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第1話
「お願い、お兄ちゃん!!」
部屋に駆け込んできた妹が、悠太 の前でぱんっと手を合わせる。
「これからデートなのに、魔物が出たって連絡が来ちゃったの! お願いだから、あたしの代わりに行ってきて!」
「で、デートって……佳奈子 お前、まだ中学生だろ! デートなんて早すぎないか?」
「なに言ってんの、お兄ちゃん。今時幼稚園児だってデートくらいするんだよ? そういう発言、やめた方がいいよ。恥ずかしいから」
「んな……!」
「そんなことどうでもいいから、あたしの代わりに魔法少女に変身して魔物を倒してきてよ」
絶句する悠太を無視して、佳奈子は魔法のステッキを差し出してくる。ハートの飾りにリボンが結ばれた、ピンク色のステッキだ。
「代わりにって……。俺、魔物と戦ったことなんてないのに、どうやって……」
「あたしだって最初はそうだったけど、どうにかやってこれたんだから大丈夫でしょ」
「でも俺、男子高校生だぞ? 魔法少女になんてなれないだろ」
「大丈夫。この魔法のステッキを使えば誰でも変身できるから。変身すればステッキで魔法も使えるから」
「でも魔法って、あの恥ずかしい呪文を言わないと発動しないんだろ?」
「あたしだってね、恥ずかしいの。でも街の平和のために、恥ずかしいの我慢して頑張ってんの。お兄ちゃんもたまにはあたしの苦労を思い知れよ」
真顔の佳奈子にグイグイとステッキを押し付けられ、悠太は顔をひきつらせた。
「お前、目的変わってないか?」
「変わってねーよ。いいからとっとと変身しろよ。デートに間に合わなくなるだろ」
妹に凄まれ、悠太は渋々ステッキを手に取った。
「ほらほら、早く変身して」
「佳奈子、これからデートなんだろ。魔物は俺が倒しとくから、お前はもう行っていいぞ」
「まだ時間あるから大丈夫。お兄ちゃんがちゃんと変身できるかあたしがしっかり見てるからうだうだ言ってないでいいからさっさと今すぐあたしの目の前で変身しろ」
「う……」
できれば一人で部屋に閉じ籠ってこっそり変身したいのだが、妹から向けられるプレッシャーが怖くて逆らえなかった。
悠太はステッキを頭上に掲げる。そしてくるくると回した。
「ま、魔法少女になーれ」
心の中で羞恥に悶えながら、悠太はその恥ずかしいセリフを口にした。
ステッキからキラキラと光の鱗粉が舞い落ちる。キラキラ、キラキラと輝く小さな光の粒が悠太の全身に降りかかった。するとあら不思議、悠太の着ていた学ランが魔法少女のコスチュームへと変化した。
ピンク色のフリフリの可愛らしい衣装だ。胸元に大きなリボン。肘まで隠れる長手袋。パンチラ目的としか思えない短いスカート。ニーハイソックス。ブーツ。全てピンク色で統一されている。
自分の服装をじっと見下ろして、それから佳奈子へと顔を向けた。
彼女はおぞましいものを目にしているかのような顔でこちらを見ていた。
「似合わねー」
「当たり前だろ! こんなもん似合ってたまるか!」
「こんなもんってなに? あたしは魔物が出現するたび、毎回毎回そのこっぱずかしい格好で街の平和のために頑張ってんだよ」
「…………お前、相当たまってんだな」
「ああ?」
「いや、その、佳奈子なら似合うだろうけど、俺にはかなり無理があるというか……」
佳奈子は誰もが認める美少女だが、兄である悠太の容姿は平凡だ。いや、平凡より少し下だ。血の繋がりを疑われるほど似ていない。だが血はちゃんと繋がっている。正真正銘の兄妹だ。
せめて美少年ならまだよかったのだが、決してその部類には入れない自分がこんなコスチュームを身に付けているのかと思うとゾッとする。
