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第33話

 夏だから海で巨乳ギャルを眺めてニヤニヤする。  なんてことはなく、おれはゼミ室にいた。  他のゼミは休みのようだけど、おれは休みじゃない。夏休みって2ヶ月くらいなかったっけ? と考えつつパソコンとにらめっこする。データをまとめておかないと後で絶対頭を抱えることになる。既に抱えてる。ちょっと休憩しよ……。  学内の喫煙スペースを目指して歩く。まだ夏休み期間中だから、学生は少ない。グラウンドでは陸上競技部が練習していた。高跳びのマット熱そうだなぁ……と考えつつ通り過ぎる。  野球部が「いーち!」「いち、に、さん!」って声を出しながら走り込んでいた。砂煙が舞い上がる。太陽がテカテカして乾燥してっから、風が吹く度に視界が白っぽくなる。まめたの腹を嗅いだ時のようなにおいがした。  ラグビー部がタックルの練習をしてる。独特の酸っぱいにおいが鼻を抜けていった。汗くさい。おれも同じにおいしないか心配になる。まめたの腹のにおいのほうがましだ。あいつもそろそろ風呂入れなきゃ。  炎天下でボールを打ち合うテニス部員らは、日焼けした肌が剥がれかけている。ガムテープ貼ってビリィってしてやりたい。一気に剥がすの楽しいんだよなぁ。ふゆがどれだけ剥がせるかチャレンジしたっけ。おれの皮膚で。  剥がした後のケアを忘れて痛い目に遭ったのも良い思い出だ。夏の恒例行事!  小焼は元から小麦肌だから日焼けが目立たない。焼けてるのは焼けてるようだけど……ちょっとしか焼けてないようにも見える。「まさしく小焼だな」と言って意味が通じずに首を傾げられた事もあったなぁ……。なんだか懐かしいや。  水泳部は次の記録会まで1週間を切ってる。小焼に触れない期間突入だ。早くオフシーズンにならねぇかなぁって思ったけど、オフでも温水プールだから関係ねぇし、部活とバイトで必ず脱ぐんだから…………キスマークついてても大丈夫じゃねぇか? セックスしたってわかられるのが嫌なんだっけ? 何だった? あー、忘れた!  喫煙スペースでタバコをふかしつつ考える。けど、やっぱり忘れた。ま、いっか! 小焼がダメって言うからダメなんだ。そういやあいつまだ2日に一回アナルにプラグ入れてんのかな? さすがにもうしてねぇか……。  煙でドーナツを作って遊ぶ。モテるからって聞いて練習したけど、ふゆしか喜ばないんだよなぁ。禁煙のとこが多いから、無駄な特技になっちまった。  休憩を延長して、小焼の練習見に行こっと! 息抜きしなきゃ死んじまいそうだもん! 息抜き大事!  できるだけ日陰を通っていく。クラブハウスからNano♡Yanoのデビューシングル曲が聞こえてきた。げんしけんが活動してんのかな。  デビューシングルはサブスク音楽配信サービスで先行配信だったっけ。激しいロックバンドサウンドに可愛い歌声のミスマッチさが売りなんだってふゆが言ってた。2人とも歌唱力抜群だから許される組み合わせだと思う。  せっかくだし、CDで欲しい。ジャケットがめちゃくちゃ可愛かった。小焼が「オカズになる」って言ってた。……どっちの意味だったんだあれ。  第1プールを覗く。  キラキラ、輝いて見えた。ああ、やっぱり綺麗だ。天窓から射し込む光で、更にキラキラに見える。  キャップを脱いで、首を横に振って水を抜きながら、彼はプールから上がってきた。 「来てたんですか?」 「今来たとこ! 他の部員は?」 「部活は休みですよ。私は自主練です」 「スクールで泳がねぇの? わざわざ学校来たのか」 「学校だと、夏樹に会えると思って……」  そう言いつつ、小焼はそっぽを向く。朝早くにメッセージで『今日は第1プールにいます』って連絡してくれた。  普段なら必ず目を合わせて話す小焼が、目を逸らしてる。それだけで、なんか、もう、言葉にできない胸の高鳴りを感じる。あー、無理ー! 好き! 「小焼好きー!」 「急に何言ってんですか」 「言いたくなった!」 「ばか」  おれの頬に手が添えられる。少し湿っぽい。そりゃプールからあがったばかりだから濡れてるよな。足元に薄く水たまりができてる。  と、見ている間に、小焼の手がおれの脇の下に差し入れられ「たかいたかーい」された。ほぼ無感情でされて、めちゃくちゃ怖い。怖いと感じていたら、抱え上げられたまま回れ右をされて……え、待って。これって! 「小焼ぇえぇえ! がぶっあぶぶわ、くっぶ」  思いっきりプールに投げられた。  浮かない。肺があるから浮き袋になるはずなのに、浮かない。おれの体は沈んだまま。息を止めているのが苦しくなった。おれの吐いた泡が水面に向かっていく。水中はキラキラがいっぱいで、別世界のようだ。このまま別世界に逝っちまいそうだけど。  人魚のようにしなやかに、美しく、キラキラが近づいて来る。相変わらずの仏頂面のまま、唇を重ね、おれを抱えて浮上した。 「げっほ! ぁー、もう、溺死するとこだぞ!」 「浮けるようになってください」 「そう言われても沈むんだよーーげぷっ!?」 「本当に何故か浮きませんね」  また投げられた。軽々投げられるのも悲しいし、泳げないってのも悔しい。おれは小焼の何の役に立ってんだろ? 考えたら情けなくなってきた。涙出てきた。