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第6話「機嫌」

「まあ、その、、ちょっとならいいよ」 コツン、と額がぶつかった。 義人からしてみても、藤崎と言う人間はこう言ったときのおねだりが上手い。 腰に回された手はいつの間にかTシャツの中に入り、浮き出た骨盤を撫でている。 (えろい、、) ただキスをせがんでいるだけなのだが、迫り方が上手いのだろう。 藤崎の押せ押せな雰囲気に、義人は呆れつつも応えるように彼の頬に手を添えて、親指でゆっくりと唇を撫でてやった。 「我慢できなくてごめん」 「いいって、、その、俺も、今、したいから」 「だから音楽かけてるの?」 「え?」 ドアの方から聞こえてくる最近2人でよく聴くリストの曲。 確かに、会話を聞かれたくなくて音で話し声を掻き消すためにかけていたのだが、2人きりになった時点でキスくらいはするだろうな、と義人の中では初めからそこまで予想の範囲にはあった。 「するかな、とは思ったけど、別に、」 別に、音が響くようなねちっこいキスをするつもりはない。 そう言いかけてやめた。 したいな、と思ってしまったのだ。 「ふふ。可愛い。俺とキスしたかったんだ」 「そういうことじゃな、んっ」 ちゅ、と唇が重なり、義人の反論は掻き消されてしまった。 部屋の中に流れている曲は明るい応援歌のような歌で、あまりにも2人の今の雰囲気には合わない。 「ベロ出して」 「ん、」 ああ、やっぱりそう言うのもするのか。 だったら音楽をかけていて良かった。 軽いキスでは終わらず、藤崎は義人の上に覆い被さって見下ろし、彼が突き出した舌に愛しそうに吸い付いた。 「んっ、、はあ、ん」 聞こえてくる音楽よりも、口の中で舌の絡む音の方が大きく頭に響いている。 舌を吸われるたびに腰を跳ねさせていると、落ち着かせるように藤崎の手がTシャツをめくって、また骨盤を指先で撫でていく。 (逆効果なんだよ、それ、、ッ!) ビクッ 「ンッ」 撫でつけてくる指先の、触れるか触れないかと言うフェザータッチがむず痒くて、義人の身体が震えた。 「好き」 「ん、ふっ」 「好きだよ」 そんなもの、聞かなくても分かってる。 言われなくても、藤崎自身の行動や義人の扱い方で、他の誰とも比べようがない程に愛してくれているのだと言うのは自覚できる。 この2年間で毎晩のように抱かれた記憶や、毎日笑い合ってくれた事、くだらない喧嘩の末の仲直りの仕方も、どれもこれも愛されていたのだから。 「俺だけの人でいて。義人」 「ん、ごめん、ん、ぁ、不安にさせた、ごめ、ん」 「好きだよ」 藤崎がヤキモチを妬く事自体が珍しいのだが、どうやら珍しい代わりにそのヤキモチ1回分は相当彼を不安にさせたらしい。 脳内で義人が自分しか好きではないのは充分に理解できているだろうが、里音に好き放題された事が謝られても納得いかず、消化不良を起こしている。 「ンフッ、んっ」 だからだろう。 友人が家にいるときに、こんなにしつこくキスされた事はなかった。 音楽のおかけで向こうの部屋にこの舌を絡め合う音や義人の吐息は聞こえないものの、少しやり過ぎと言うくらいに彼を求める藤崎の行動は止まらなかった。 「俺、も、好きだよ、久遠」 今度は義人が彼を落ち着けようと、ゆっくり頬を撫でた。 乾いた指先で触れると、シュルシュルと肌の擦れる音がする。 「可愛い、好きだ。好きだ。傍にいて。好きだよ、義人。俺だけ見て」 「ん、、んっ、ん」 余計にキスが激しくなってしまい、義人は困惑して藤崎の身体を押し返した。 息をさせてもらえない。 まるでセックスの前にする激しいキスのようで、慌てて彼の唇から逃れ、横を向いて息をした。 「ッ、はあ、はあっ、、ん、戻、らないと、」 「セックスしたい」 「え!?」 冗談ではない、熱のこもった声だった。 「んっ、、!」 ちゅ、ちゅ、と首筋にキスをされ、べろんと顎の下を舐められる。 エスカレートしてきている藤崎に、これは本当にヤられかねない、と義人は彼の肩を叩いた。 できるわけがない。 隣の部屋には友人達がいるのだ。 「だめ、それは、、ん、ダメ、だ。ダメだから、久遠」 「んん、、」 納得できないらしい。 不機嫌そうに喉の奥で唸られ、義人は眉尻を下げて息をついた。 困った。 藤崎は義人の上に覆い被さったまま、自分を見上げてくる彼を見つめ返して顔を近づけ、スリ、と鼻先を擦り合わせる。 ヤキモチはまだ治らないらしい。 「後で!な?」 「今」 「あーとーで。聞き分け悪いな」 呆れた義人が伸ばした手に擦り寄る。 大きな猫のように見えた。 「分かった、、後で。みんなが帰ったらすぐね」 「っ、、分かった」 「ん」 そう約束すると、やっと上から退いてくれた。 かれこれ寝室に入ってから30分は経ってしまった。 義人は棚の上にある目覚まし時計を見て14時少し前だと確認すると、藤崎に手を引っ張られてベッドから起き上がる。 寝転がっていたのがバレないように、軽く自分の髪の毛を整えておいた。 (あ、まだちょっと怒ってる) 同じように時計を眺めている藤崎の横顔を見て、義人は苦笑した。 「久遠」 「ん?」 まだ少しむくれている彼が面白く、微笑みながら話し掛けると、5センチ上の深い茶色の瞳がこちらを見下ろした。 「久遠だけだよ」 「、、ほんと?」 当たり前だろうが。 手を伸ばすと藤崎は嬉しそうに義人を抱き締めに近づいて来る。 ぎゅ、と腕に収まると、義人は藤崎の肩に顎を乗せ、ハー、と気が抜けたように息をついた。 「俺が好きなのは、久遠なんだよ」 「、、うん」 お互いに顔は見えないが、これでやっと、藤崎の機嫌が直ったのだけは分かった。 リストにある曲が全て終わったのか、携帯電話から流れていた音楽が止まる。 1、2分は、そのまま抱きしめ合っていた。

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