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第1話・僕のクラスのさえずりくん
「ねぇ、樟 くん、俺と疑似恋愛、してみない?」
誰もいなくなった教室でさえずりくんは言った。
ーーさえずりくんとは、勿論〝アダ名〟で、いつも声が小さくて〝さえずる〟感じで物事を話すから、クラス内でそう呼ばれるようになったのだった。
「…ぇ?えーと…僕と君で、恋愛?」
戸惑う様に人差し指で、自分と目の前に立っている彼を交互に差した。
「〝擬似〟だよ?擬似恋愛」
眉を寄せて笑うと、彼は黒縁眼鏡をクイっと上げたあと、真っ直ぐと僕を見つめた。
〝擬似恋愛〟とは、ゲームの世界での恋愛ごっこを指している言葉だろう…。
「つ、まり…だ?ゲーム感覚で、僕と恋愛したいって事…?」
歯切れ悪く僕が言うと、さえずりくんは肯定の意味を込めて、にっこりと笑う。
「何で、僕なの?」
怪訝そうに彼を見つめると少しキツイ口調で言った。
彼は少し考える素ぶりを見せた後、口を開いた。
「青春なんて、風が吹くように流れていくんだよ?それこそ〝一瞬〟のうちに」
一歩、僕に近寄る。
「だったら、僕は女の子と恋愛をしてみたいけどね」
正論だろ?と僕は首を傾げた。
すると彼は、クスクス笑いながらジリジリと僕に詰め寄る。
「この先、女の子とは沢山、付き合えるだろ?でもさ…」
ずいっと顔を僕の目の前に突き出してきた。
ーそう、さえずりくんは、僕より身長が低い。
「男と付き合ってみる、なんて事、若気の至りじゃなきゃ出来ないって」
コレも正論だろ?と彼は、ニッと笑いながら首を傾げた。
「ーそれに、メリットもあるよ?」
「メリット?」
「そう、先ずはね、男同士なら気兼ねしなくて良いから楽、別れても後腐れ無い、それからー」
さえずりくんは僕の胸元に手を充てがうと、軽く背伸びをして僕の耳元で囁く
「女の子と違って、妊娠なんてしないから…中出しセックスも出来るよ」
僕は、ゾクッと体を強張らせる。
「なっ!」
「まぁ、男同士でも、ゴムを付けるのはマナーだけどね」
僕から離れると、彼は笑った。
「さえずりくんさ、僕をからかってる?」
片眉を上げながら僕は不機嫌さを態度で示した。
示したつもりだったー
「からかってる様に見えた?」
「ーぇ」
一瞬だけ、さえずりくんの瞳に影が落ちた様な気がした。
まさ、か…そんな…
「さえずりくー」
「ーーーーッ」
慌てて彼を呼ぼうとした瞬間、唇に何かあたたかいモノがあたる。
チュッと室内に音を残して、ソレは僕から離れていった。
僕は、まだ温もりの残る唇に触れながら、目の前の彼を見た。
彼は俯きながら耳まで真っ赤に染めていた。
「さえずりくん…」
くるっと僕に背中を向ける。
その背中は、微かに震えている様に見えた。
「ね、さえずりくん」
「……」
「……ね、呼んでるんだけど?」
返答、無し…か…
僕は軽く溜息を零すと、気付かれない様に彼に近寄り
「ね、さえずりくん…呼んでるんだから返事くらいしなよね」
背中から彼を抱き締めた。
ーやはり彼は震えている。
「そんなに僕がいいの?」
耳元で問い掛ける。
彼はコクリと小さく頷いた。
「ーはぁ…」
僕の口から溜息が漏れると、彼の体がビクッと強張る。
「なんであんな言い方したの?」
僕の自惚れでなければ、さえずりくんは僕の事が本当に好きなのでは無いだろうか。
「ふ、普通に告れるワケないだろ…だって、男同士だし、あ、ああ言えば、お前も興味引くかもって…」
「バカ…君はさ、僕をなんだと思ってるのかな?ヤリたいだけの男だとでも思ってるのかな?」
怒りを滲ませた声に彼は黙り込む。
しばらくして、彼は「ごめん」と呟いた。
「本当に疑似恋愛でいいの?」
「…ん」
「正直に…僕は不誠実な事は出来ないし嫌いなんだ、もし本当に疑似恋愛でいいって言うなら僕は、君を好きになんてなれないよ」
「ーっ」
「だって、ごっこだろ?」
