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第14話

御園(みその)先生〜、起きてます?」 「…………起きてる」 「半分寝てたでしょ、絶対」 返事が無い、ただの屍のようだ。絶対こうなると思った、と溜息を吐いて彼のスマホを取り出す。叩き起して指紋認証をさせてから、連絡先を開いた。 (……あ、これっぽい) 御園は几帳面(ある一面では意外と雑把らしいことも分かったが)な性格なので、大体の連絡先をフルネームで登録してある。よって、下の名前だけで登録されている相手は、相当親しいと予想が出来る。そして案の定、当てはまるのは一件しか無かった。タップしてワンコール、かなり速い反応に苦笑して相手の声を待つ。 『…………もしもし?』 (あ、男の人なんだ) 「あー、えっと……初めまして、御園先生の同僚の甲斐(かい)と言いますが」 『……はい?』 いや、そりゃそうなるよな。朝、喧嘩して出て行った恋人から着信が来て、いざ出てみたら全く知らない相手の声が聞こえてくるのだ。直也(なおや)だったらもっと邪険な声を出していたと思う。 「いやぁ、今御園先生と飲んでたんですけど、珍しく潰れちゃって。場所を教えるので、迎えに来てもらえませんか」 『はあ…………どこですか?』 住所と店名を教えると、戸惑いつつも「分かりました」と言って電話が切られる。聞き返されたりしなかったのを見るに、ここには彼も来たことがあるのかもしれない。 御園はカウンターに突っ伏して寝息を立てている。今から愛しの恋人が迎えに来るのだ、一体どんな反応を示すのか、正直気になって仕方が無い。会計は8割ほどを御園が置いていた金で、残りを直也が支払った。ほぼ奢り、ということで良しとしよう。 しばらく待っていると、店の扉がガラガラと音を立てて開かれる。振り返ると、大学生らしき青年が顔を出していた。 「……何やってんの、栄司(えいし)さん」 呆れたような表情を浮かべ、直也に向かって軽く頭を下げる。彼は近づいてくると、御園の肩をトントンと叩いた。 「栄司さん、帰るよ」 「んん……」 薄目を開けて彼の顔を見上げると、眠たそうな目元を和らげて微笑んだ。吃驚するぐらい優しい表情だった。 「ちあき」 「うん、俺。どんだけ飲んだの、あんた普段こんなに酔っ払ったりしない癖に」 「お前といる時の2倍は飲んだなぁ」 「飲み過ぎ。も〜……俺が悪かったから、帰るよ、ほら」 完全に力を抜いてされるがままになっている御園を、半ば担ぐようにして彼が立ち上がる。店を出ようとした所で、ハッと直也の方を向き直った。 「あの、お会計」 「ああ、それなら御園先生が払ってくれてるから」 「ああ、良かった。……そういう所だけしっかりしてんだよな、この人」 「ははは、言えてる」 乗っかって笑ったら何故かジトッと睨まれた。肩を竦めて手を振ると、会釈をして店を出ていく。二人が去った後、ぽつんと残されたカウンター席に腰掛けて、寂しく空を見つめた。 「……すみませーん、焼酎追加で」 もう一杯だけ飲んで帰ろう。口の中に残った甘さを掻き消すために、辛口の酒を頼んだ。 (あ〜クソ、酔っ払うつもりじゃなかったのに……) ふらふらとした足取りで帰宅して、ベッドに倒れ込む。今日はもう何もしたくない。今はふわふわと心地良いが、明日目覚めた時にどんな激痛に苛まれるかは直也自身がよく知っていた。 (あー、東に会いたい……) 人肌が恋しい。と言うと語弊があるが、本当にただ傍に体温が欲しい。それも、彼の少し低い体温が。鼻腔をくすぐる甘辛いシナモンの香りが、無性に恋しかった。きっと、酒で流し込んだ甘さが悪さをしているのだろう。 (……会っちゃえばいっか) ガバ、と起き上がると頭がぐわんと揺れたが、そんなことは瑣末な問題に過ぎない。着の身着のまま部屋を出る。鍵だけはしっかりと掛けていた。