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 ルカ・白石に惹かれているのは俺だけじゃない。坂井百合もそうだ。二人は親友みたいに顔を合わせ、いつも楽しそうに会話していて、三人で働いている時、俺は疎外感を味わわされることもあった。  この日も二人で昼休憩に入っていて、時間になっても降りてこない。さすがにそれはまずいだろ、と俺はカウンターを小糸さんに頼んで映写室へ上がっていった。 「まったく。なんで俺が呼びに行かなくちゃいけないんだ」  文句も止まらず、勢いに任せてドアを開けた。その瞬間、慌ててシャツを掻き合わせるルカと、焦った坂井ちゃんの顔が目に飛びこんできた。 「別に変なことしてたわけじゃないからね」  引きつり笑いの坂井ちゃんが言う。ルカは、ただ俯いて立っているだけだ。 「俺は何も見てないから」  くるりと身を翻し、階段を下りた。内心はパニックだった。二人の仲はそんなとこまでいってたのかと。  坂井ちゃんもルカも仕事に戻ってからは嘘のように静かで、それが却って疑惑を膨らませた。  俺は必要もないのに入り口付近のショーケースの窓ガラスを拭いたりして二人から離れた。気を遣うことないのに。そう思いながら窓拭きを続けていると、ルカがやって来た。 「司。支配人が、一緒に外回りしてきてくれって」 「そっか。これ、置いてくる」  雑巾を片付けて、ルカが持っていた紙袋の片方を受け取る。中には次の上映作のポスターと招待券が入っていて、これを宣伝してくれているお店に配りにいくのだ。  会話らしい会話もないまま何軒か店を回り、ポスターも残り二つになった頃、唐突にひとつの仮説が閃いた。ルカと坂井ちゃんがそういう仲だったとして、果たして映写室でいちゃついたりするだろうか。いや、そんな大胆なことするはずがない。とすると、ルカは坂井ちゃんに裸を見せたかった。どうしてかって……。  隣りで歩くルカの胸をじっと見る。シャツの上からじゃ平坦にしか見えないけど、もしかしたら膨らみがあるかもしれない。  そう。俺は、ルカが実は女の子じゃないかという仮説にたどり着いたのだ。  深く考えもせず、俺は行動に移していた。ルカの名を呼んで立ち止まらせると、空いている方の手でルカの胸をわしづかみにする。 「あれ? ない」  呟くと同時に、相手の真っ赤な顔が目に入った。  ルカは口もきけない様子で固まっている。 「ごめん……」  もの凄い罪悪感に襲われて、情けない声が出た。それにしても、男なんだから赤くなることないだろうに。 「何がしたかったの」  歩き始めてから間もなくして、ルカが尋ねてきた。怒ってはいないようだが、頬はまだ赤かった。 「もしかして、女の子なのかなと思って……」  冷静になった今は恥ずかしくて顔も見れない。 「どっちにしても失礼だよ。本当に女の子だったらどうするの。痴漢行為と変わらないからね。それと、期待に添えなくて悪いけど、俺は正真正銘、男だから」 「よくわかりました。本当にすみません」  ポスターなんてほったらかして逃げだしたい。 「大体なんでそんなこと思ったの?」  俺は正直に自分の考えを打ち明けた。 「あれは、相談したかったからだよ」  ルカは言葉を選ぶように言う。 「坂井ちゃんなら、大丈夫だと思ったんだ」 「俺じゃダメなのか? 同じ男なんだから、見せたって構わないだろ」  自分でも何が言いたいのかわからない。責め口調で続ける。 「そんなに坂井ちゃんのこと信頼してるなら、いっそのこと付き合えばいいのに。その方が俺だってすっきりする」 「勝手に決めつけないでよ。司の方こそ、女子高生とはどうなってるの。デートはしてもらえた?」  俺につられてか、ルカの口調も責めたものになっていた。 「気になるのか?」 「なるよ。司が誰かに夢中になったら、俺のことなんてどうでもよくなるでしょ。せっかくできた友達だからね」 「へえ。そっか。そうなんだ」  ゆるゆると口元が緩んだ。なんだろう、この昂揚感。 「可奈ちゃんのことは、もうなんとも思ってない。他に気になる女の子もいないし、たぶん当分できないよ。ルカがいる限り」  嬉しすぎて本音が漏れた。  ルカは俺から視線をそらし、一歩先を歩きだす。 「変な司。相手にしてられない」  俺も変だと思う。でも、決して嫌な気はしなかった。

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