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第121話「制限」

グー、パー、と手を握ったり開いたりして見せたが、どうにも親指に力が籠らない。 完全に折り畳む事ができず、かと言って開き切る事もできず、義人は自分のそんな手を見て困ったように笑ってしまった。 「薬効いてるから分かんないけど、多分切れたらかなり痛い。でも頑張るよ、リハビリ」 「一緒に頑張るんだよ」 「うん。久遠と一緒にやるよ」 コツン、と額を合わせて目を閉じる。 義人の身体が前と変わってしまった事も、こんなに悲しい結果になってしまった事も、藤崎は正直、解せない気持ちがあった。 誰が悪かったと責める気はないが、自分を含め色濃く関わった全員が悪かったとも思う。 それを口に出す事はないが、義人がこうやって困ったように笑うのが今は少し切なく感じられた。 「好きだよ」 鼻先を擦り合わせて、ちゅ、と軽く口付ける。 言葉でも行動でも、前以上にそれを伝えようと思った。 「うん。俺も好きだよ、久遠」 不安そうな彼を右手で抱き寄せると、義人からもキスをした。 それが嬉しかったらしく、藤崎は我慢できずにべろんと彼の下唇を舐める。 「ん、?」 「ダメだ、我慢できなくなりそう」 「我慢しろよ、、俺だって、抜いてないんだし」 「、、、」 視線を泳がせながら、義人は多少もごもごしながらそう言った。 少し赤くなった頬まで可愛らしく見える藤崎は、「そう言うこと言われると余計に、、」と思いながら、我慢できなくなって強引に義人の唇に舌をねじ込む。 「ん、むっ、」 「ごめんね」 「ぁ、んっ、、ふっ、」 トン、と肩を押されると、斜めに起こしていたベッドのマットレスと枕に背中を押しつけられ、藤崎を見上げる形になる。 「くお、んっ」 我慢できない。 散々我慢したから。 藤崎は義人の痛まない右手首を押さえつけ、思わずグッと力を入れていた。 失いそうになった体温が目の前にちゃんとあるのだと確認するような行動に、やはり、藤崎にもある種のトラウマを植え付けてしまったのだと義人の心は締め付けられる。 「っ、はあ、あ、」 「義人」 「うん、ん、」 返事を返すとすぐに唇を塞がれる。 絶え間なく続くそれが切なくて、また藤崎を苦しめてしまったんだと思うと悲しくて仕方がない。 けれどもう、死にたい、とは思わなかった。 「ん、久遠っ」 「ッ、ごめん、痛かった?」 一緒に乗り越える。 左手の事も、2人分のトラウマも。 そう前向きに考えられるようになっていた。 「違くて、あの、手、」 「うん」 唇を離した藤崎は自分が夢中になってキスをしてしまっていた事に気がつき、義人への配慮がなかったと焦りながら彼の顔を覗き込む。 義人は嫌がったわけではなく、久々の激しいキスで少し酸欠になり顔を真っ赤にしながらも、藤崎に向かって右手を伸ばした。 「押さえるんじゃなくて、握って、欲しい」 「あ、、」 手首を押さえ付けられていたのが寂しかった。 義人にそう訴えられて、藤崎は眉間に皺を寄せて泣きそうな顔をしながら、今度はゆっくりと彼の右手に自分の左手を重ねて指を絡め、ぎゅっと握り合った。 「義人、」 「久遠、キスして」 「義人、好きだ。好きだよ、」 「ん、」 再び唇を重ねると、必死に舌を絡め合った。 決して交われないけれど、埋め合うようなそのキスで段々と満たされていくのが分かる。 「んっ、はあっ、ん、、んっ、んっ」 甘い吐息を溢しながら、角度を変えて何度も深く求め合い、たまに義人がツンと出した舌を藤崎が吸い上げて、しゃぶりつく。 今度はねっとりとした、ねっちこい、いつものキスだった。 「っふ、はあっ、、ん、久遠、勃った。ごめんちょっと、布団退けて、痛い」 「ん?」 繋いでいない右手で義人の下半身にかかっている布団を退ける。 「ッ、」 彼が言った通り、履いたパジャマのズボンの布を持ち上げて、義人のそこは勃起していた。 