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11.昇る月

 このような行為はもっと性急なものだと思っていた。  溶けたような、けぶったような頭の片隅でアピアンはそんなことを考えている。さっさと抱け、などと勇ましく命令したはいいが、心の一部は逃げ出したがっている。  全裸になった騎士をアピアンはまともにみられない。いまその肩はアピアンの膝のあいだにあり、広げられた太腿を騎士の髪がこすっている。彼の唇が動くたびに水音が響く。こんなふうに濡れた音をアピアンはこれまで、一度もきいたことがない。 「あ、あ……あ……」  たまらず漏れてしまう自分の声をセルダンは聞いているのか。騎士の口は独立した生きもののように動き、敏感な先端から裏側まで、アピアンの中心を咥えて舐め、吸いあげる。自分の中で衝動が高まり、あっという間に追い上げられるのをとめられない。アピアンが腰を揺らして放った雫をセルダンは口でうけとめる。こんな夢はみたことがない。  湯がこぽこぽと湧く音がきこえる。セルダンに誘導されるままアピアンは堅い小さな寝台にうつぶせになる。ふいに、この浴室はこんな――淫靡な行為の目的のために設計されたのではないかと思い至り、頬が熱くなる。ここで体をほぐしてもらうなんて、二度と無理だ――が、そんな小さな考えはセルダンの舌と吐息に耳朶をしゃぶられたとたんに消えうせる。アピアンが一度達したあとも、セルダンは遅れてあらわれる月のようにじりじりする愛撫をとめようとしない。  アピアンの敏感になった皮膚は男の舌が這うたびにふるえ、背後から手を回されて両の乳首を弄られると、下肢がまた熱をおびる。うつむいた視界はせまいのに、皮膚の感覚は無限にひらかれて、唾液で濡らされた尻の割れ目にとろりとした液体が流れるのがわかった。香油の匂いをアピアンはかぐ。 「力をぬいて。息を吐いてください」  騎士がささやいた。体内に異物が侵入する感覚にアピアンは体をこわばらせたが、セルダンは容赦しなかった。アピアンの耳朶を噛み、耳穴を舐めながら、指で奥をさぐっていく。騎士の舌が嬲るのはうなじや耳なのに、アピアンの体のいたるところが呼応するかのように震える。 「こん……な……に――」  ひたいを寝台につけたまま、アピアンは切れ切れの言葉を漏らす。 「必要なのか――?」 「ええ。あなたが傷つかないように」  背中に触れる騎士の声が熱っぽい響きを帯びた。聞いたことのない声音だった。 「セルダン、おまえはずいぶん慣れ――あっ、ああ……」  奥がさらに広げられたように感じた時、唐突にしびれたような快感が腰から背をつらぬいた。同じ場所を何度もこすられるたびにびりびりした感覚がはしり、体が勝手に動くのをとめられない。 「ああ、あ、ああ、セルダン、セルダン――」  叫んだとたんに圧迫が消えた。アピアンは息をついていた。自分の中にあんなふうに感じる場所があったなんて、信じられない。  背中にずっしりと重みがのしかかる。腰に――尻のあいだに当たるのは自分のものでない熱く堅い欲望だ。うつぶせのままアピアンは唾を飲みこんだ。これが…… 「セルダン、来い」  しかしアピアンに覆いかぶさった男はじっとしている。 「セルダン」  アピアンは焦れて名を呼んだ。とたんに重みが消え、腰をもちあげられた。侵入してくるものの大きさに痛みを感じたのは最初だけだった。その後はさっきとはくらべものにならない圧迫感に息がとまりそうだ。セルダンが「ああ……」ともらした声がひどく遠い。 「……殿下……」  殿下はやめろ――という思いを口に出すゆとりはなかった。楔がさらに奥をえぐったとたん、さっきと同じ快感が全身を揺さぶった。今度のアピアンは自分が声をあげたのすらわからなかった。突き上げられ、揺さぶられるたびに快楽の波がやってくる。酒に酔ったのともちがう宙を浮かぶような感覚に、こわばっていた己の中心が解けて流れていくようだ。  いつのまにか前にまわされたセルダンの手がアピアン自身を握っている。たちまち絶頂のまぎわまで連れていかれ、同時にうしろから激しく打ちつけられた。 「あん、あ、ああああ!」 「アピアン、ああ――」  セルダンがうなるような声をもらす。 「しみませんか?」 「大丈夫だ」  浴槽につかったアピアンは顔をしかめた。頭によぎった何かを口に出そうと「私は――」といいかけたはよかったが、騎士の顔をみたとたんすぐに考えが消えうせてしまう。 「おまえは心配しすぎる」 「すみません」  むかいあわせで湯につかったセルダンの表情がわずかにゆるむ。 「俺は……もしあなたを傷つけていたらと思うと……」 「おまえはそんなことはしない。だいたい私が望んだことだ」  二人分の質量であふれた湯が浴槽のふちからとろとろとやわらかく流れた。アピアンの体も心もとろりとした疲労に浸されて、このまま流れてしまいそうだ。これまで知らなかったような満たされた感覚で頭の一部がふわふわと浮き立つ。 「おまえがいればそれでいい」アピアンはぼんやりとつぶやいた。 「私の友。他は何もいらない」 「アピアン……」  セルダンの目が細められた。みつめられるのが急に恥ずかしくなり、アピアンは目をそらした。 「もう出る」  立ち上がったとたん眩暈におそわれ、視界がゆれた。立ちくらみに耐えて浴槽をゆっくり出て、差し出された乾いた布を腰にまきつける。セルダンも腰布一枚で寝室へ向かったアピアンの後についてきた。豪奢で広い、やわらかな寝台にアピアンは腰をおろし、畳まれた夜着を羽織った。 「おまえもここで眠ればいい」  セルダンの喉が上下した。うなずくのかと思ったが、ちがった。 「いえ、俺は――そんなわけには……」 「そうか」アピアンは微笑み、失望を押し隠した。またセルダンの喉が動いた。 「殿下、どうかゆっくりお休みください。明日になったら……」 「なんだ?」  セルダンはかすかに首を振った。 「何でもありません。どうか……よい眠りを」  扉が閉まる音まではぼんやりと覚えている。柔らかな寝台に倒れこみ、アピアンはひさしぶりに夢のない眠りをむさぼった。

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