短い髪も、無理やり二つに結ばれていた。ピンク色のリボンで。
佳奈子の言う通り、彼女はいつもこの格好で敵と戦っている。だから佳奈子のこの姿は見慣れていたのだが、自分で着るとなるとその衝撃は大きい。
スカートなんてはじめて穿くので、下半身もスースーして落ち着かない。
「…………ん?」
下半身に意識を向けて、漸く違和感に気づいた。
佳奈子に背を向け、スカートを捲って中を確認する。
「な、なんでパンツまで変わってるんだ!?」
悠太が身に付けていたのは、ピンク色のレースの紐パンだった。もちろん悠太が穿いていたものではない。魔法少女に変身したときにパンツも変化したのだ。
悠太は振り返った。
「どういうことだ!?」
「どうもこうも、それも魔法少女のコスチュームだから」
「パンツ込みで!? しかもこんな破廉恥なやつが!?」
「文句なら博士に言ってよ。魔法のステッキ作ったのって博士だし、博士の趣味なんじゃないの?」
博士とは、佳奈子を魔法少女にスカウトした人物でもある。
「え、博士ってそんなヤバい奴なのか? 佳奈子、お前大丈夫なのか? セクハラされてないだろうな? エロい目で見られてるんじゃ……」
「んー。今のとこそういうのはないかな」
「なにかあってからじゃ遅いだろ。もう魔法少女なんて辞めた方がよくないか? なんかお前性格荒んでるし」
「うーん。でもなー、時給いいんだよねー」
妹の本音に悠太は遠くを見つめる。
それってつまり街の平和のためじゃなく、金のために魔法少女やってるってことなんじゃ……。そうは思ったが黙っていた。
佳奈子は時計を見てあっと声を上げる。
「もうこんな時間だ。そろそろ準備しないと。じゃあお兄ちゃん、よろしくね」
「ま、待ってくれ! 俺、本当にこの格好で外に出るのか? 魔物倒す前に、俺が警察に捕まったりしないか!?」
「スカートの中見せて歩き回るわけじゃないんだから大丈夫でしょ。ほら、これ」
佳奈子が手渡してきたのはサングラスだった。レンズはピンク色だ。これをかければ顔を隠せるだろう。この姿を知り合いに見られでもしたら、もう死ぬか引きこもるかのどちらかしかない。
悠太はサングラスをかけて顔を隠した。心許ないけれど、マスクまでしたら変質者っぽさが増幅されるだけだ。
「なあ、パンツ取り替えてもいいか? これ、物凄く落ち着かないんだけど」
「取り替えたら防御力落ちるけど、それでもいいなら取り替えたら?」
「え、マジで!? このパンツの防御力ってどれくらい?」
「パンツ穿いてたら擦り傷で済む怪我が、パンツ穿いてなかったら大怪我になる感じ?」
「ええ、そんな変わるのか!?」
「判断は自己責任でお願いします」
「そんなん言われたら取り替えられねーだろ!!」
「別にいいじゃん。誰に見られるわけでもないんだし」
「うう……」
穿き心地が悪いからって穿き変えて、それで大怪我する羽目になったら後悔するだろう。少しの辛抱だ。悠太は我慢することにした。ブラジャーがないだけましだと思おう。
魔物の居場所を知らせてくれる端末を佳奈子に渡され、それとステッキを持って悠太は家を出た。
端末に表示された地図を確認しながら、人目を避けつつ急いで魔物の出現場所へ向かった。
着いた先は埠頭の倉庫だった。今は使われていない、寂れた倉庫だ。そんな場所なので、人も全くいない。
襲う人間もいない、こんな辺鄙な場所に現れて、一体なにがしたいのだろう。目的はわからないが、被害が及ぶ前に魔物を倒さなくては。
悠太は倉庫の中へ足を踏み入れた。中では十数体の魔物がうようよと蠢いていた。大きな球体のものや、蛇のようなもの、鳥のようなもの。姿形のバラバラの魔物がそこにいた。
悠太はステッキを構える。
