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第1話

1.  ひらひらと舞い散る花びら。この季節が巡るたびに目にする光景。校門から続く桜並木を歩いていた時、その人にふと目が留まった。薄紅色の世界の中に佇む彼に見覚えがあった。 ――静也?  あの頃より背が伸びて、雰囲気もずいぶん変っている。だけど、俺には分かった。 ――静也だ。  さらさらの少し長めの髪の毛が風に靡いている。どこを見ているのだろう。彼の視線は遠くを彷徨っていた。 「……静也」  俺が声を掛ける寸前、彼はくるりと向きを変えて反対側へ歩いて行ってしまった。 「おい、要もう行くぞ。何、ぼーっとしてるんだよ」 「あ、うん」  友人に肩を叩かれて俺は我に返った。  もう一度桜並木に目を向ける。すでに彼の姿はそこにはなかった。  ここは私立鷺ノ宮学園(さぎのみやがくえん)。俺、斉藤要(さいとうかなめ)が通う学校の名称だ。幼稚園から大学まであるけど、俺は中学からここにいる。今日は高校の入学式。90%の生徒が中学からの持ち上がりだから、周りは知った顔ばっかりだ。 「要は何組?」 「俺? あ、何組だろ? まだ見てない」 「斉藤は2組だろ? 俺は4組だったよ」 「武ちゃん4組? 俺なんて5組だぜ。他に5組のヤツ誰もいないの? 高柳は何組?」 「あ、僕5組だよ。白井と同じだね。青山は何組?」 「え? 俺、2組だよ。要と同じだ。またよろしくな!」  クラス割りの表が貼られた掲示板の前でのやり取り。中3の時、同じクラスで仲が良かったグループの面々とは、青山一人を除いてバラバラになってしまった。 「かなめちゃーん、同じクラスだし仲良くしような」 「青山、お前、要を一人占めする気か?」  白井が青山にヘッドロックを掛けながら言った。 「いててて、そういう訳じゃないけどさ」 「止めろ、止めろ。俺に媚びったって、何にも出ないぞ」 「同じクラスになった記念に、学食で焼きそばパン奢ってよ」 「何言ってるんだよ。ふざけた事言ってないで、早く体育館行かないと、入学式始まるぞ」 「要ちゃん、真面目くんだなあ」 「初っ端から遅刻して、教師に目付けられるよりマシだろ?」  俺たちは他の学生たちの流れに飲まれるようにして、ぞろぞろと体育館へ向う渡り廊下を歩いて行く。  体育館に入ると、クラス毎にすでに生徒たちが整列していた。俺たちは自分の所属クラスの列の最後尾にそれぞれ並ぶ。周りの学生たちはわいわいと楽しそうに大声で会話していた。これから始まる3年間の高校生活。中学時代と代わり映えしない面子だけど、新しい環境での日々はすごくわくわくする。  しばらくして、マイクのキーンという音がしたかと思うと「これから入学式を始めるので、静かに」と教師からの注意がある。さざ波のように、小声で生徒たちの会話が続いていたが、やがて静寂が訪れた。それと同時に、初老の男性が壇上に上がる。どうやら校長らしい。 「えー、この季節になると毎年同じ話を繰り返しますが……」  壇上に上がって話をする人物というのは、とにかく長く話すのが良き伝統とでも思っているらしい。小学校でも中学校でもそうだったが、当然の事のように高校でも同じだった。  俺はものの数分で飽きてしまい、体育館の中にお行儀良く並んでいる生徒たちを観察する。 ――あ、井上、1組か。あいつこの間、俺の漫画借りたまんま返してなかったな。後で言ってやろう。田中は3組か。隣のクラスだったら、気軽に遊びに行けそうだな……  俺は知り合いがどのクラスなのか、確認していく。そして、その時に気付いた。 ――静也……?  3組の列の前の方に並んでいる後ろ姿。あの髪型、見覚えがある。さっき桜並木のところに立ってたヤツだ。 ――静也なのか?  俺は今すぐ本人なのかどうか確かめたくて、居てもたってもいられなくなる。  静也……岡本静也(おかもとしずや)は俺の幼なじみだ。家が近所で同じ小学校だった。クラスは違ったけど、俺は静也のおばあちゃんが家でやっていた書道教室に通っていたので、静也と仲良くなったんだ。  静也はその名の通り、静かな子供だった。外で遊ぶのが好きな俺とは対象的に、家で本を読んだりゲームをしてる方が好きだった。それでも、俺と一緒に遊ぶのは楽しかったみたいで、活発な俺に引きずり回されるようにして、公園や空き地で暗くなるまで遊び回った。お互いの家にもよく泊まりに行ったし、そのうち親同士も仲良くなって、家族ぐるみでの付き合いになっていた。  でも静也は中学に上がる時に、父親の転勤で引っ越していった。その少し前に、静也のおばあちゃんが亡くなり、書道教室もなくなっていた。  引っ越したのを切っ掛けにして、静也とは疎遠になってしまった。何度か手紙のやり取りもあったけど、これぐらいの年頃の子供なんて、離れてしまった友達といつまでも仲良くしている方が珍しいだろう。俺はいつしか静也を忘れて、新しい友達と楽しく過ごしていた。

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