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第2話

2.  あの雨の放課後から数日後、俺が一人きりで教室にいると、あの教師がまたやって来た。 「お、いたいた。今日もいるかな、と思って来たんだけど、やっぱりいたな」  彼は気安い調子で教室に入って来ると、俺の前の席の椅子を跨ぐようにして、こちらを向いて座った。  一体この人は何の目的があって、やって来たんだろう? 俺は疑うような目を彼に向けた。彼は俺の視線を見てもひるむことはなかった。まあ教師だったら、普段から生徒の冷たい視線には慣れてるんだろう。これぐらいでびびってたら、教師なんてやってらんないよな。  彼は興味津々といった風に、俺の手元を覗き込む。 「どれどれ、今日は何読んでるんだ?」  そして机の上に広げていた文庫本をひょい、と手に取る。俺が開いていたページに親指を突っ込み、ペラペラと捲って、こう言った。 「ふうん……三島の金閣寺か。これはなかなか面白い本だよな」 「そうですか?」  俺には正直、この本が面白いとは思えなかった。主人公の孤独で鬱屈した感情に共感しすぎて、面白いなんて軽々しく言えなかったからだ。  先生は俺の答えに少し複雑な表情を浮かべた後、口を開いた。 「お前の親父さんって、ジュンブン好きなんだな」 「ジュンブン?」 「純文学のことだよ」 「はあ……そうなんでしょうか?」 「この間は谷崎読んでただろ? で、今日は三島。純文学の巨匠ばっかりじゃないか。次は川端かそれとも志賀かな?」 「……誰ですか、それ?」 「まあ、お前ぐらいの年齢だったら、本来ゲームなんかしてる方が楽しいお年頃だもんな。名前言われてピンとこなくても仕方ないか」  先生はよいしょ、と言って立ち上がる。 ――よいしょ、とか若そうに見えるけど、おっさん臭いこと言うんだな…… 「読書もいいけど、遅くならないうちに家に帰れよ」  先生は後ろ手に手をひらひらっと振ると、教室を出て行った。

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