戦い方は知っていた。佳奈子の戦闘シーンを何度も見ていたから。悠太にとっては可愛い妹だ。彼女が危険な目に遭っていないか、できる限り遠くから見守っているのだ。
魔物にステッキを向ける。呪文を唱えれば、それだけで魔法は発動する。難しいことはなにもない。呪文も佳奈子が唱えているのを聞いているので覚えている。
悠太は覚悟を決める。ここに誰もいないことが救いだった。
「ラブリーフラワーシャワー!」
ピロリロリリンと軽快なメロディと共に、ステッキの先から魔法が発動する。ピンク色の靄のようなものが、魔物に向かって飛んでいく。魔物にぶつかると、ピンク色のたくさんのハートが弾けた。
呻き声を上げながら魔物が消えていく。まずは一体、倒すことができた。
すかさず、次の敵にステッキを向ける。
「プリティーハートアタック!」
呪文を唱え、魔法が発動し、更にもう一体の魔物も倒した。
魔物は魔法攻撃でしか倒せないが、魔法攻撃にはめちゃくちゃ弱い。一発魔法を当てればすぐに消える。
魔法を使うと生命力が奪われるだとか、体力を削られるだとか、そういったデメリットは一切ない。魔法少女に変身し、ステッキさえあれば、誰にでも、無限に魔法を使うことができる。
ただし、このくそ恥ずかしい呪文が発動条件なのだ。
魔物は凶悪な外見の割に大した攻撃はしてこない。動きも遅い。だから数が多くてもステッキさえあれば苦戦することはない。
悠太も順調に魔物を倒していく。
けれど呪文を唱えるたびにかなりの精神的ダメージが悠太に襲いかかった。
「キューティースターボム!」
なんなんだろう、この呪文。恥ずかしすぎる。佳奈子はいつもこんな羞恥に耐えながら戦っていたのか。何度も何度も、こんな恥ずかしい格好で、恥ずかしい呪文を唱えながら、街の平和を守っていたのだ。金のためとはいえ、心から尊敬する。あいつは勇者だ。というか、この呪文考えたのも博士なのか? やっぱあいつヤバい奴なんじゃないか? 手遅れになる前に、魔法少女は辞めさせた方がいいかもしれない。佳奈子が危険すぎる。
そんなことを考えている間に、魔物は全て倒すことができた。
全然疲れていないはずなのに、精神的ダメージが大きすぎてくらくらした。早く帰って休みたい。その前に、さっさとこの衣装を脱ぎたい。
変身を解こうとして、悠太はステッキを頭上に掲げた。
そのとき、ステッキを持った手をなにかに弾かれた。手から離れたステッキが、床に落ちる。
「あっ……!」
慌ててステッキを拾おうとするが、その前に後ろから伸びてきたなにかが体に巻きついてきた。動きを封じるように、腕や足に絡みつくそれは、触手だった。
「くっくっくっ……いい様だな、魔法少女よ」
背後から声が聞こえた。
触手によって、体の向きを反転させられる。声の主を視界に映し、悠太は目を見開いた。
「お前……魔王サタン!」
そこにいたのは悪の親玉、魔物を統べる王、サタンだった。
魔王は雑魚の魔物と違い、|人形《ひとがた》だ。その上美形だ。艶やかな長い黒髪。見る者を魅了するアメジストのように美しい瞳。陶器のように滑らかな肌。しかも長身。文句のつけどころのない完璧な外見だ。魔族でなければ、人間界でモテモテウハウハな人生を送っていただろう。
全身黒ずくめで、黒いマントを羽織り、いかにも悪役といった風体だ。
悠太を縛り付けるこの触手は、魔王の体から伸びている。魔王は身体中、至るところから何本でも触手を出すことが可能らしい。
悠太は歯噛みした。
触手に捕らわれ身動きがとれない。ステッキは床に落ちている。魔法を使えなくては悠太にできることなどない。
絶体絶命のピンチだった。
悠太は魔王を睨み付ける。
「俺をどうするつもりだ……!」
「くっくっくっ……どうするだと? そんなの………………ん?」
魔王はまじまじと悠太を凝視する。