隣の部屋のインターホンを押す。 「……はい。先生?」 「おー、東だ」 出会い頭によしよしと頭を撫でる。風呂に入ったのか、少し水気を残した髪が手のひらにひんやりと触れた。 「またお酒飲んだんですか?」 「今日はしょうがなかったの。大人の付き合いってやつ」 入れて、と子供みたいに言うと、東は何も躊躇わずに「どうぞ」といつものように直也を招き入れた。 「あ〜、東の部屋だなぁ」 「そうですけど……」 ばふ、と入るなり布団にダイブした直也を見下ろして、困ったように東が笑う。そんな顔も可愛くて愛おしくて、手を伸ばした。届かない隙間を、東が屈んで埋めてくれる。抱き締めるとシャンプーのいい匂いがした。 「先生、今日は何だか甘えたですね」 「そうだなぁ」 そのまま布団に寝た東の上に覆い被さって、首元に顔を埋める。シナモンとシャンプーの香りが混ざって目眩がしそうだった。 「……しますか?」 期待する東の声に「んーん」と首を振る。 「しないよ。約束しただろ」 「…………残念」 ぎゅっと東の両手が直也の背中を掴む。片手を攫って握り締めると、横に転がって東と見つめ合った。黒い瞳が丸くなって直也を見つめている。 「東は可愛いなぁ」 「…………どの辺が、ですか?」 「んー? 俺といる時の東は全部可愛いぞ。笑った顔も、困った顔も……悲しい顔はあんまり見たくないけど」 そう言ってへにゃりと笑うと、東は何故か泣きそうな顔をした。言ったそばから悲しそうだ、と慌てて手の甲を擦る。 「どうした? なんか俺、変なこと言った?」 「……先生って、本当に僕のこと好きだったんですか?」 東の言葉にしばし固まる。何を当たり前のことを聞いているのだろう。 「好きだよ。どういうこと?」 「…………てっきり、同情して付き合ってくれているものだと、思っていたので」 「うーん……完全に無いとは言えないけど、同情だけで付き合えるほどお人好しでもないかなぁ」 同情がない訳では無い。でも、彼のことを好きだという気持ちは嘘ではないし、現に今もこうして彼を求めてここに来た。 「ちゃんと好きだよ。なあ、今日もこっちで寝ていい?」 「……いいですよ」 東は笑って、電気のスイッチを引っ張った。完全に暗くなった部屋の中で、月明かりに照らされてぼんやりと見える東の顔を見つめる。 「……先生が、運命の人だったら良かったのに」 小さく呟かれた言葉に反応する。 「東、運命の人信じてるのか?」 「御伽噺ですけどね。あったら良いなとは思います」 「そうなんだ。俺はね、まだ信じてるんだ」 「……そう、ですか」 「うん。でもなんていうか、最近はあんまり気にしなくなったなぁ……」 「……僕に遠慮しなくてもいいんですよ」 「うん? うん、遠慮とかじゃなくて……運命より、大事にしなきゃいけない物って、あるんだよなぁって……」 運命の相手より、今傍にいる相手を大切にしたい。そう思えるようになったのは、東と出会ったお陰だ。彼が大事なことを思い出させてくれた。 「ていうか、運命なんて本当は無いんだろ? だったら、勝手に思ってればそれが運命だと思うんだよな……」 「どういうことですか?」 「うん、うん……えっとなぁ、つまり……」 つまり、東が大事だということを伝えたかったのだが、東にはピンと来なかったようだ。朦朧とする意識の中で、伝わりやすい言葉はないかと手当たり次第に頭の中を探る。 「うーん……つまり、俺が東の番ってこと」 「…………それは、違いますよ」 東の声は冷静だった。冷水を被ったような声音に、寒そうな身体を抱き締めて呟く。 「じゃあ、俺がお前のアルファになるから……」 だから、泣かないで。後は言葉にならなかった。眠気に耐え切れず、目を閉じて東の頭を胸に抱き抱える。胸の中の身体は震えていた。

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