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第4話

「きみは、まさか追いはぎではあるまいね。そこを、どいてもらえないか」  黙れ、と仕種で制した。カンテラが発する油臭さが薄まるにしたがって、嗅ぎ慣れない香りが鼻孔をくすぐる。  ヴォルフは、その可能性に思い当って息を呑んだ。一角獣しかり、伝説上の生き物並に珍しいとはいえ間違いない。まぎれもなくヒトの香りだ。  まじまじと白皙の(おもて)を見つめ返す。古文書によれば、かつて七十億人に達していたというヒトは激減し、もはや絶滅危惧種だ。  ヴォルフにしても生まれてはじめてお目にかかったヒトと、ジョイスに一体どんな接点があったというのか。好奇心をそそられて前に出ると、彼はそのぶん後ずさる。  縦横ともにひと回り大きな獣人が迫り寄ってくれば、怯えるのも無理はない。顔をひきつらせつつも、それでも立ち去りがたい様子で、今ひとたび霊廟を仰ぎ見る。  哀切きわまりない風情だ、もらい泣きに瞳が潤む。ヴォルフは唇を嚙みしめてひと呼吸おくと、精一杯にこやかに話しかけた。 「(わり)ぃ、脅かすつもりはなかった。あんた、兄貴に哀悼の意ってやつを表しにきてくれたんだよな。心づかいに感謝する」 「兄貴……というと、きみはヴォルフ? 噂はかねがねジョイスから聞いていたよ。場合が場合だけど、はじめまして」  と、握手を求めてくるはしから当の手を上に向ける。それは中指にはめている金無垢の指環が抜け落ちそうになったせいだ。  獅子の横顔を(かたど)った意匠で、瞳の部分にはルビー、牙にはダイヤモンドがあしらわれている。印章という側面がある品は王子だけが持つことを許されて、偽物をこしらえようものなら、発覚ししだい厳罰に処せられる。  いざというときの質草だと、うそぶくヴォルフでさえ自宅に大切に保管しているほどだ。 「おい、そいつは兄貴の指環だな。どうやって手に入れた、盗んだとは言わねえよな」  石畳を踏み鳴らす一方で、尻尾をたぐり寄せて手櫛で()いた。苛立ちを抑えるには毛づくろいをするに限り、だが見方によっては、これで打ち据えてやると威嚇しているかのようだ。

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