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第2話

 ともあれ儀式ぶったところで所詮、猿芝居。葬礼をすっぽかし、塀の(きわ)に根を張る(くすのき)に登って、股の部分に身をひそめていた。  なぜなら霊廟を一望におさめるそこは、いわば穴場だ。繁り合う葉は隠れ蓑にもってこいで、ひとり静かにジョイスを見送ることができる。  棺の蓋には彫刻がほどこされている。故人が月齢十五の夜にメタモルフォーゼ──四つ足の獣に変化(へんげ)した姿を写す習わしで、ジョイスの場合は大地を疾走する豹の図があしらわれている。  そう、七つ年上の異母兄はヴォルフと同様に、二分の一豹族の血を引く。享年三十一歳。  犬死にしやがって。ヴォルフは涙声で在りし日のジョイスをなじった。そのジョイスは大昔の文献を(ひもと)いて航空力学なるものに興味を持ち、飛行艇の開発に携わっていた。  それが悲劇を招いた。研究を重ねたすえに初号機が完成にこぎ着け、自ら試験飛行を行った機が、離陸直後に墜落したのだ。  惨事はヴォルフの目の前で起きた。炎上する寸前の機から助け出したジョイスは奇蹟的にまだ息があり、ヴォルフの腕の中で事切れたのだ──。  狼およびイヌ族の長老が台の上に立った。鎮魂歌が夜気を物悲しく震わせて、永訣の(とき)が迫る。  ヴォルフは枝を摑んで身を乗り出した。葉がちぎれて指が緑色に染まり、哀しみという短刀でえぐられた心の傷からは鮮血があふれ出す。日ごろはピンと立っている耳は、垂れて頭に張りついた。  葬列が霊廟の中に消えた。禍々(まがまが)しい残響をともなって扉が閉ざされた瞬間、嗚咽が喉の奥でひしゃげた。  兄貴の馬鹿野郎、と呟き、太い枝にもたれて座りなおした。喪章をむしり取ってジーンズの尻ポケットに突っ込む。  半月前にジョイスと酒を酌み交わしたさいの幾場面かが脳裡をよぎり、差しつ差されつやりながら交わした会話の断片が耳の奥に甦る。  王宮を飛び出して街中で暮らし、つけ耳という装飾品の工房を構えるヴォルフを、ジョイスはこう評した。  ──自活すると宣言して、おまえが王位継承権を事実上、放棄してから丸四年か。今では手に職をつけて大したものだ。そろそろ恋人をつくる余裕もできたんじゃないのか。  ──食い扶持を稼ぐのに忙しくて恋なんかにうつつを抜かしている暇があるかよ。兄貴こそ妻を(めと)ってもいい年頃だ、めでたい話はないのかよ。  ──めでたい話か、実は、な……。

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