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第1章 二日月

 ──ある歴史書からの抜粋──  今を去ること数百年前、大規模な気候変動ならびに地殻変動が発生し、猿の類いをはじめ大部分の哺乳類が死に絶えた。  環境に適応した新たな種が誕生した。獅子族、豹族、狼およびイヌ族、鹿族から成る彼ら、彼女らを総称して獣人という。  獣人たちは世界各地に散らばると、かつてのユーラシア大陸を中心として百余りの国家を築いた。今や稀少種であるヒトに取って代わって地上の支配者となり、大いなる繁栄を遂げたのだ──。     第1章  鎮魂歌は、狼およびイヌ族の長老が奉唱するしきたりだ。遠吠えで巧みに感情を表現する種族の歌声は、時に力強く、時に哀愁を帯びる。そして死者の魂を正しく冥府へと導く。  ある、おぼろ月夜も鎮魂歌が静寂(しじま)にこだましていた。それは先ごろ急逝したハネイム王国の第七王子、ジョイス・プレジュバ=ラヴィアを悼むものだ。  篝火(かがりび)が揺らめく王宮の一角は、厳かな雰囲気に包まれていた。狼族の屈強な男が六人、埋葬布でくるまれた(ひつぎ)を担いで歩廊を行く。  現国王のラヴィア六世以下、王族が列をなして後につづく。その九割を獅子族が占める一行は粛々と霊廟へ向かう。  獅子族の尻尾は、先端に行くにつれてブラシ状に広がって房飾りめく。長短に個人差はあれど、十数本の尻尾は弔意を表して一様に垂れ下がっている。だが心の底から悲しんでいる者は、葬列の中に果たして何人交じっているのだろう。  ゼロだな、とヴォルフはきりっとした眉をあげた。見てみろ、国王は七番目の息子に先立たれたわけだが、父親のあいつでさえ欠伸を嚙み殺すありさまだ。  そう、せせら笑うヴォルフの身分は第八王子。つまりジョイスの異母弟にあたる。  獅子族の父と豹族の母との間に生まれたことから、耳と尻尾は両族の特徴を兼ね備えて鞭のようにしなう。体軀のほうも、たくましさとしなやかさを併せ持つ。  ひときわ印象的なのが双眸で、琥珀色の虹彩に翠緑色の斑点が散り、それは激すれば激するほど輝きを増すのだ。     

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