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第122話「訪問」

3日目の午前中、藤崎は朝一番から来る事ができず、用事を済ませてから会いに行くと連絡が入った。 (何だろ?まいっか。暇だな) 朝ご飯を食べ終わり、少し院内を歩いたりして気晴らしをした義人は自分の病室に戻り、昭一郎が入れておいてくれた小説を荷物から取り出して読み始めた。 「、、、」 結城一三と言う著者は義人のお気に入りで、恋愛小説も多く書いているのだが、何気ない日常を書いて集めたショートショートが好きだった。 ベッドの上に戻り、左手を使わないようにしながら本を読み始める。 文庫本だと片手で持てるしページを開いていられるので楽だ。 明日になったら一度は実家に戻り、両親と話しをしよう。 もちろん、藤崎も一緒に。 義人はそんな事を考えながら文字を追った。 前とは違い、振り切れた彼には義昭がどう思うかとか言う不安は浮かばなかった。 理解されるまで、あるいは諦めてくれるまで、自分がそう言う生き物なのだと藤崎と一緒に伝え続ける。 それだけを考えていた。 コンコン 「?」 午前10時28分。 面会時間が始まってから30分程が過ぎると、突然、病室の引き戸がノックされた。 (藤崎?) いつもなら「あと10分で着くよ」とか連絡をくれる筈なのにな、と一瞬首を傾げる。 「はい、、どうぞ」 何となく、藤崎ではないような気がしてそう言った。 スーッと静かに扉が開くと、病室のベッドを囲む淡い緑色のカーテンを開けたままにしていた義人からは、入り口に立つその人物がよく見えた。 「、、お父さん」 「おはよう。入ってもいいか」 「あ、うん」 そこには義昭がいて、いつも外に出かけて行くときに来ているシャツとズボン姿で立っていた。 (びっくりした、、) 義人から望まねば会えないだろうと思っていたし、病室に再び来てくれる事もないだろうと思っていただけに、突然の義昭の訪問に義人は心臓をビクビクさせている。 恐ろしいかと言われればそうではないが、急すぎて向き合う為の心の準備ができていなかった。 義人に許可を貰って病室に入った義昭は部屋の中を見回し、ちょこんと置かれた小さな冷蔵庫を見つけて近づいて行く。 「?」 「プリン買ってきた。入れておくから」 「え、ありがとう」 「うん、、」 気まずい。 義昭自身、本当に来ようと思って来たのかと言う程に挙動不審だった。 いきなり部屋の奥にある冷蔵庫まで近づいてパカッと開けると、プリンの入っている紙袋ごと中に入れ、これでは何か違うな、と一旦出してプリンだけを入れ直してから、何故かプラスチックのスプーンまで一緒に中に入れた。 (どうしたんだろ) 義人は一連の流れを心配しながら見守り、見事にスプーンも冷やし始めた父を見てギョッとしている。 「義人」 「、はい」 義昭は落ち着かない様子で彼へ振り返り、「座ってよ」と言う声に流されるようにして、ベッドの隣の椅子に腰掛けた。 「どしたの」 「いや、、あ、藤崎くんは」 「今日はちょっと遅くなるんだって」 視線が逃げて行く。 分かりやすく気まずそうな義昭に、義人は少し笑いが漏れた。 「そうか、、そうか。毎日来てくれてるのか」 「うん。家に1人なのが嫌なんだって」 「そうか、い、良い子、だな」 「?」 何を無理しているのだろうかと義人は首を傾げる。 「、、お父さん」 「うん?」 「これ、、腕、切ってごめん」 「え」 いきなり1番話しにくい話題を口にした義人を目を見開いて見つめると、カチャ、とメガネを押し上げて、義昭は咳払いをした。 「いや、それは、、それは、お父さんが、」 「死のうとしてごめんなさい」 「っ、」 言葉を詰まらせる父に、義人は穏やかな表情で話し始めた。 「お父さん達がきっと受け入れられないからって、ずっと、藤崎と付き合ってるのを黙ってたのも、ごめんなさい」 「、、、」 「どうしても否定されたくなくて隠してた。絶対許してくれないし、お父さん達は俺が普通に結婚して子ども作るの待ってるだろうなあって思ってたんだ」 何もかも、義人が言う通りだった。 こんな事にならなくても、昭一郎から駅で見た義人の話を聞かなくても、普通に義人が藤崎を連れて来て「付き合ってます」と言ったとしても、きっと自分は彼らを受け入れなかった。 今回と同じように、騒ぎ立てて、否定して、決して許さず理解も示さなかっただろう。 義昭はそんな自分の姿が想像できて、思わず黙り込んでしまった。 「ごめんね。でも、、俺の気持ちも、聞いて欲しかった」 そう言って笑った顔はやはり咲恵に似ている。 