ぎゅっと抱き締める力を強める。
彼は僕の腕に触れると黙り込んでしまった。
「…だ」
「ん?」
「ヤダ…ちゃんと俺を好きになって…ごめん…」
泣きそうな声で呟く。
僕は彼の肩を掴むと自分の方へ向かせた。
「わかった。直ぐには答えれないけど、真剣に君の事を考える」
真っ直ぐ彼を見つめて僕は言う。
「ちゃんと、さえずりく…いや、水稀 椹 くんを見るから」
「!!」
彼の目が大きく見開くのが解る。
目尻には薄っすらと涙が滲んでいた。
「きもち、わるくねぇの…?」
唇がカタカタと震えている、今にも泣きそうな感じだ…。
「最初は、何言ってるんだ…って思ったよ?でもね、真剣に言われたらさ…気持ち悪いなんて考え起こる訳ないでしょ?」
彼の頭をポンポンとしてやると、彼は震えた唇をキュッと噛み締めた。
「ー…て、いい?」
「ん?聞こえなかった、もういっかー」
ヌッと伸びた手が僕の首筋を捉える。
そしてグイッと引き寄せられると僕は、さえずりくんに唇を奪われていた。
「ンッ、ちょ、さえっ」
「ん、ふ、樟…くん…ンッ、好き、好きだよ」
先程とは違う。
求める様なキスに僕は驚き、彼の胸元に手を充て離れようと試みるが、彼の甘えた声にソレを躊躇ってしまう。
息継ぎの際、開いた口内に彼の舌が割り入ってくる。
舌の表面で僕の歯列をなぞると、舌同士を擦り上げては互いの唾液を交えた。
「さえっ、ンンッ」
舌に何かコリコリしたモノが当たる。
ソレが僕の舌と脳を刺激して、僕は目がチカチカとしてくるのを感じた。
「ふぁ…ぁ、ん、く…」
チュパッと彼は甘い声と共に僕の口内から、自分の舌を抜いて唾液を飲み込んで見せた。
「はっ、はぁ、さ、さえずりくん…君、まさか…舌に…」
僕は肩で息を整えながら、チラッと自分の唇を手で拭っている彼を見やった。
「あぁ、もしかしてハジメテだった?」
上目遣いで僕を見上げながら、彼は舌を出して見せる。
その舌にはー
ペリドットの石が付いたピアスの姿。
「キスしてみなきゃ解らなかったろ?」
ニッとあどけなく笑うさえずりくんに僕は、眉を下げながら頷いた。
「でも、今度からはキスしちゃダメだからね」
僕達は、恋人同士じゃないのだから。
その節度は守っていかなきゃいけない。
「ホント、樟くんって、見た目を裏切るくらい、真面目な人だよね」
僕の淡い茶の髪色と片耳にあけた2つのピアス姿を、上から下へと眺めた後、クスクスと笑った。
「よく言われる」
僕の容姿は、ぱっと見ると不良みたいだ。
だけど、僕は不良ではない。
この容姿でチャラいと勘違いされる事もある。
「でも俺、樟くんが真面目で優しいって知ってる」
だから、樟くんが好きなんだ。と小さく呟いたのが微かに届いた。
「あ、ありがとう…」
僕は急に気恥ずかしくなると、自分の机から鞄を持った。
「さえずりくん、帰ろ…か」
「一緒に?」
「もう暗くなるし、送ってあげる」
「俺、男だよ?だいじょー…」
「ちゃんと考えるって言ったろ…」
その言葉にさえずりくんは、また目を見開いた。
「…く、はは、真面目~」
眉を下げ笑うと自分の机まで歩き、鞄を掴んだ。
そして僕の方まで駆け寄る。
「じゃあ、帰ろうよ」
「うん」
肩を並べながら僕達は、教室を後にした。
「というか、さえずりくんって…実は、猫かぶり?」
クラスで見聞きしていた〝さえずりくん〟とは印象が違い過ぎだ。
今、僕の横にいる彼は、まるでー
「ホントの俺は〝悪い子〟だろ?」
黒縁眼鏡から覗き込む瞳は、楽しそうに揺れている。
「本当のさえずりくんを知ってるのは?」
「そんなの決まってんじゃん」
その〝特別感〟と〝秘密共有〟が擽ったく感じた僕は、返事の代わりに軽く笑ってしまった。
僕達の恋愛はこれから始まる、かもしれない。
ーね、さえずりくん、僕も恋が出来るかな…
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