持って、会社を辞めてくることが出来ました。これで考え直してくれますか?」 「・・・・・」 「私があなたの命令にすぐに従えなかったから、こんな仕打ちをされるんでしょうっ! なら、謝りますから。謝りますから、どうか私を捨てないでください!」 青司は必死の思いで訴えると、床に手を突いて、深々と頭を下げた。 「・・・青司。私はマスターだ。何度言ったら分かる。パートナーにはなれても、そういう間柄にはなれないと」 「それはっ!」 青司は拓未のそばに駆け寄ると、目の前で跪いた。 「相手がSubの場合でしょう。私はSwitchだ。僅かに望みはあるはずだ!」 「青司・・・」 拓未はほとほと困り果てた、愛想を尽かしたような顔を浮かべる。 「お前がこんなに諦めの悪い奴だと思ってなかったよ・・・あれはたかだか大人の遊びじゃないか・・・」 「それは・・・あなたが何も分かってないからだっ!」 想いが届かない青司は悔しそうな顔を浮かべた。 「私は、この先にまた同じような希望が見つけられる程、もう若くはないんです! だから、この出会いに全てを賭けるんですっ! こんなに恋焦がれる相手にはもう二度と出会えることはないっ!」 青司は瞳に涙を浮かべると、 「あなたが初めてだったんです。初めて思えたんです。この人の前でなら、何度でも跪きたい。あの衝動がどんなものだったかあなたに分かりますかっ!」 と、胸の内を精一杯で叫ぶ。 「やっと見つけた。そう思ったんです」 「・・・・・」 「あなたには分かりますか? 私はSubじゃないっ、Switchだっ! なのに、どうして、Domの前では私ばっかり跪かないといけないっ。どうして、Subには私ばかりが与えなきゃいけない! 今日はそんな気分じゃない、嫌だと叫びながらもそれらを求められれば与えなきゃいけない。与えられなければ最後、容赦なく捨てられる。『Switchはこれだから・・・』。いつもこの捨てセリフ。あなたにこの屈辱が分かりますか!」 「・・・・・」 「だから、どいつもこいつも私の前に跪かせてやろうと思ったんです。この世のあらゆる者達を」  「だから、お前が本当に欲しいものは、私ではなく、私の権力なんだろう?」 「だから、あなたを前にしたら、そんなものどうでも良くなった、と何度も言ってるじゃありませんか!」 と、青司は声を大にして叫ぶと、 「どうして信じてくれないですかっ! 会社だってあなたの命令通りに辞めてきたじゃありませんかっ! 私があの会社で権力を持つためにどれだけ汚いことをしてきたと思っているんですか! それを全部、あなたを愛していることを証明したいがために、無にしてきたんですよっ!」 と、拓未への思いを訴える。

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