小さい頃からそうだったなあ、と義昭は肩から力を抜いた。 そうだ。 自分は息子とこういう話しがしたかったから、家族に黙って今日はここに来たのだ。 「今からじゃあ、ダメか」 「、、、」 義昭は今日、勇気を振り絞ってここまで来た。 義人の様子も気になって、もし藤崎がいたら彼とも少し話してみようと思って、色々と思うものがあって病室を訪れたのだ。 「まだまだ、正直、理解ができない。言ってしまえば、気持ちが悪い、、でも、義人は、お前は、私の息子なんだ」 ほんの少し苦しそうな表情をしている。 義人は話す父親をただジッと真剣な目で見つめていた。 「息子が急に、違うものになってしまったような気持ちがしたんだ、だから、焦るのも、俺としては分かって欲しい」 「うん」 「理解するまで時間がかかるし、受け入れるのはもっと時間がいる、、それでもいいなら、教えてくれないか」 「うん」 「藤崎くんがどんな人で、お前がどうしてそんなに、彼といたいのか、、」 義人は口元に緩く笑みを浮かべて、静かに、コクン、と頷いた。 それから義人は義昭の様子を見ながら、ゆっくりと自分の事を話し始めた。 麻子や、彼女よりも前に付き合っていた女の子達に対してどうしても友情以上の何かを抱けなかった事や、今はそれを反省している事。 そして藤崎と出会い、彼と付き合う事になった経緯や、彼の気遣いや優しさ、自分が見てきたものをありままに。 「そうか、麻子ちゃんとはそうやって別れてたのか」 「うん、、正直ショックだった。でも俺も悪いし、あ、こないだ会ったんだ。たまたま」 「うん」 「向こうもごめんって言ってくれたから、俺もごめんって言えた」 「そうか」 話し終えると、義昭は思っていたよりも穏やかで落ち着いていた。 途中でプリンと一緒に買ってきてくれたらしいペットボトルのお茶を2人で飲みながら、気まずい雰囲気もいつの間にかなくなって、数年ぶりにこんなに長く親子で話し込んでいる。 「藤崎くんはすごい子なんだな」 「まあ、食べ物の好き嫌いとかは酷いけど、それ以外はまとも」 「ふうん、、その、周りの子には変な目では見られないのか」 「んー、さっき話した入山は、入山の彼氏も前は男と付き合ってたからか、全然引かない。あとは藤崎繋がりでできた友達だけど、別にって感じ。あ、写真あるよ」 「え」 義人は携帯電話に保存してある写真フォルダから、いつものメンバーが全員で映っている写真を探して見せた。 2年の芸術祭のときのものだ。 「これ、ここ、俺ね」 「ああ、うん」 携帯電話を持った義人が左手を使わないようにしている事を気にかけつつ、メガネをかけ直した義昭はその画面を覗き込んだ。 寄せ集まって皆んなで笑っているその写真は、どこも、何も、その辺の大学生と変わらない日常の風景だった。 「隣が藤崎」 「え?」 「髪の色違うんだよね。いつもはこれ。もっと明るい。黒髪似合わないんだよ」 「んん、そうか。ふうん、、やっぱり格好良いんだなあ」 「顔はね、、で、その隣が藤崎の妹」 「妹さん、、ふうん」 気になったのかな、と思って、義人は里音にも告白されていた事を義昭に話した。 やはり驚いた顔をしていたのだが、「でも藤崎とは違うんだよ」と言う彼の一言を聞くと、父親は「そうか」と薄く笑った。 「で、その隣が滝野洋平。こないだ家に来てくれてた」 「ああ、あの、スッキリした顔の子か」 「あー、スッキリね、何か分かる。隣の金髪が瀬尾光緒、、あ、違う。大城光緒。うちの大学の教授の息子なんだ」 「ふうん、、」 「で、俺のこっちの隣が入山楓」 「んー、義人はこういう子がタイプなんだと思ってたなあ」 「え、違うよ。麻子とも全然違うじゃん」 「うーん、そうか」 「ふはっ、違うって。でね、その隣、これが遠藤。遠藤敬子」 「ふうん」 「遠藤はねー、怖い。し、よく分かんない。藤崎と仲良いんだ。いつもふざけてる」 「んん、、」 「でも良いやつなんだよ。ちゃんと皆んなのこと見てくれてるし」 「、、はあ、たくさん友達できたなあ」 「あはは。それなりにね」 立てた膝の上に携帯電話を何とか置いて、1人1人、画面の中で拡大して顔を見せる。 それが終わると、義昭は腕を組んで背筋を伸ばし、またカチャ、と眼鏡を指先で押し上げた。 (こんなにたくさん女の子がいても、告白されても、義人は彼が良いんだなあ) 義昭はどこか寂しくなりながらも、取り乱す事はなく、義人の話しを全て聞き終えた。

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