藤崎は高まってくる欲求を抑えるようにそこから視線を外して、グッと義人に寄りかかり、ふう、と息をつく。 「ごめんな、、はあ」 「いや、ごめん、見たら勃ちそうで」 「え」 「俺だって4日も我慢してるんだよ」 肩に藤崎の顎が乗っているので、彼が喋るとカクンカクンと動く顎で身体が揺らされる。 繋いだままの右手で藤崎の手をギュウッと握ると、義人も真似をするように彼の肩に顎を乗せて、自分の股間の熱が治まるのを待つ事にした。 「俺も、早くシたい」 「可愛いこと言わないでよ。襲うよ」 「怖ッ」 クスクスと笑い合う。 「早く帰って来て。いっぱい抱くから」 「ん、わ、分かったから、あんまそう言うの言うなって」 「ふふ、うん。ごめん」 「今日は家、1人?」 「そうだよ」 昭一郎が持って来てくれた荷物の中にはパジャマと下着や、暇つぶし用にと義人の部屋から持って来た小説やら漫画やらが少しだけ入っている。 義人がベッドの左側に寄ると、藤崎は靴を脱ぎ、ベッドに上がって彼の隣に座り足を掛け布団に潜り込ませた。 クーラーがついている部屋は涼しくて、掛け布団に入るぐらいなら暑くはない。 それよりも義人と密着できる時間が嬉しかった。 「充電して帰る」 「え?携帯?」 「ふはっ、違うよ。義人を充電するってこと」 「ああ、何かと思った」 起こしたマットレスに横向きに寄り掛かると、義人の頭の後ろにグイグイと腕を差し込む藤崎。 いつものように腕枕がしたいのだろうと頭を少し持ち上げて、義人は素直にそれに応える。 「何してもムラムラすんなあ、、」 「やめろ」 悩ましい藤崎は義人を抱き寄せて、義人は困ったように笑った。 「明後日どうする?」 「ん?」 「実家かこっちの家、どっちに帰ってくる?」 「あ〜」 藤崎は別段気にした様子はなかったが、未だに会えていない義昭のこと気にして、義人にどちらでも良いよ、と言う顔を向けた。 今1番会って話がしたいだろうし、義昭もきっと義人を待っている。 そんな気がしたのだ。 どっちにしろ、藤崎はもう義人から離れる気はない。 何かあってからでは遅いと言うのが身に沁みて分かった今、状態の分からない義昭と義人を引き合わせて放っておく事はできないのだ。 「どっちにしろ、そばにはいたい」 「うん」 「でもお義父さんと話したいでしょ?だから、その気なら義人の家までついてくし、無理矢理にでも泊めてもらうし、話す場にもいたい」 「うん、そうだよな。うん、」 義人は頷きながら、同じようにマットレスに寄り掛かっている藤崎と見つめ合った。 「久遠と離れたくないから、それだけは話しに行こうかな。その後のこととか、親とどうやって折り合いつけていくかとかは、ゆっくり話してく。時間かけて、回数分けて」 「うん」 腕枕をされながら、少し眠そうに話す義人の頬を撫でる。 藤崎は、彼が生きていて良かった、とまた思っていた。 こんなに穏やかに、ずっと目を背けていた問題と向き合う気力をつけてくれたのだから、と。 「久遠」 「ん?」 「一緒にいたいよ」 「、、、」 何故だか泣きそうな顔をする義人に、藤崎はふわっと笑って口を開いた。 「何つー顔してんの?本当に襲うよ?」 「はあ?」 「一緒にいようよ。ずっと」 「、、うん」 その言葉に安心したのか、ふう、と安心したように息をつく。 もう点滴に繋がっていない左手をゆっくりと藤崎の腰に回すと、義人は目を瞑った。 「少し寝る?」 「ん、、いま何時?」 「7時半」 「んん、寝ないけど、、帰んないで」 「俺もそうしたいよ」 眠そうにしながらも、あと30分しか一緒にいられないのだと思うと目が冴えた。 暫くベッドに横たわったまま、2人は向かい合ってツラツラと何でもいい話しをしていた。 それが、入院2日目の事だった。

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