「貴様、何者だ? いつもの奴と違うな。偽者か?」
「別に、偽者ってわけじゃ……」
確かにいつもの魔法少女とは違う人物だが、変身しているのだから、今は悠太だって正真正銘魔法少女だ。
どうやら魔王は佳奈子を捕らえたかったようだ。本来なら、佳奈子がここへ来ていた。そう考えると、ここに来たのが自分でよかったと悠太は思った。妹には危険な目には遭ってほしくない。
魔王はギロリと悠太をねめつける。
「貴様、私を謀るつもりだな!」
怒鳴り、魔王は悠太がかけていたサングラスをむしり取った。サングラスはそのまま放り投げられる。
「くっ……」
恐怖を押し殺し、悠太は魔王を見上げた。怯えを態度に出せば、侮られる。負けるものかと、果敢にも魔王を睨み返した。
悠太と魔王の視線がかち合う。
魔王は目を見開いて悠太を見つめる。
「な、き、貴様……っ」
なにやら動揺しているようだ。
そりゃそうだと悠太は思った。自分のような平凡以下の男がこんなフリフリのコスチュームで、魔法少女なんてやっているのだ。驚きもするだろう。
「な、な、なな、な、な」
魔王は驚きすぎて「な」しか言えていない。
さすがに大袈裟ではないだろうか。似合ってないのは自分でもよくわかっている。しかしここまで驚かれると腹も立つ。あまりにも失礼ではないか。
唇を尖らせ、プイッと顔を背ける。すると頬を両手で挟まれ、無理やり魔王の方へ向けられた。
爛々と輝く魔王の目が悠太を見下ろしていた。
「なんて愛らしいんだ……!」
「…………はあ?」
悠太は耳を疑った。とんでもないことを言われた気がする。
「つぶらな瞳、柔らかな頬、小さな鼻、艶かしい唇……」
魔王の指に顔を撫でられ、悠太は声を上げる。
「ちょ、やめっ……離せよ!」
「離せるわけがないだろう!」
逆ギレされて、悠太は口を噤む。
「私はこんな愛らしい生き物を見たことがない! なんて罪深い生き物なんだ! この私を誘惑するなど……!」
冗談としか思えないのに、魔王の表情が本気だと語っている。
ギラギラと獲物を狙う肉食獣のような双眸。頬は紅潮していて、相手の興奮が伝わってくる。
悠太は焦った。別の意味で危機感を覚えた。
「あの、ちょっと、落ち着いて……」
「貴様、名前はなんというのだ?」
「え、いや、その、それは、個人情報だし、言えないっていうか……」
「言え、名前を教えろ」
「ひぃっ」
ずるりと触手が動きだした。服の中に入り込んでくる。じりじりと、首元から肌を撫でるように奥へと進んでいく。足に絡んだ触手も、脚の付け根へとずるずる上っていく。
「や、やだやだやめろっ」
「名前を言ってみろ。その愛らしい唇で、貴様の名を言うのだ」
触手が這い回る感触に、悠太はあっさりと根を上げる。
「ゆ、悠太! 俺の名前は悠太だ!」
「ユータ……ユータか」
触手の動きがピタリと止まり、魔王は満足そうに悠太の名前を繰り返す。
魔王の浮かべる極上の笑顔は、こんな状況でなければ見惚れるほどに美しかった。
「も、もういいだろ……離してくれよ」
「離せるわけがない、そう言っただろう」
「うぅ……俺をどうするつもりなんだよ……」
「くくっ……その泣きそうな表情、堪らないな」
魔王のうっとりとした顔が近づいてくる。
触手に動きを阻まれ、逃げられない。
「や、顔、近づけんな……っ」
「その愛らしい声を囀ずる唇……まるで食べてくれと言わんばかりではないか」
「なに言ってんだよ、よく見ろよ、俺のどこが愛らしいんだよ!」
「どこもかしこも全て愛らしいではないか!!」
魔王はカッと目を見開き断言する。
魔族は美的センスがおかしいのかもしれない。魔族が、ではなく、魔王が、だろうか。
とにかくこのままでは自分の身が危ない。命ではなく身の危険を感じる。
