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第3話

 不意に葉ずれがやみ、(かそ)けし泣き声を豹の耳が捉えた。とんだ邪魔が入ったように感じて眉根を寄せた。  勢力圏を広げるように、何本かの枝は塀の外に張り出している。葉をかき分けて樹下を眺めやると、ほっそりした人影がカンテラの明かりに浮かびあがった。  黒衣をまとった男……というより中性的な雰囲気を漂わせて道ばたにたたずみ、霊廟を振り仰いでいる。フードを目深にかぶっているが、涙の粒がきらめくさまが垣間見えた。  ヴォルフは目を(すが)めた。あいつは誰だ、兄貴の友だちか。ただの友人にしては尋常ではない嘆きっぷりが引っかかる。  本人を問いただすのが手っ取り早い、と尻尾をなびかせて地上数メートルの高さから飛び降りた。  即ち、黒衣の人物の正面に立ちはだかるふうに。ついでにカンテラを蹴り倒した。機先を制して〝訳あり〟と勘が告げる相手を、この場に釘付けにする。  折りしも月が雲間に隠れた。たとえ闇夜であっても、さしたる影響はない。知能が発達し、単なる獣である祖先から獣人へと進化する過程において聴覚などの五感はだいぶ鈍ったものの、夜目がきく。  目論見は図に当たった。無礼者と嚙みついてくるどころか立ちすくんだっきりとは、黒衣のこいつは総じて穏やかな気質の鹿族だろうか。  ヴォルフは素姓を明らかにするように、黒いフードで縁取られた顔を()め回した。  ジョイスと同年輩の三十歳前後とおぼしい(のちに八つ年上の三十二歳だと知った)。射干玉(ぬばたま)のように黒々とした瞳は悲愁をたたえて、なお黒い。  濡れ羽色の髪が、すべらかな象牙色の肌と美しい対比をなす。怜悧な顔立ちには獣人の、どの種族の特徴も(そな)わっていないが、端正であることは確かだ。  ひと通り観察を終えると、今さらながら違和感を覚えた。耳はフードをかぶっているから別として、獣人を獣人たらしめる尻尾をどこに隠した?   彼が穿いているのは細身のズボンで、尻尾をたくし込めば不恰好に膨らむはず。ごくごく稀に尻尾が極端に短い者もいるには、いるが……。

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