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第1話

1.  空から絶え間なく落ち続ける雨の粒。いつもなら部活動の練習で賑やかな校庭も、今日は誰もいない。静かな空間に雨の音だけが響き続ける。そんな雨音をBGMに、俺はページを捲る。  放課後の教室。俺一人きり。他の生徒はすでに帰宅したか、部活に行ってしまった。俺は部活には入ってない。やりたいことが何もなかったし、仲が良い友達がいるわけでもなかったから。  この中学に入る時、俺は引っ越して来た。生徒たちは、すでに小学校から顔馴染み同士ばかりだったから、よそから来た俺は一人ぼっちだった。  引っ越して来た転校生が、クラスメートにもてはやされるのなんて、あんなの漫画やドラマの中だけの話だ。俺は最初の数日こそ、珍しがられて話しかけられたりもしたけど、後はほったらかしだった。仲良くなりたければ、自分から声をかけるべきだったんだろう。だけど、元々引っ込み思案だった俺は、そんな機会を逃してしまった。それからずっと一人だ。別にいじめられてるわけじゃない。時々声はかけられてるし、無視されてるってことでもない。  でも俺は一人でいるのを選んだ。  放課後の教室で、一人で本を読むのが好きだった。  家に帰ると心配する親が「友達は出来たのか?」「部活には入らないのか?」「学校でいじめられてるのか?」としつこく聞いてくるから、あんまり早く帰宅したくなかった。出来るだけ長く学校にいて、時間を潰そうと思った。だから、放課後教室に居残ることにしたんだ。  雨が少し激しくなってきた。校庭に雨傘の列が並んでいる。今日は部活も早めに終わったのだろう。 「……何してるんだ?」  急にドアが開いて声がした。驚いて視線をそちらへ向けると、一人のスーツ姿の男性が立っていた。 ――この人、誰だっけ?  見覚えがない若い男性だった。20代後半ぐらいだろうか? カジュアルな服装の教師が多い中で、スーツをきちんと着ているのは珍しい。 「まだ帰らないのか? これから雨、もっとひどくなるから、生徒たちをなるべく早く帰宅させるようにって言われてるんだけど……」  彼はキョロキョロと教室内を見回しながらそう言った。 「……お前、一人なのか?」  他に生徒が一緒に残っていると思っていたようで、俺が一人きりだと分かると彼は驚いた顔をした。 「……はい。俺だけ、ですけど」 「何やってたんだ?」  話しぶりからして、間違いなく彼は教師なのだろう。だけど誰なのかはよく分からない。俺は自分の担任ですら、興味がないぐらいだから、学校内にいる他の教師なんて全然知らなかった。 「本を読んでました」 「ふうん……」  彼は俺の手元に置かれていた文庫本を、勝手に手に取った。 「ずいぶん渋いの読んでるな」 「父親の本棚から適当に抜いてきたんで」 「今どきの中学生が谷崎の陰影礼賛? お前、読んでて意味分かるの?」 「……よく、分かりません」  本当だった。本なら何でも良かったんだ。だから、父親の本棚の一番上の右端から順番に抜いては学校に持ってきて、放課後にページを捲っていた。意味なんて分からなかったし、分からなくても構わなかった。ただ、時間が過ぎればそれで充分だった。何もせずに教室にいるのも何だから本を手元に置いていた。それだけの理由だった。 「分からないのに読んでるのか? 何のために?」 「意味は……ありません」 「お前……変った奴だな」  彼は、笑った。 ――あ……  俺は彼の笑顔を見た瞬間、全身に電気が走った。 ――どっかで、こんな顔見たことある。  デジャヴってやつかもしれない。 「これ以上雨がひどくなる前に、早く帰れよ」  先生は俺に文庫本を手渡すと、教室を出て行った。

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