1 / 15

第1話

1.  人間の身体の半分以上は水で出来ているらしい。成人男性で60%、新生児だと約80%が水分なんだそうだ。  だからだろうか? 水辺にいると、そして海の音を聞くと心が落ち着く。この世に生まれ出る以前、母親のお腹の中で、温かい羊水に包まれていた頃を思い出すのかもしれない。  それとも、もっと遙か昔の太古の記憶が蘇ってくるからなのだろうか?  この地球上に海が出来たのは44億年前。そして、海の中に生命が誕生したのは、38億年前と言われている。  僕の水への執着は、DNAに刻まれたその頃からの記憶が呼び覚まされているからなのかもしれない。  絶え間なく寄せては返す波。  さらさらと、足元の砂が波に攫われていく。 ――きれい。  僕は手を伸ばして、波に触れようとする。でも触れる寸前、まるで逃げるかのように、波は行ってしまった。 「……あ」  引いていく波を見ながら、僕は心にわだかまる思いを抱える。 ――何だか、似てるな。  似てるのは、僕と彼の関係。僕が手を伸ばして触れようとすると、彼はするりと逃れてしまう。そして彼が手を伸ばしてくれた時、僕は怖くて身を引いてしまうんだ。 ――だから、いつまで経っても進まない。  もう彼とは5年以上一緒にいるのに。 「おい、公彦(きみひこ)」  後ろから、その彼、に声を掛けられた。 「なに、智志(さとし)? 何か用?」 「そろそろ、会長の挨拶」 「分かった」 「なあ、何してたんだ?」  健康そうに日焼けした明るい笑顔が、僕の顔のすぐ側に寄せられる。  どきん、と心臓の鼓動が跳ね上がった。 「……海、見てただけ」 「ふうん。……あとで、一緒に泳ごうか?」 「いい。僕泳げないから」  僕は彼を見ないようにして、歩調を早める。 「俺が、泳ぎを教えてやるよ。……なあ、公彦待てってば!」  絶対僕の顔は赤くなってたと思う。そんな顔を見られたくなくて、僕は小走りに宿舎に向った。

ともだちにシェアしよう!