魔王の息がどんどん荒くなっていく。はあはあしながら悠太の頬を撫で回している。
悠太は変質者に狙われる気分を味わっていた。怖くて、体が竦む。それでも強がって、懸命に虚勢を張る。
「は、離せって! こ、こんなことして、絶対にお前のこと許さないからな!」
けれど魔王には通じない。悠太の声は聞こえているが聞いていない。
「はあ……震える声も愛らしい……。もう我慢できない……そのうまそうな唇を目の前にして、我慢などできるはずがない……!」
「うわっ、ちょっ、ん、んん──!?」
熱く滾る衝動のまま、魔王が唇を重ねてきた。
悠太は歯を食い縛り、硬く口を閉ざす。引き結ばれた悠太の唇を、魔王の唇がはむはむと食べるように味わっている。
「はっ……なんて甘くて、柔らかい唇……。さあユータ、中も私に味わわせろ」
「ん──っ」
開いてなるものかと、悠太は唇を噛み締める。
すると、服の中に入り込んできた二本の触手が蠢いた。さわさわと胸元を這い、二つの突起にきゅっと絡みつく。
「ふわぁっ……!?」
思わず声を上げてしまい、開いた唇からすかさず舌を差し込まれた。
ぬるりと侵入してきた舌が、口腔内を動き回る。
「んぅっ……んんっ!?」
人間とは違う舌の形と長さに悠太は狼狽した。驚きのせいで、噛みついてやろうという考えも浮かばなかった。
戸惑う悠太の口内を、長く分厚い舌が思う様蹂躙する。
「んっ……うぅ……んぁっ……」
声も出せず苦しくて、じわりと涙が浮かぶ。送り込まれる唾液を飲み込むことなどできず、ぼたぼたと口から零れて顎がべたべたに汚れた。
長い舌が悠太の小さな舌に絡みつき、余すところなく擦るように舐め回す。上顎を舌で撫でられ、ぞくぞくと体が震えた。
苦しい。でも、それだけじゃない。下半身に熱が集まっていく。
キスとは思えない激しい行為に、悠太は翻弄された。
今まで女の子と付き合ったこともないのだ。告白されたこともないし、告白してもフラれて終わった。だからもちろん、キスだってしたことがなかったのだ。
それなのに、これがファーストキスだなんて信じたくない。こんな、口全部を食べられているかのようなキス、初心者の悠太にはハードルが高すぎる。
「ぷはっ……はっ……はあ……」
唇を解放されると、酸素を求めて懸命に息を吸った。
荒い息を吐く悠太の唇を、魔王の舌がしつこく舐めている。蛇のように長い舌。けれど蛇のそれよりも太い。
「やはり口の中も甘くてうまい……。くく……顔を真っ赤にして……そんな蕩けた瞳で見つめるとは……どこまで私を煽るんだ?」
悠太の目尻に浮かぶ涙を舐め取りながら、魔王の手が胸元のリボンをほどく。服を下に引き下げられ、触手が絡みついたままの乳首が露になった。
「あ、や、やだ……っ」
「思った通り、ここも愛らしい。なんてうまそうなピンク色なんだ……はあ……私を誘惑する、いやらしい体だ」
魔王は舌舐りする。
男なのだから裸を見られたところでなんとも思わないはずなのに、こうもあからさまに情欲を孕んだ視線を向けられると、見られていることが恥ずかしくて堪らない。蠢く触手が余計に羞恥を煽る。
「もうやだ、やめろってば……っ」
「ここまで私を誘惑しておいて、やめろなどと戯れ言を言うのか?」
「してない、誘惑なんて、してないからっ」
「くく……恥じらう姿も愛らしい。やめろだなどと、言えなくしてやろう」
乳首から触手が離れた。そこは触手の刺激で硬くなっていて、気づいた悠太は顔を真っ赤に染めた。
「ああ……私を惑わす、淫らな果実のようだな」
「ひあんっ」
魔王に乳首を舐め上げられ、悠太の口から甘い声が漏れた。
口を塞ぎたくても、触手に腕を掴まれているのでできない。懸命に唇を噛み締めるけれど、淫猥な動きで乳首を嬲られ、声を我慢することができない。
