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エピローグ

 二〇一九年  長々と思い出を語り合った後、坂井ちゃんは二杯目のコーヒーの残りをスプーンで掻き回した。 「つかっちゃんが辞めてから一年もしないうちに、オリオン座も閉館しちゃったんだ」 「母さんから聞いた。坂井ちゃんは最後を見届けたんだな」 「うん。残念だけど仕方ないよね。隣り街に二つもシネコンあるし、オーナーは別の所にも映画館持ってたからさ、ここは閉めるってなっちゃっても」  昔、俺が危惧していたとおりの結末だった。その俺はといえば、ルカと別れてから数日でオリオン座を辞め、いくつか面接を受けたのち、ようやく正社員としての職を得ることができた。その条件が地方勤務だった為、地元へ帰るのは行事の時しかなかった。坂井ちゃんとも自然と音信不通になり、連絡を取りたいと思ったのは、フェイスブックがきっかけだった。 「坂井ちゃん。俺とルカのこと、訊かないんだな」  自分から水を向けた。心の準備が、いや、すべての準備が整ったからだ。  坂井ちゃんは言いにくそうに口を開く。 「訊きたいけど、訊きたくないの。だって、現実はフィクションと違うもの。だったら、あの時のままで終わらせたいっていうか……」 「坂井ちゃんらしくないな。左手に指輪をしてないから、俺は独りだって決めつけたんだろ」  俺は髪を掻き上げ、隠していた左耳をさらした。 「指輪だと色々面倒だから、ピアスにしてるんだ」 「えっ。どういうこと?」  目を丸くした坂井ちゃんを見て、絶好のタイミングだと思った。  俺は彼女の後ろの席で数分前から待機していた人物に目配せした。彼は静かに立ち上がって、坂井ちゃんの真後ろに立った。 「実は、坂井ちゃんに会いたがってるのは俺だけじゃないんだ」  俺のパートナーは年を重ねた今も、笑うとあどけなさが浮かぶ男性だ。その左耳には、俺と同じピアスが光っている。一度は俺の為に塞ぎ、また俺の為に開けてくれた左の耳たぶに。 「久し振り、坂井ちゃん」  背後の呼びかけに、坂井ちゃんは大きな目のまま振り返る。  二人の再会を見守りながら、周囲を見渡す。客の顔は入れ替わっているし、場を移す必要があると思えた。まだまだ話は長くなりそうだから。  二人を促し、カフェを出た。次の場所へ行く前に、俺はビルを見上げる。  ここは昔、映画館だった。名前はオリオン座。俺が子供の頃からあって、運命の相手とも時間を共有した場所。  その映画館は、もうない。だけど、俺達は今でも一緒だ――。

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