プールの中にいるからわかんねぇけど、情けなくって悔しくって悲しくって、色んな感情で頭ん中グルグルして……泣いてた。情けない。「男が泣くなんて女々しい」って言われる。「お兄ちゃんなんだからしっかりしなさい」って決まり文句を言われちまう。  小焼に抱えあげられても、抑えらんない。爆発した感情は止められない。小焼は黙っておれの涙を指で拭う。それから唇を重ねた。誰か来るかもしれないのに、何度も何度も触れるだけのキスをした。色んな想いがごちゃごちゃに重なっていく。気持ち良くって、苦しくって、わけわかんない。 「小焼、好き! 好きぃっ!」 「何回言うんですか。わかってますよ」 「だってぇ……好きだからぁ……!」 「Stay who you are(そのままのお前でいろ) ! Whenever you need my help(夏樹が困っていたら、), I’ll be there for you(私が助けます)」 「The police are on the way to arrest you for stealing my heart(おれの心を奪った罪で警察がおまえをタイホしに来るぞ). See you in court(法廷で会おうな)!」 「はあ?」 「ごめんっ。おれ、頭んナカごちゃごちゃになってて……」  何を言いたいかわかんなくなった。何故か涙が溢れてくる。泣いたら駄目だって。情けない。  小焼の表情は変わらない。おれを抱えて端に泳ぎきって、プールサイドに上がった。  服が体に張り付く。外にいたら渇くだろうけど、ずぶ濡れだ。 「お前に泣かれたら困るんですよ」 「ごめん……。ほんとにごめんっ。頼りなくてごめん」 「……頼りない? 誰かに言われたんですか?」 「そうじゃないけど……。おれは、小焼のように筋骨隆々でもないし、顔がかっこいいってわけでもねぇし……特別賢いってわけでもない。ぜーんぶ平均よりちょっとだけ良いかなってぐらいでさ……、あー! もう! 何言いたいかわかんなくなってきた!」 「夏樹は定期的に自問自答して苦しむのやめたほうが良いですよ」 「だって……おれ……おれ…………」  何が言いたいのかわかんなくなった。  赤い目がじぃっと見つめてくる。おれの言葉を待ってくれてる。でも、おれは何を言いたいかわからなくなって、更に頭がごちゃごちゃになって、呼吸が浅くなってきた。駄目だ。これ、駄目なやつだ。  苦しい。落ち着かなきゃ。小焼が困ってる。落ち着け。落ち着け。深呼吸! 深呼吸しなきゃ! 「夏樹。お前は低身長でばかで、どうしようもないくらいに巨乳好きですけど、そのままで良いです」 「それ、心配になっちまうよ」 「……心配する暇があるなら、その暇で私のことだけ考えろ」 「お、おまえ、よくそんな恥ずかしいセリフ言えたな! おれでも言えねぇぞ!」 「それなら、言えるようになれ」  頭にタオルを被せられて、ぐしゃぐしゃに拭かれた。扱いが完全に犬だ。まめたのシャンプー後と同じ扱いだ。不思議と落ち着いてきた。 「ありがと、小焼」 「お礼を言われるようなことはしてませんよ。お前が勝手に自爆してるだけでしょう」 「そりゃそう、だけど……」 「そういえば、奏からホテルのクーポン券貰ったんで、次の記録会が終わったら行きましょう」 「おっ。何の食べ放題だ? おれが食えるもんあっかなぁ」 「……ラブホテルのクーポンですよ」 「ふぇっ!? あ、ああ、そっちか!」 「で、行くんですか? 行かないんですか?」 「行く! もちろん行く!」 「では、それまで『待て』」 「おう!」  タオルの上から頭を撫でてくれる。嬉しい。頭撫でてもらえて嬉しい。  耳をくすぐられて笑った。小焼に触られたら、体が熱くなる。『待て』って言われたから、待たなきゃなんないのに、体に芯ができてんのがわかる。  小焼はベンチに置いてたボストンバッグから何か取り出して、「『キャッチ』」と言いながら投げてきた。慌てて受け取る。鍵だ。 「小焼。これって……」 「私の家の鍵です。昨日、久しぶりに父と通話したんですが、『恋人には家の合鍵を渡すものだ!』と言われたので……。夏樹が嫌なら返してください」 「返さない! 返さないかんな!」 「それなら良かったです」  小焼はほんの少しだけ笑った。  おれ、恋人として認められてるんだ……。嬉しい! 嬉しくて、また涙が出てきた。 「まだ泣くんですか」 「ん。ごめん。嬉しくってさ!」 「そりゃ良かったですね」  おれの横を通って、小焼はスタート台に立つ。すらっと伸びた脚が綺麗だし、立ち姿だけで強いやつってのがわかる。 「夏樹。『ハウス』!」 「え、わ、わかった! おまえん家行く!」 「クールダウンが終わったら私も帰ります」  そう言って、小焼は水に飛び込んだ。  キラキラ、輝いて見える。いつでも眩しい。おれの憧れ。おれのパートナー。おれの恋人。  恋人って認められてるのが嬉しい! 「よーし、帰ろう! おれ達の愛の巣へ!」 「ばか!」  うっかり声に出た。小焼にも聞こえたらしい。遠くから罵る声が聞こえた。  罵ってるけど、とても優しい声色だった。  さあ、帰ろう! スウィートホームへ! 完(食)  

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