「ふぁっ、あ、やだ、舐めるなぁ……っ」
抵抗は封じられ、悠太はされるがままだ。
ぬらぬらと光る長い舌が、くりくりと器用に乳首を転がす。もう片方は、指でくにくにと押し潰される。
悠太は喘ぎ声が止められなかった。そんな箇所を魔王に愛撫されて感じてしまっているだけで恥ずかしいのに、自分の口から信じられないくらい甘えた声が零れ、余計に羞恥が増す。
「ひあぁっ」
じゅるっと音を立てて吸われ、ガクガクと腰が揺れた。
与えられるのは確かに快感で、そうなると股間が反応してしまうのを抑えられない。レースの紐パンの中で、ペニスが頭を擡げる。
こんなことで感じたくなどないのに、自分でも驚くほど体は快楽に弱かった。頭がぼうっとしてきて、体が求めるままに快楽に溺れてしまいそうで怖かった。
「あんっ、あ、やぁっ」
「そんなに気持ちいいのか? 貴様の可愛い鳴き声は、私の耳を楽しませる。もっと鳴いてみせろ。もっと私に聞かせるんだ」
「ひゃあぁんっ」
更に強い刺激を与えられ、魔王の望むままに甘い嬌声を上げる。
乳首は両方とも唾液でぬるぬるにされ、執拗に吸われたり噛まれたりしたせいで赤く染まり、ぷっくりと膨らんでしまった。
自分のものとは思えない卑猥な変化に、羞恥が募る。
恥ずかしいのに、もうやめてほしいのに、体の熱は一向に引かない。寧ろどんどん高まり、下半身が痛いくらいに張り詰めているのを感じた。
無意識に太股をすり合わせ、腰をもじもじ揺らした。
気づいた魔王が、意地の悪い笑みを浮かべる。
「どうした? そんなにいやらしく腰をくねらせて」
「ち、違っ……してない、そんな……」
「くく、どうだろうな。もう大変なことになっているのではないか? 下着を汚していないか、私が確認してやろう」
「やだ、だめ、やめろ!」
悠太はめちゃくちゃに暴れるが、絡みついた触手がそれを許さない。抵抗できず、スカートの中を暴かれる恥辱に悠太は震えた。
触手が、ゆっくりとスカートを捲り上げていく。
「やだ、見るなぁ……っ」
制止の声は、意味を持たないくらい弱々しいものだった。
短いスカートは、あっさりと全てを曝け出してしまう。
ピンク色のレースの紐パン。その小さな布切れからはみ出すペニスは、完全に勃起している。先端から滲み出た体液が、下着を汚していた。
魔王が食い入るように股間を凝視している。
「見るなってば……!」
「ユータ……貴様、男だったのか……?」
「はああ!?」
今更なに言ってんだ。
まさかとは思ったが、冗談ではなく本気のようだ。
もっと早く気づけよ。なんで気づかないんだよ。
おかしいのは美的センスだけではないらしい。
色々と言いたいことはあったが、なんだかもう疲れてしまって言葉にならなかった。
魔王は、とても信じられないが悠太を女と勘違いしていた。そう、女だと思っていたからキスやらあれこれ仕掛けてきたのだ。顔が好みだとはいえ男だとわかった以上、もう手を出してくることはないだろう。
悠太はそう思った。そして心から安堵したのだが。
「男だというのに、こんな扇情的な下着を身につけ……本当に、どこまでも私を煽るのだな」
「いや、寧ろ萎えるだろ」
「こんなもの穿かなくても、ユータの存在が私を誘惑するのだ。だが、ユータがこうまでして私を誘惑したいのなら、貴様の望み通り誘惑されてやろう」
「え、ちょ、待っ、なに言って……っ」
なんか勝手に変な解釈されている。
誘惑するためにこんな格好していると思われている。つまり色仕掛けと思われているのだろうか。
なんでそんな考えに至るのだろう。断じて、好きでこんな格好をしているわけではない。似合うとも思ってない。
どうにか誤解を解きたいが、全く話が通じる気がしない。
どうするべきか考えあぐねていると、魔王の手にするりと太股を撫でられた。
「うわあっ、ま、待って待って待った!」
「どうした? 焦らしているのか?」
「違う! お、俺のこと、女だと思ってたんだろ? だからき、キスとか色々したんだろ? でも、見てわかる通り俺は男だ! だから」
「別に、女だと判断したから手を出したわけではない」
「え?」
「スカートを穿いていたから女だと思っていただけだ。魔族は性別など気にしない。女だろうと男だろうと関係ない。ユータだから、触れたいと思うのだ」
「うぐっ……」
告白めいた発言に、不覚にもときめきそうになった。仕方ない。悠太は今まで告白されたことなどなく、恋愛経験ほぼゼロなのだから。
これが、気持ちの籠っていない上滑りな言葉だったらなら、悠太だって心を動かされたりはしない。けれど、真っ直ぐに向けられる熱を孕んだ視線が、本心であると物語っているのだ。
こいつは魔王。こいつは魔王。悠太は必死に自分に言い聞かせる。魔王で、しかも性別は雄だ。そんな相手にときめいてどうするのだ。
懸命に理性を保とうとする悠太の顔を見て、魔王が喉の奥で笑う。
「どうした? そんなに顔を真っ赤に染めて。まるで熟れたリンゴのようだ。私に食べてほしいのか? 早く食べてくれと、私に催促しているのか?」
「ちっが……」
「焦らずとも、残さず食べてやろう。じっくりと味わってな」
「ひっ」
魔王の指が、ペニスに触れる。つうっと裏筋を撫でられ、それだけで新たな体液がとろとろと溢れた。指が動くたびに、にちゅにちゅと卑猥な水音が響く。
「少し撫でただけだというのに……もう私の指は、ユータの蜜でぬるぬるだぞ」
「ひあぁっ」
熱い吐息を吐きながら耳元で囁かれ、ぞくぞくっと背筋に震えが走った。また蜜が零れる。
ペニスも、魔王の指も、下着も、既にどろどろだ。
レースの下着が張り付いて気持ち悪い。それに窮屈だ。
脱ぎたい。横の紐を引っ張るだけで、解放される。けれど今の悠太は、それすら許されていない。
「んんっ、ん……っ」
「どうした? 脚を閉じるな、ユータの可愛いここがしっかり見えなくなるだろう」
太股を擦り合わせようとすると咎められ、触手に更に大きく脚を開かれてしまった。
「や、パンツ、脱ぎたい……っ」
「私に脱がせてほしいか?」
「っ……脱がせて、ほしい」
「可愛いおねだりだ。腰をくねらせて、脱がせてほしいだなんて……」
目を細め、魔王は恍惚とした表情で悠太を見つめる。
「だが駄目だ」
「な、なんで、脱ぎたいのに……っ」
「せっかく私のために着飾ってきたのだろう? 脱がせるのはもったいない。このまま可愛がってやる」
違う。断じて違う。声を大にして言いたい。
けれど指の腹で鈴口を擦られ、悲鳴を上げることしかできなかった。
「ひうぅっ、やだ、あっ、だめっ」
敏感な先端をぐちゅぐちゅと撫で摩られ、悠太は首を振り立ててよがった。
大きな掌が全体を包み込み、扱き上げる。
自慰は自分の手でしか行ったことのない悠太には、刺激が強すぎて涙が零れた。
流れた涙に、魔王がちゅっと吸い付く。
「泣くほど気持ちがいいか? 可愛い奴だ。こんなに腰を震わせて」
「ああっ、いく、もう出るっ、離してっ」
「このまま、私の手で果てるのだ。私の手で上り詰める顔を見せろ」
「やだ、あっ、だめ、だめだめっ、そんなに速くしちゃ、あっ」
「ほら、イけ」
「ひあっ、いく、いく、あっ、あああぁっ」
悠太はガクガクと腰を揺らしながら射精した。ドロリとした体液が飛散する様を、呆然と見つめる。
脱力し、足に力が入らない。触手に支えられていなければ倒れていただろう。
だらしなく開いた唇から垂れた唾液を、魔王が舐めた。
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